違う違う二股じゃないこれはなんというかそのほらあれだ……二刀流ッ!!

或木あんた

第1話 二刀流



「……で? 彼氏くん。死ぬ前に何か言い残すことは?」


「ちょっと待とうか、彼女くん。これは一体、どういうことなのだ」



 マンションの屋上で、端まで追い詰められている若い男。目の前には、全く笑っていない目で笑っている若い女がいて、その手には出刃包丁。



「どういうことも何も、これ、彼氏くんの二台目のスマホ。動かぬ証拠だよね?」

「いつの間にそれを! 人権侵害じゃないか」

「じゃあ、……浮気は人権侵害に含まれないのー?」

「うぐ」


 にこやかに包丁を掲げる彼女に、彼氏が焦ったように口走る。


「そ、そもそも君は誤解している」

「……なにがー?」



「……こ、これは二股じゃない。二刀流だ!」


「……」


 無言で包丁を抱えたまま前進する彼女。


「いやいやいやちょっと待て、話を聞け、早まるなぁッ、おゥ!?」


 寸止めの位置で停止した包丁をそのままに、彼女の目が危険な光を宿し、


「……じゃあ、もう一度聞くねー。なんだって?」


「に、二刀流……」

「へぇー。詳しく聞こうか―」

「……け、剣豪宮本武蔵は言った、『二刀差している以上、使えるものを出し尽くさずに死ぬのは不本意である』と! 多様性が叫ばれる昨今、日本の企業では終身雇用制が崩れ、サラリーマンとて副業の重要性が……」


 ダンッ、と何かが床に叩きつけられる音がして、それが自分のスマホであることを悟り、彼氏は顔を青くする。


「……難しくてわかんなーい。もっと簡潔に言えよゴミクソ」

「つつつ、つまり、従来の正攻法では、これからの時代は生き残れず、生き残るためには、二刀が必要で、……もしもの時にのためには、それしかなかったんだッ!」


 大声を出す彼氏に、彼女は再び笑みを作り、


「……ぜんぜんわかんなーい、どういう……」


「――何してるんですか、私のダーリンに」


「!」


 彼女が振り返ると、そこには瞳孔が真っ黒く開いた女が立っていた。その手には、パチパチと電流を帯びた、スタンガン。



「私とダーリンの愛のスマホを、床に叩きつけるなんて、……許せない、絶対」


 彼女は一瞬呆気にとられた表情を見せたが、


「……ふ、あッははー、そういうことー、彼氏くん? なるほどねー、――殺してやる」


 出刃包丁と、スタンガン。

 向かい合った二つの狂気が、凄まじいほどの殺気でぶつかり合って、



(……こ、これだ。これこそが、俺がヤンデレと付き合う上で考案した身の危険を避ける方法、もしものための安全装置! 毒を持って毒を制す! つまり……)



「――ヤンデレ彼女、二刀流だぁぅッ!!」



 その後、彼氏がどうなったのかは、誰も知らない。



            完

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