終末世界の二刀流

夏伐

寿司マスター

 少年は崖の上から、それを見下ろした。落ちればただでは済まないであろう高さの崖からヒラリと飛び降りる。落下しながら彼は古の宝である『刺身包丁』を両手に構える。

 少年は太古に世界中にいたという寿司マスターの伝統衣装だ。白い調理白衣と、後世に様々な流派が生まれた中でも特徴的な『二刀流』。

 世界でも数少ない二刀流寿司マスターだ。


 刺身包丁の狙う先には白く美しい生き物が器用に陸地を歩いていた。遥か昔は輪切りにされてフライやまる茹でにされて楽しまれていたスクイッドである。今は高難易度モンスターに分類されているが、食材としては『いか』という食材名で親しまれていた。


「――ふっ」


 息を吐くようにして少年が刺身包丁を躍らせた。

 進化し、陸と海を統べる王となったスクイッドであったが寿司マスターには敵うはずもなく、きれいなサイコロ状に姿を変えた。


 少年は弾力のあるスクイッドの上に着地した。丈夫な皮を器用に滑り降りて、木笛を吹いた。


 死してなお、うねりうねりともがくスクイッドの十本の足を避けるようにして、里の狩人たちが駆け寄ってくる。

 倒した合図の笛は、歓声でかき消された。


 少年は寿司マスターになるための最終試験に合格したのだった。滅びかけの人類の中で、海から侵略を続けるモンスターたちへの対抗手段を持った者たち。

 その中でも希少で、かつ食糧事情をも解決する手段を持った寿司マスターの存在は貴重だ。


 これから少年にはさらなる試験が待ち受けている。海から陸へ、そして空をも支配している空フグをも食材として扱えるようにならなければならない。

 寿司マスターとして一歩を踏み出した少年には、あまたの食材との出会いがある。


 免許皆伝の儀として、倒したスクイッドを師匠と共に里の人々にふるまう。古より伝えられし二振りの刺身包丁を鞘に納め、少年と師匠は両手を広げた。

 それは古より寿司マスターに伝承される『スシザンマイ・ポーズ』であった。

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