遺り物の星

第2話:遺された島

 高く浮かぶ雲の遥か下には青い水面が延々と続く。


 そんなある星の空を、金色に輝く光の翼を背に持つ少女が自分と同じくらいの年の少女を抱えて飛んでいた。


 唐突に、飛翔する少女が凄まじい勢いで加速する。


「アニエス! 陸だよ、やっと地面が見えた! 到着まであと一分くらい! イエーイ!!」


 友人を抱える方の少女フィーネが元気よく声を上げた。彼女は丁寧に束ねられた金色の長い髪と瞳を持ち、人間離れした美しさを湛えている。服装は活発な印象だが旅人らしからぬショートパンツと襟付きのシャツ姿だ。


 飛行速度があまりに速く音の振動は相手に伝わらないのだが、魔法による言葉で意思伝達に支障は無かった。


 フィーネからのアナウンスに対し、抱えられたもう一人の少女が叫び返す。


「フィー! いい加減スピードを落として! 帽子が……ッ、と、飛ばされる……!」


 現在困り果てている方の少女アニエスは蒼色の髪と瞳を持ち、容姿の端麗さで言うならばフィーネにそう劣ったものではない。膝丈のワンピースに大きな三角帽子が特徴的な格好をしており、旅人というよりも魔法使いという印象の方が強い。


 アニエスは生身の人間が浴びていいレベルを優に通り越した風圧と重力への対処で必死だった。魔力で体を保護しているため大事には至らないが、所持品への対応については限度がある。この状況で万が一にでも落としてしまえば大惨事だ。フィーネもそれはよく理解している。


 だが、彼女はとぼけた返事をした。


「えー、なにー? 聞こえなーい」

「聞こえないわけないでしょ! ちょっと!? なんでまだ速度を上げようとして――……~~~~ッ!!」



          ***



 二人が訪れた星は大きくはなかったが地勢が些か特殊だった。フィーネがざっと星を一直線に横断したところ、陸地が一つも見当たらなかったのだ。


 しかし、海の底を越えた先にある星の中枢、その記憶に触れたアニエスが調べると陸地が無いわけではないと判明する。


 早々にこの星での主目的を果たした二人は観光気分でこの海ばかりの星の陸を探す事にした。


 数時間の遊覧飛行の末にフィーネが見つけた島と呼ぶべき陸地はこの星における数少ない土地の一つで、全体に草木が茂るとても自然豊かな環境だった。


「はい、とうちゃーく」

「……うぅ」


 地上のすぐ傍まで高度を下げてからフィーネは飛行に使っていた魔法の翼を解除し、アニエスを地面に下ろす。


 高速飛行で気分を良くしたフィーネと、高速飛行で気分を悪くしたアニエス。二人は非常に対照的な顔色をしていた。


「スピード落としてって、言ったのに……」


「そんなに怒らなくても。大丈夫だよ、何も落としてないから。それにもし落しちゃってもちゃんとボクが拾いに行くし」


「……そういう問題じゃない」


 憮然とした表情のまま、フィーネから視線を逸らすアニエス。


 フィーネはすぐにアニエスの気分を害した事を謝った。


「ごめん、アニエス。普段は一緒に飛んでもゆっくりだったから。今日はちょっと楽しくなっちゃたんだ」


 フィーネから素直に謝罪されて、アニエスは目線を戻した。まだ半目で若干睨んではいたが、既に怒気は無い。


「……もうしないなら、許す」


「わかった、もうしないよ。アニエスがいいよって言わなければ」


「…………」


 アニエスは親友の回答に一抹の不安を覚えた。


 フィーネはやや天然の気があるものの約束は守るタイプだが、逆に言えば約束の範疇ならば堂々と同じ事をする。


 例えば、もしも何らかの条件付けなどをされてアニエスが要求を呑まざるを得なくなれば、再び今回のような超高速飛行に付き合う事になりかねない。


 そうでなくとも、アニエスはフィーネの要求に弱い。アニエスは近い将来同じ出来事が起きる映像を幻視した。


「それはそうと、なんかいっぱい近づいて来てるよ。ほら、どどどって音がする」


「……そうみたいね」


 二人の前方、草原の先から土煙が上がっていた。何らかの集団が軽い地鳴りを起こしながら高速で進行しているらしい。


 アニエスの視力や感知能力では近づいているものが人間ではないとしか判らない状態だが、フィーネは既に目視で対象を確認していた。彼女は特に危険を予感している様子ではなく、近づいてくる生き物の性能に興味を示している。


「けっこう足が速いね。角が生えたウマみたいな見た目だけど、なんて魔獣かな?」


「その外見ならユニコーンでしょうね。魔力が強くて角から血液まで魔法器の材料になるから狩られまくって、私達のいたレティシア大陸では絶滅にまで追い込まれた間抜けな魔獣よ」


「すごい刺々しい言い方するねー」


「……狩られた方法がしょうもないからよ」


「へー。それってどんな方法?」


「…………」


 フィーネの問いかけに、アニエスは帽子を目深に被り直して答えない。親友との会話の中で都合が悪くなった時にする、彼女の癖のようなものだった。


「ねえ、ねえ。どんなだったの~?」


「くだらないから、言いたくない。……それより群れが来たわ。気をつけて」


 ユニコーン達はアニエスとフィーネに近づくにつれ徐々に走行速度を緩めてゆき、二十メートルほどの距離になった時点で停止した。


 そのまま特に動かず、十四頭ほどのユニコーンが二人を見据えてくる。


 何かあればいつでも魔法を使えるようにしているアニエスに対し、フィーネは特に気負わない姿勢でユニコーン達を一通り眺め、最も体の小さい個体に視線を向けた。


「ウマのお肉っておいしいんだっけ? アニエス、このユニコーンってどう?」


「さあ……素材に価値がある魔獣だから、食べた記録なんて見た事無い。というか、いきなり一頭殺す前提で話を進めないでよ。こいつらがこの星でどういう立ち位置かもまだわからないんだから」


「だけどアニエス、そろそろおなか空いてない? この星着いてからちゃんとしたご飯食べてないでしょ?」


「人を食いしん坊みたいに言わないで。それに、十日くらいは舟から持って来た食糧だけで十分――」


 アニエスがそこまで言ったところで、ユニコーン達が二人にゆっくりと近寄って来る。特に敵意のある仕草ではなく、非常に自然な動作だった。群れの内の一頭が、アニエスよりも少し前に出ていたフィーネに向けて角の生えた頭を揺らす。


「ん? なに?」


 それを見て、アニエスはユニコーン達の意図を察し激昂した。


「―――この駄馬共ッ! それ以上フィーに近づいたら全員跡形も無く吹っ飛ばすわよ!!」


 即座に、小さく縮めて帽子の飾りにしていた魔法の杖を取り出し、元の大きさに戻すアニエス。宣言通り本当に蒼い炎の魔法をすぐさま撃てるように構える親友にフィーネは珍しく驚いていた。


「え。死なせちゃダメなんじゃないの?」


「そうだけど! 正当防衛でしょ、これは!」


「歩いてきただけなんだけど。なんでそんな怒ってるの?」

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