野良武蔵

七四六明

殺し屋“野良武蔵”

 子供の頃は、戦隊ヒーローとか仮面〇イダーとかが好きだった。

 別に、正義の味方になりたかったわけじゃないし、将来そうなりたいと思っていた訳でもないのだけれど、まさか自分がこんな稼業に就くとは思っていなかった。


「あぁん? てめぇ、こんなところで何してやが――」


 大きく開いた口に突き付けた銃口から、間髪入れずに弾丸を放つ。

 依頼対象ターゲットを相手に、わざわざ言葉を交わす必要はない。

 出て来る言葉は大抵命乞い。種類があるとしても、彼個人の命乞いか、組織全体の命乞いかの二択。そして大抵、命乞いとは前者である場合が多く、そんな物を聞いている時間はない。

 彼個人も組織の一人。結局は同じ意味合いならば、聞く意味などないのだから。


「てめぇ! よくもやりや――」

「“野良武蔵”だ! やっちまえ!」


 やっちまえ、とは無責任な事を言う。

 こちらの右手には機関銃。左手には拳銃。せいぜいナイフや短刀が限界の下っ端に、相手出来る武器ではない。

 一人、また一人。冷徹なる弾丸に撃たれて倒れていく。

 辛うじて虫の息で生き残っていても、すぐさま脳天を撃たれて死んで逝く。


 殺す、殺す、殺す。

 それが仕事だからと割り切ってはいるが、機械的に殺しているつもりはない。

 うるさい。しんどい。面倒くさい。人の断末魔が聞こえる度、向かって来る声が途絶える度、両肩に圧し掛かって来る重圧めいた何かに倦怠感を感じさせられる。


 人間はやはり生物で、機械の様になる事は出来るかもしれないが、機械にはなれない。

 人を殺す度、殺されそうになる度に何も感じないだなんて、それは生物として終わってると言うのが自論だ。

 だって、相手が武器を持って掛かって来てこれを撃退しているのだから、これは防衛本能と言う生物に搭載された機能を使っての防衛だ。機械には存在しない。

 また、機械はただ撃つだけだが、人間は何処を撃てば死ぬのかわかっている。だから数で相手がブレない限り、一撃で屠れる自信があった。


 今更ながら、今回の標的ターゲットはいわゆるヤクザだ。

 表向きは慈善事業に精を出しているようだが、裏で禁止薬物やドラッグの売買を生業としていた当世では数少ない悪人揃いの勢力だった。


 地下の製造工場にはピンを抜いた手榴弾を転がし、爆破。炎上。

 エレベーターは最上階まで飛ばしておいたし、防火扉は施錠済。階段にはまた、手榴弾を投じて追い打ちを仕掛けておいた。

 自分でエレベーターを封じたので、他の階に行くには階段を使う。

 機関銃はどうにもならないが、拳銃については代わりが効く。何せそこら中に、死体と一緒に転がっているのだから。


「殺せ! 殺せぇっ!」


 銃とは非情な武器だ。

 引き金を引くだけで人が殺せる。殺せてしまう。

 力の加減も何も無い。急所に当てれば呆気ない。

 相手がどれだけ強くても、相手がどれだけの修羅場を潜っていても、当たってしまえばそれだけで終わる。何とも悲しく、空しい事か。


「――」


 エレベーターが下がり始めた。

 誰か人を乗せているとしたら、幹部かそれとも標的そのものか。

 まぁ、後者はまずないだろうが、前者の可能性はあり得る。組織の事関係なく、個人的に死にたくないと宣う腰抜けの可能性。


 どちらにせよ、エレベーターは後々厄介になり得る。

 噛んでいたガムで手榴弾を固定。扉を爆破して、エレベーターを下ろすワイヤーを晒す。

 機関銃で周囲を制しながら、拳銃を突き付けて発砲。さすがに頑丈だったが、二十発を超えると千切れ欠けて、最後には自重に耐え切れず引き千切れて落ち、火柱を上げて爆発した。


 扉から漏れ出る炎を見て、下っ端一同は武器を下ろして降参の姿勢。

 が、生憎と白旗に興味はない。

 依頼内容は全員の抹殺。同情して情状酌量するようならば、フリーの殺し屋なんてやってられるはずがない。

 結局全員痛みを感じる間もなく順に脳天に風穴を開けて、最上階にして最奥の厳重に鍵のかかった部屋へと辿り着いた。


「来ぉったか。初めましてやなぁ、“野良武蔵”。うちみたいな弱小ヤクザを潰して、あんたは大層顔が大きいやろなぁ、って待て待て、節操のない奴やのぉ。噂通りの――」


 扉を潜った先、横から跳び掛かって来た男の額を撃ち抜く。

 機関銃を向けられたもう一人は向かって来る事もせず、自分にいつ銃口が吠えるかビクビクしながら待つような状態となった。


「ほんま、噂通りの非道っぷりやな。少しくらいうちらに同情してくれても――」


 背後。

 後ろから跳び掛かって来た脚を躱すが、拳銃を落とされた。

 隙ありと掛かって来た男は機関銃で蜂の巣にしてやったが、そこで弾切れ。追撃の拳を受ける盾にするが、銃身を曲げられて使い物にならなくされた。


「フリーの殺し屋同士、見知ってる顔やないか? 依頼達成率は九割九分九厘。雇われてる期間、組織のトップを守り続けるフリーの傭兵。人呼んで“雇われ小次郎”。武蔵の相手はやっぱり小次郎ってなぁ」


 安直過ぎやしないか。

 いや、相手の事はよく知っている。

 実際こうして、何度か敵として対峙した経験も少なくない。

 武蔵とくれば相手は小次郎だろう。なんて安直な考えに至って、自分が来るとわかった組織が雇っているケースが多いからだ。

 雇うのだって、タダではないと言うのに。


「ほな小次郎。ボッコボコにてこましたりやぁ」


 と、後は若い者同士で、みたいな感じで退散していく。

 ただ、来る前に死体に幾つか罠を仕掛けておいたので、無事に出られはすまいが。


「久方振り……でもないか。“野良武蔵”。相変わらず容赦がない」


 “野良武蔵”。

 異名の由来は、フリーだからと言うだけでない。

 機関銃と拳銃の二丁流から一転。背中から抜いた二振りの業物。

 当世では二人と見られまい二丁銃と二刀刀剣の二刀流暗殺者。銃と刀の二刀流から、かの剣豪の異名を付けられた。


「本当に容赦がない」


 “雇われ小次郎”もまた、背中に忍ばせていた日本刀を抜刀。

 迫り来る斬撃を受け止め、翻って返す。叩き落されても尚引っ繰り返り、下顎を狙う。


 何度弾いて躱しても、次の瞬間には翻って刃を向ける連続斬撃。誰が呼んだか燕返しと呼ばれる剣撃を、二本の刀は返される度に弾き返す。

 上に弾けば上から降り下ろされ、左右に弾けば薙ぎ払われ、下に落とせば斬り上げられる。

 幾度弾いて躱しても、次の瞬間には同速で返って来る。だからこそ秘剣――燕返しと呼ばれる事となった。


「容赦がないのはお互い様だ」

「ん。ようやく喋ってくれた」


 小次郎の背後――先に破壊した扉の向こうから、銃口を向けている連中がいる。

 肩越しに見えた瞬間に一刀を投擲。銃口を向けていた一人の額に刃を突き立て、一度後ろに跳び退いてからスライディング。

 小次郎の股下を抜けながら足首を掴んでよろめかせ、向けられるもう一つの銃口を天井方向へ弾きながら、首を掻っ切って瞬殺。隣で死んでいる額の剣を抜き取り、また控えていた二人の胴を叩き斬った。


 背後から迫り来る小次郎の剣を受け、弾く。

 翻って来る剣撃をまた弾き、返って来る剣撃を再度弾き、更に返される剣を弾く。


「まだ終わらない」

「いや、もう終わる」


 返し続けて、加速を終えた刃が躱される。

 深く屈んだ武蔵目掛け、横に弾かれた刀を振り下ろすより早く斬り上げる斬撃が胴を昇り、胸を裂く。

 赤褐色の液体が天井に届くまで飛び散り、小次郎はその場で仰向けに倒れた。


「小次ろ……」


 脚に負傷し、裂かれた脇腹から血を流すボスが、丁度良く戻って来た。

 仕掛けた罠に掛かって、エレベーターも使えない状態では外に出る事も出来ないと見て、頼るために戻って来たのだろうが、丁度こちらも終わったところだった。

 ボスも悟ったらしく、何とか立っていた足腰から力が抜けて、尻餅を突く。


「ま、待て――おまえはフリーだろ? 幾らだ。幾ら積めば見逃す? 考えてもみろ。俺自身は大したことなくとも、俺に何かあれば上が――」


 命乞いには二種類あると、先に論じた。

 そしてこれは、紛れもなく彼個人の命乞いだ。

 危険薬物に手を出し、ドラッグに手を染めた瞬間から、上が彼らを見限ったと何故考えないのか。そも、今回の依頼主は誰であるかを考えなかった組は、こうして全壊したのだった。


「……依頼は達成した。


 倒れた死体――であるはずのそれに話し掛ける。

 するとそれはと起き上がって、シャツの内側に仕込んでいた血糊袋を取り出し、適当に投げ捨てた。


「また負けた……偶には私が勝つシナリオは用意されないものか」

「おまえは諜報活動が上手い。組織の信頼を勝ち得、幹部の信頼を勝ち得るのも上手い。俺のようなぶっきらぼうじゃ、到底無理な話だ」

「小次郎居る所に武蔵あり、何て言う人もいるらしいけれど、みんな気付かないかね。小次郎がいるから武蔵が行くんだと。武蔵相手に小次郎をぶつけるんじゃなく、そうするように仕向けられているんだと。私達は二人で一人の殺し屋稼業。組織が誇る二刀流。武蔵と小次郎は好敵手じゃなく、互いが互いを支え合う相棒だと、何で誰も気付かないのかな」

「それも、おまえが上手いからだ。俺じゃあそこまで上手く立ち回れない。実はおまえが女だと知っている者が少ないのも、おまえの振る舞いが上手いからだ」

「何、今日は豪く褒めるじゃん。久し振りに……ヤる?」

「……次の仕事まで時間がある。休め。疲れているから、そんな発想になる」


 武蔵相手には小次郎を。

 ではどうして、そう都合よく武蔵相手にぶつけられる小次郎がいるのかと考える者はない。不思議な話だ。

 実は武蔵と小次郎が結託していて――と言うか同じ組織の人間で、小次郎が潜入した先に武蔵が乗り込んでいるだなんて、誰も考えもしないのだから本当に不思議だ。


 裏と表から切り込んで、悪しきを裁く二刀流。

 武蔵と小次郎の武勇伝は、まだまだ続く様である。

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野良武蔵 七四六明 @mumei

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