第2話 神速

 ぶぶぶぶぶ!!!


 どうやら、スズメバチの大群も田原さんの登場に驚きを隠せない様子。

 そりゃあ、そうよ。だって、マトリックスじゃあるまいし、高速で旋回するスズメバチの毒針のみを指でつまめないでしょ、ふつう。


「す、すごい……」


「おじょーちゃん、また会ったな」


「一体全体、どうやって!?」


「今まで何年、朝生の司会やってると思ってんだよ。司会者を無視した撃に比べたら、こんなの生温くて止まって見えちまうぜ」


 得意気にそう語る田原さんを嘲笑うかのように、突如として野獣の咆哮がこだまする。


 うごおおおおおお!


 優に体長5メートルは超えそうな、わたしの人生でお目にかかったこともない巨大な熊が激しい雄たけびをあげながら、こちらに向かって突進してきた。


 どどど、どうしよう。

 待って、ここは死んだふりが有効。昔から、これがいいっていってるし。こっちが何もしなければ、向こうだって……


「おいおい、おじょーちゃん。熊からしてみれば、何の抵抗もしないなんてラッキーとしか思われねーよ。平和ぼけ教育の賜物かねえ」


 その言葉を最後にふっと田原総一朗は消えた。

 え! どこ? と思う暇もなく、巨大熊目がけて、「せいやっ!」と飛び掛かった。一瞬のうちに間合いを詰めて、高速で掌底をつぎつぎと喰らわしていく。

 ドンドンドンと、鈍い音を出して後ずさる巨大熊。


 だが、巨大熊もどう猛な野獣にふさわしく、なかなか倒れない。わたしのお尻ぐらいある大きな両手を広げると、どんどんとゴリラのように胸を叩いて自らを鼓舞させて、田原さんを押し倒そうと一気に襲い掛かった。田原さんはがしっと熊の一撃を両手で受け止め、取っ組み相撲のようにその場にふんばる。その、あまりの衝撃に、二人(人間と熊)を中心に、地面が円状にめり込み、大地が激しく揺れた。

 あまりの超絶バトルに、どこからともなく逃げまどっていたレジャー客の歓声が沸き起こる。


 うおおおおおと、頭の血管を破裂させて、全身に返り血を浴びた田原さんが、一気に巨大熊を投げ飛ばした。


 ごううん。

 投げ飛ばされた熊の轟音が試合終了のホイッスルだった。


 鮮やか。これしか言いようがない。

 そんな彼の姿を遠くから眺めて、なぜだか下腹部に熱いものが込み上げて。


 やだっ! わたしったら、こんなヤバイ状況、シチュエーションでなに考えてるの!?


 でも、こんな呑気な欲情に浸ってられない状況が差しせまるるるるうううううううううう――あわわわわわ。


 いつの間にやら呂律が回らないくらいに大地が揺れ始め、


「あっちを見ろ! やばいのが飛んできたぞ!」


 野次馬たちが指し示す脅威の正体。


 それは――山の中央で大噴火した火山灰。


 どおおおおおううんと、人生で一度も聞いたことがないもの凄い音を響かせて、わたしたち目掛けてダンプカーぐらいの岩石が降り注ぐ。


 こ、こんなのって。流石の田原さんも、いや、わたしたちだって。


 悔しさと悲しさで目に涙を浮かべて、ミニスカートの端をぎゅっと握る。


 もう……ダメ……だ。


 その時――


「ちょっと待った、こっちの見せ場はCM明け? 俺はスポンサーの意向に左右されねーよ」


 田原総一朗は「はああ!」と低い唸り声を上げて、遥か上空100メートルまで一気に飛び上がり、次々と向かってくる巨大岩石を素手で粉々に粉砕していく。




「KADOKAWAさんが、黒いアワビさんを出張らせたんだから、俺も本気ださねーとな!」





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