爆!料理炎舞!

くれは

俺たちの戦いはこれからだ──次回作にご期待ください

 円形闘技場の中で熱狂が渦を巻いていた。興奮に飲み込まれた観客は、口々に声をあげて闘技場の底を見詰めている。

 すり鉢状になった闘技場のそこには、ステンレスの輝きも眩しいキッチンが設置されていた。それも二台、ある程度の距離を置いて向かい合わせになっている。その両方で、同時に、二人の青年によって今まさに調理が行われていた。

 この会場にいる誰もが、その二人の調理に夢中になっていた。


 一人は、燃えるように逆立つ赤い髪をしていた。危なげない手つきで玉ねぎを刻んでいる。タタタタと包丁の音が小刻みに一定のリズムを保ち、細かく刻まれた玉ねぎはまな板の上を軽く跳ねてまるで自らの意思があるかのように、まな板の脇に置かれたザルの中に入ってゆく。

バク選手、素晴らしい包丁さばきだあ!」

 実況の声に、観客たちの声が一層大きくなったかに思えたが、観客たちの視線は赤髪の青年──バクではなく、もう一人の青年に向いていた。

「おおっと! ここで出ました! ヤイバ選手の『水流れるが如し』!」

 もう一つのキッチンで料理しているのは、艶やかな長い黒髪を後ろで一つに束ねたすらりとした青年だった。両手に一本ずつ持った包丁をそれぞれに操って、まるで舞うかのように玉ねぎをみじん切りにしていた。

 彼──ヤイバが左手の包丁を振るえば、玉ねぎが宙を舞う。右手の包丁をまるで舞でも舞うかのようにひらりひらりと動かせば、玉ねぎは自ずとみじん切りの姿になってゆく。ヤイバは涼やかに微笑んで、流すに任せていた水道の水を包丁で自らの周囲にばらまいた。

 水と玉ねぎは彼の舞を彩るかのように、きらきらと輝きながら彼の周囲に舞い上がる。彼はそれを鮮やかにザルの中に呼び寄せてゆく。

 こうして流水とともに舞わせることで、玉ねぎのさらしまでを行う。これはヤイバが包丁の技を極めたことで編み出した、彼にしかできない技──『水流れるが如し』だった。

「二本の包丁が舞うたびに食材が刻まれてゆく! 乱れなく揃ったみじん切りだ! 何よりその姿の美しさ! 我々は今、神に捧げる舞を見ているのでしょうか!」

 ヤイバの調理姿に、実況の声も興奮を隠さずに叫んでいる。それが全く大袈裟には思えないほどに食材や水とともに舞うかのようなヤイバの姿は美しく、ある観客は叫び、ある観客は溜息をこぼし、またある観客は卒倒した。

(大丈夫だ、焦る必要はない)

 バクは心の中だけでそう呟いて、黙々と食材を刻んでいた。ヤイバが注目を集める向かいで、今やバクに注目している観客はいないように思えた。

(料理は炎だ。親父はそう言っていた。俺は今、そこに向かって進んでいる)

 行方不明の父親の言葉を思い出して、バクは下唇を噛んだ。バクは父親を探さなければならない。この大会に出たのもそのためだ。

(でもその前に)

 食材を刻み終えて、バクは顔を上げた。その視線の先にはヤイバがいる。ヤイバもまた、その舞を終えてバクを見ていた。交わす視線は一瞬、けれど二人にはそれで充分だった。

ヤイバ! 俺はお前と決着をつけなければならない!」

バク! 今日こそ決着をつけましょう!」

 同時に放たれた言葉に、お互いに笑う。二人は、お互いに認め合った好敵手ライバルだった。


 ヤイバが中華鍋を振るえば、綺麗に切り揃えられた瑞々しい玉ねぎたちは喜びに宙を舞った。その華麗な姿に、観客はまたも溜息を漏らす。

 しかし、次はバクの反撃のターンだった。

 バクは大きな中華鍋を二つ、コンロの上に並べて置いた。そのどちらもを最大の火力で熱する。そして、その中華鍋が最高潮に熱せられたとき、バクの持つ力が解き放たれた。

 片方の中華鍋から空中に飛び上がった食材は、そのまま頭上高く舞い上がり、落ちてきて、もう一つの中華鍋の中に飛び込む。重い中華鍋を二つ、軽々と操りながら、バクは食材に火を通してゆく。

「出たあ! バク選手! 炎舞・中華鍋乱れ咲きだ!」

 わああっと観客の歓声が、闘技場内をこだました。その盛り上がりに動じることなく、バクは中華鍋を操る手を止めない。

 時には中華鍋自体を宙に舞わせ、その重い中華鍋をまた受け取り、宙に舞った食材を中華鍋で受け止め、食材の温度を適切に保ち続ける。その技──炎舞・中華鍋乱れ咲きは、バクが父親から受け継いだものだった。

 この技で勝つことが父親の行方の手がかりに繋がると信じて、バクは炎とともに舞っていた。

「料理とは食材を活かすこと! 食材を活かすも殺すも包丁の技次第! 包丁こそが料理を活かすのです!」

 中華鍋を振るいながら、ヤイババクに向かって叫ぶ。バクもその声に応えて叫んだ。

「料理は炎だ! 俺は俺の炎舞で料理を極めてみせる!」

 闘技場の中は、それ自体が一つの中華鍋のようだった。観客たちは、まるで自分たちが刻まれ熱せられる食材であるかのように錯覚し、その熱さに声の限りに叫んでいた。

 二人とも鮮やかに炒飯チャーハンを皿に盛り付けてゆく。ヤイバは中華鍋とお玉を、バクは二つの中華鍋をふるう。盛り付ける手の動きは観客からはほとんど見えず、気付けば出来上がった炒飯がこんもりと皿に収まっているのだった。

 それぞれの技を極めた二人の青年の料理はどれほど美味しいのか、そしてどちらが勝利するのか、期待が最高潮に盛り上がる。その時!


 会場のどこかで悲鳴が上がった。最初の悲鳴は歓声に掻き消されて、誰も気付かなかったが、やがて歓声が次々に悲鳴に変わっていった。

 気付いた時には、観客席のあちこちに黒いコックコート姿の者たちがいた。コックコートだけではない、黒いスカーフを口元を覆うように巻いて、頭には黒いコック帽を被り、ぎらぎらとした目だけが見える。

 どうやら、手に刃物を持っているらしい。観客たちはさっきまでの熱狂を忘れ、今はただ怯えて身を寄せ合い、震えていた。

「茶番は終わりだ」

 マイクを通して聞こえてきたのは、少しくぐもった低い声だった。実況席を見れば、実況のスタッフが黒いコックコートの男に刃物を突きつけられ、震えて両手を持ち上げていた。

 代わりにマイクを持って話しているのは、黒い仮面をつけた男だった。

「料理を汚す者たちに粛清を!」

 仮面の男の声とともに、黒いコックコートの男たちが動き出す。あちこちから、観客たちの悲鳴が上がる。

ヤイバ!」

 バクが振り向いた時には、ヤイバはもう二本の包丁で黒いコックコートの男たちと戦っていた。

「余所見とは余裕だな!」

 真後ろからの声に、バクは咄嗟に持っていた中華鍋を持ち上げる。ガキン、と腕に衝撃はあったが、中華鍋は刃物を通すことはなかった。その隙に、反対の手に持った中華鍋を大きく振って、黒コックコートの横腹に叩きつける。

 黒コックコートの体が、調理台の上の皿を巻き込んで吹っ飛ぶ。バクの炎舞によってぱらぱらに仕上がった炒飯のご飯粒が宙を舞った。

「俺の……俺の炒飯が!」

「愚かな」

 マイク越しに、仮面の男の声が響く。

「こんな茶番に汚された料理など、料理とは呼べぬ。お前たちは食べ物を作っているのではない、ただ食材を弄んでいるだけだ」

 襲いかかってくる黒コックコートを中華鍋で薙ぎ払い、バクは実況席を睨み上げた。

「俺の技は美味しい料理のためのものだ! お前たちこそ、これが料理だと言うのか!?」

「ふっ」

 仮面の男が笑う。仮面の奥の目は見えないが、バクにはその嘲るような視線が見えた気がした。

「『俺の技』だと? 笑わせてくれる。お前たちに料理など必要ない、暴力で充分だ」

 ヤイバの舞うような包丁さばきも、バクの鮮やかな中華鍋の扱いも、黒コックコートの動きに負けてはいない。けれど、黒コックコートはあまりに数が多かった。

 先ほどの対決の疲労も残っている。バクヤイバも徐々に押され始めていた。一人の黒コックコートを薙ぎ倒し、バクが後ろを振り向くよりも早く、別の黒コックコートの持つ刃物の鋭い輝きがバクを狙う。

 キン、と鋭い音がして、銀色の輝きがバクと黒コックコートの間に割って入った。そこにいたのは、忍者のような覆面の男だった。その手に逆手に握られているのは、細長い柳葉包丁だった。

「こっちへ。急いで脱出するんだ」

 覆面の男は囁くようにそう言うと、目の前の黒コックコートを倒しながらヤイバの方にも振り向いた。

「君も! こっちへ!」

 覆面の男に導かれるまま、バクヤイバは闘技場を駆け抜けた。

「俺の炒飯が……」

 中華鍋を握り締めて、悔し涙をこらえてバクは駆ける。隣ではヤイバも苦しげに眉を寄せていた。

「私の包丁はこんなことのためにあるのではないのに」

 覆面の男はそんな二人をちらりと振り返り、少しためらうように視線を揺らしてから、小さな声で「こっちだ、急いで」と声をかけた。


 仮面の男は何者なのか? その目的は?

 二人を助けた覆面の男は味方なのか?

 バクヤイバが料理をその手に取り戻す戦いの物語が、今始まる──!!






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