二つ刀のジャック【KAC20221:二刀流】

冬野ゆな

第1話 正義は下されなければならない

【二刀流】――左右に一振りずつ、刀や剣を持って戦うこと。

 転じて、性質の異なる物事を同時に行うことも言う。



「そいつはな、二刀流の剣士なんだと」


 酒場で聞けた特徴は、それだけだった。

 同様に何人かに酒をおごって確かめてみたが、ほとんど手に入る情報は同じだった。


 二刀流の剣士。

 夜の路地裏などに現れる。

 狙いはほとんど無差別。


 近年、この街を騒がせている通り魔のことだ。この街は冒険者が多いこともあって、殴り合いの喧嘩はしょっちゅうだし、どこかしらで何か起きている。

 しかし、国営の冒険者ギルドが統率をとることで秩序を保っている。以前は無法者の集まりだった冒険者も、いまは前金だけで逃亡しようものなら地の底まで追いかけられる。殺人などもってのほかだ。


 けれど、その通り魔は一切が謎だ。おかげで、依頼もこれといった進展がなく埃をかぶっている。そのせいでこの依頼に手を出すと、いたずらに失敗の烙印を増やすだけとまで言われている。国でも調査は進められているらしいが、犠牲者は発作のように増えていく。


 俺はもう一度ギルドに戻って、何か知っている者がいないか聞いてみることにした。下手をすれば数日でいなくなる冒険者と違って、ギルドの顔ぶれはそうそう変わることはない。


「おや。その依頼を受けたのか?」

「ギルド長!」


 振り返った先で、若い男が苦笑していた。

 彼は頬を掻き、なんとも言えない顔で俺を見る。


「そうです。この三年捕まっていない通り魔――『二つ刀のジャック』」

「そうかあ。……ここしばらく依頼を受けてくれる人がいなくてね。ありがたいと言えばありがたいけれど……」


 ギルド長は腕組みをして、うんうんうなっていた。

 ギルドとして討伐依頼を下げることはできない。反面、ギルドの長としては下手にランクを下げるような真似もしてほしくないのだ。それほど「二つ刀のジャック」は頭を抱える問題なのだ。


 なにしろ、前任のギルド長もジャックに殺されているのだ。そのとき、先陣を切って捜査に乗り出したのが、暫定的なギルド長に就任した彼だった。彼は混乱を鎮めるために、ほとんど改革と言ってもいいほどギルドを編成し直した。おかげでギルドだけでなく街の秩序も格段に向上したと言われ、それは彼の肩書きから暫定が抜けても続いている。少なくとも俺は、彼の手腕をすごいと思っている。


「せめて、どうして受けたのか教えてくれないか?」

「……あなたは前のギルド長が殺された時、言いましたよね。正義は下されなければならないと」

「えっ。……ああ。確かに言ったよ」

「俺はあれが嬉しかった。あの当時、俺たち冒険者は見下された存在でした。わずかな金でも、払えば何でもやる有象無象。だけど俺たちのプライドを目覚めさせ、一流の集団に作り替えたのはあなただ。例え時間がかかっても、俺が冒険者であるうちにジャックを捕まえたい。あなたに報いるために」


 彼は気恥ずかしそうな表情を浮かべて頬を掻いた。


「そこまで言われると、なんか恥ずかしいな。期待してるよ」

「待っててください。必ず首をとってきますよ」


 正義は下されなければならない。







 それから更に、ジャックの情報集めに奔走した。


 ここ最近でジャックのものと見られる殺人事件は、三つ。

 一人目は下級貴族のブライアン・ローン。ローン家の次男坊で、暴力事件もたびたび起こす問題児。思いつきで騎士団に入ろうとしたり、無理だとわかると冒険者になったりした。その日も夜中までしこたま酒を飲み、路地裏に入り込んだところをやられた。


 二人目は医者のリンゲル・シップ。夜中の往診の最中、近道をして凶刃に倒れた。特にルックスも良く女性客が多かったため、葬儀の時は泣き叫ぶ婦人たちであふれかえった。


 三つ目は冒険者のアンドリュー・カルバン。とあるパーティのリーダーだった。人柄についてはよく知らないが、冒険者が殺された事にはショックを隠せなかった。夜中に宿屋へ帰る途中、その凶刃に倒れた。その後、パーティも解散したらしい。


 更に遡って資料を見てみたが、やはりこれといった共通点はない。やはり無差別に近い。

 それどころか、ギルド長や冒険者をも手にかける実力は相当のものだろう。


 だが、俺は俺の正義のために、奴を捕らえたい。


 昼間は資料を集め、夜は路地裏で奴の出所を探る。そんな生活が一ヶ月も続くと、そろそろ路銀が足りなくなってきた。

 今日、奴と運命的な出会いさえなければ、この仕事を降りねばならない。


 俺はいつものように、ふらふらと路地裏に入っていった。

 酔ったように歩きながら、周囲の様子に気を配る。最近では夜に出歩くのは一部の人間だけになってしまった。夜光石という、カンテラ代わりの光る石を片手に隠し持ち、時々何か痕跡は無いかと探し出す。


 今日も駄目なのか。一歩踏み出したその時だった。

 強烈な殺気が背中に走った。振り返った時、視界に二本の剣が飛び込んできた。

 なんとか剣を抜けたが、ものすごい力で二つの刃が交差したまま圧され、もう少しで腕がしびれるほどだった。


「二つ刀のジャック!」


 月に照らされたそいつは、にいっと口の端をあげた。

 慌てて距離を取るが、そのときには奴の体は宙に浮いていた。なんて跳躍力だ。なんとか斬撃から身をかわすと、今度はすぐ近くに片手の剣があった。遊ばれている。かわすのが精一杯だ。

 わけがわからなかった。

 気がついた時には顎にパンチを受け、ふらついた拍子に体を十字に切られていた。直前で少しだけ下がらなければ死んでいた。けれども体勢を立て直す隙などくれなかった。なんとか防御するのが関の山だ。

 なんとかしなければ。

 一度でも目を離せば死ぬ。

 耐えて、耐えて、耐えて、一瞬の隙を探す。


 二刀流にも隙はあるはずだ。

 考えを集中させ、じっと耐えきり、そして――。


 ――いまだ!


「おおおっ!」


 見えた軌道に剣をたたき込んだ。

 だが驚くべきことに、目の前の殺人者はわざと隙を作ったらしい。

 しまった、と思った時には遅かった。とてつもない衝撃が俺を襲い、俺の剣は宙を舞った。


「うっ!」


 したたかに背中を打ち付けたところに、首元に刃が落ちた。向こうの方で、俺の剣が地面に突き刺さった。交差するように首を固定し、体の方も押さえつけられていた。ずいぶん痛めつけられたせいか、自分の息がヒューヒューいっているのが聞こえる。


「く……くそっ」


 悪態をつき、なんとか指先に掴んだ夜光石を目の前に差し出す。

 そのとき見えた光景に、俺は目を見開いた。


「あ……あんた……は……」


 にぃっと笑うその顔。


「ぎ……ギルド長……どうして……」


 目の前にある顔が信じられなかった。

 暗さで見間違えているのだと思いたかった。


「秩序を守るということはね、時に自分の手も汚さなければならないんだ」

「ち……秩序だって?」

「そう。けっして表側だけではできないことがある」

「どういうことだ……」


 混乱の中で、そう聞くことしかできない。


「以前のギルド長は、ギルドの経費をちょろまかしていたんだ」

「え?」

「おかげでだいぶ苦労する羽目になったよ。おまけに国からの助成金は懐に入れるわ、冒険者どもは言うことをきかないわ。だけど彼はその地位にどっぷり座り込んでしまって、もうどうしようもなかったのさ」

「だから、殺した……のか!?」

「ブライアン・ローンは見たままさ。暴力的で気まぐれ。騎士団をめちゃくちゃにしかけて貴族の品位を落とした。医者のリンゲル・シップは女性をたぶらかし、診療と称して患者と寝ていた。あいつの実家はそこそこの名家でね。金を渡して旦那のほうも黙らせていたんだ」

「あ、アンドリュー・カルバンは?」

「あれは同じパーティ内で陰湿ないじめを繰り返していたんだ。おかげで有望な冒険者が何人かいなくなってしまった……。外面はいいものだから、気がつかれなかったんだ」


 俺はほとんど困惑してしまった。


「そ、それが全部、秩序を守るためだっていうのか」

「そうだよ。法や規律ではどうにもできない悪――それらを撃つにはこうするしかない」

「でも、彼らの『悪』なんて小さなものじゃないか! あなたはただの殺人者に過ぎない!」

「小さなものでもだ」


 ぐっ、と首元にハサミのように刃が迫った。


「小さな悪から――やがて刃はもっと上の悪へと届く。……表と裏からやらなければ、秩序も正義も成り立たないんだ」


 俺は何も言えなくなった。

 何を言っているんだ――この人は。


「わかるだろう、きみも。正義を成したいと思っているのなら」


 最後に見たのは、そう言って笑うギルド長の姿だった。







「今回も駄目だったようですね」


 ギルドの受付嬢が複雑な表情で、依頼を元に戻す。


「仕方がないさ」


 再び張り出された「二つ刀のジャック」の討伐依頼を見上げ、ギルド長は肩をすくめた。


「受けた方はどうなったのですか? 殺されてしまった……とか?」

「あれっ、聞いてないのかい?」


 そこに、わざとらしく足音を立てて俺は二人のもとへと歩いた。

 ギルド長がこっちを見る。


「ああ、ちょうど良かった。彼が依頼を受けた冒険者だよ」

「えっ! そうだったんですか。よかったー、生きてて」

「傷のほうは治ったかい?」

「なんとか」

「そうか。本来だったらこの依頼は失敗扱いにはしたくないんだけど……」

「気にしてませんよ」

「わかった。それじゃ話だけは聞きたいから、少し部屋のほうに来てくれないかい?」


 俺はうなずき、受付嬢に軽く挨拶をして、離れた。

 廊下を歩きながら、ギルド長の部屋へと案内される。


「でも、本当に良かったのかい?」

「……ああ」

「そうか、じゃあこの話はこれでおしまいだ」


 ギルド長はそう言って部屋に入った。

 扉を閉めると、外からの音は完全に遮断された。


「だから、これからはよろしく頼むよ。二人目のジャック」


 その表情はどこか複雑な、だけれど歓迎と高揚を込めた声で小さく言った。

 差し出された手を握ると、互いに強く握りしめた。

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