背反サルヴェーション

ささやか

禍福を糾ってんじゃねえよクソが

 クソくだらない人生をクソくだらないまま生きている。

 ソファーでむなポケットから煙草を取り出し、安っぽいライターを何度か擦って火をともす。紫煙を吸入。喫煙は気の長い自殺だ。死ぬつもりはないが死にたい。つまりはそういうことだ。

 部屋に入ってきた看護師が俺を見るなり顔をしかめる。

「先生、禁煙です」

「些末なことを気にするな。俺が法律さ」

「手術のしすぎで頭がおかしくなったんですか? いっそ法学部にでも入り直したらどうです?」

 看護師の指摘を鼻で笑い、これ見よがしに煙を吐き出す。彼女は眼鏡の位置を直してから溜息をつき、俺の胸ポケットから煙草を強奪する。

「あ、おい」

 看護師は最後の一本をくわえ、顎をしゃくる。火を寄こせ、ということだ。

「不良看護師め」

 そう毒づいてからご要望にお応えする。看護師は堂に入った仕草でニコチンタールのクソみたいに味わう。なんてことはない。こいつも俺と同じ常習犯なのだ。

 煙草の数少ない美点は遠回しに自殺ができることと吸っている間は何もしなくてよいことだ。そうしてしばらく俺達は黙って煙草を吸っていた。

「クソだな」

 先に終わったのは俺の方だった。煙草はもうない。だから口から漏れる悪態を止める術はない。

「救えると思ったんだ。助けられると思ったんだ。思ったんだよ。クソが」

「これは慰めですが」看護師は紫煙を吐いて前置く。「手術に携わった全ての人間は最善を尽くしたと思いますよ」

「まさに慰めだな。ありがとよ」

 国政が傾き、医療崩壊というクソみたいな悪夢が現実化した結果、ありとあらゆる医療資源が足りなくなった。病院は必要なものを確保すべく躍起やっきになっているが、足りないものは足りない。それでもこの病院は二部によって資金を確保しているのでまだ恵まれている方だ。

「カレー」看護師が煙草を吸い切る。「お昼カレー食べに行きませんか」

「カレーか」

「はい」

「いいな、カレー」世界が少しだけあたたかくなった気がした。「でも俺これから二部の用意あるから」

「ああ」と看護師が零す。彼女の顔にかすかにかげりがさす。「わかりました。でもちゃんと何か食べた方がいいですよ」

「わかってる。そりゃ食うって」

 俺の適当な返事を聞いた後、看護師は部屋を去る。残された俺はノロノロとパソコンを立ち上げ、キーボードを叩きはじめる。必要な情報を入力する。新鮮な死体について。まだ使える臓器について。入力する。最近は適当な死体が出来ていなかったから丁度良かった。そんなことをぼんやりと考える。「クソが」吐き捨てる。はもちろん法律に抵触するが驚くほど稼げる。足りないものを少しでも補える。一度試せばその魅力に抗うことは難しい。それに救えてしまう。己が無力であった結果、救えてしまうのだ。それはおぞましいほど救済だった。他ならぬ自分にとって。「クソが」吐き捨てる。

 必要な情報を全て入力し終える。酷い気分だった。ディスプレイの右下で時刻を確認するとずいぶんと時間が経っていた。カレーは美味かっただろうか。他人事ひとごとだから素直にそう思える。煙草が吸いたかった。もう無かった。いくつかの臓器は早速入札され既に買い手がついている。近いうちに移植手術のスケジュールが組まれるだろう。その手でもたらした死をもって誰かを救おうとしている。背反した醜怪な在りように思わず拳をデスクに叩きつける。死にたくなるほど死にたかったが本当は死ぬつもりなんてきっとなかった。

 煙草が吸いたい。買いに行こうと立ち上がったところでドアが開く。看護師だった。

「カレー」看護師は右手に持ったビニール袋をずいと突き出す。「買ってきました。テイクアウトできたんで」

「お」取り出されたカレーは二人分あった。「ありがとう」

「トッピングもできたんで色々やってみました。後でお金ください」

「俺が全部払うのかよ」

「いいじゃないですか」

「いいけど」

 そうして俺達はカレーを食べる。チーズとヒレカツとカボチャがトッピングされいた。

「二部、もう入りそうですか」

「きっとな」

「救えちゃいますかね」

 看護師の言い方が少しだけおかしくて、「ああ」とだけ答える。生きるくらいなら死にたいから死ぬまで生きている。クソくだらない人生をクソくだらないまま生きている。それでもカレーはわりと美味かった。

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背反サルヴェーション ささやか @sasayaka

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