「一章:開く紐、閉じる針」五節:先に進むための授かりもの

「まぁ、そうすると、卓と椅子が足りなくなるね。そうだ、今度【虚神界】の為の卓も作るか?」サスカはバタフライハンマーを左手で軽く回しながら、そう、うそぶく。


「サスカ、頼むから<白宝具(はくほうぐ)>は仕舞ってもらえるかな。それととりあえずの所、君以外の【虚神界】の<相克神(そうこくしん)>もあるべき所に帰って貰えるとありがたいんだけどさ」僕は、これほど深くまで<排除しなくては成らない者>の侵入を許したのを激しく後悔した。

「ん?そうかい?少しばかり喧嘩でもした方が、仲も深くなるかな、と俺なりに配慮して呼んだんだけどね。ま、いいや。じゃ、戦場ではお手柔らかに」サスカはそう答え、左手に持っていた槌をくるりと回転させ、思い切り振りかぶり虚空を叩く。



すると、辺りを限りなく眩しい青い光と銅鑼の鳴る音が包む。


眩しさに思わず、目を閉じ、大切な椅子だけは固く掴んで、僕は過ぎ去るのを待った。



しばらくして、左肩に置かれた手の感触に胸を撫で下ろし、目を開く。


「ゼウス、すまない。もう少し早く、説明する時間があれば」そこまで言った所で、頭をくしゃっと撫でられた。


「無理をするではない、カタデロルス。お主の才能に、我々<神儀会(しんぎかい)>も荷を任せすぎてしまった。それに、クロノスの瞳の美しさを知っているお前だ。時間をいたずらに過ごすわけが無いことは皆知ってる」ゼウスはそう言って、頭を撫で続ける。


「そうよ、別にあんただけが責任を感じる事はないわ。ま、ちょっとばかし唐突だったことは否定しないけどさ」天照(あまてらす)はクロノスを抱えて、変わらぬオレンジ色の空を見上げている。


「私も流石に肝を冷やしました。小さき肝、ですが。一目、あちらのものを、この<開かずの涙>で捉えることが出来れば良かったのですが。もしかしたら千載一遇のチャンスだったのかもしれません。」クロノスもいつになくしおらしい。


「反省会は後にしてもらいたい。カタデロルス、少し<空座>に来てもらいたい。待っておるぞ」ハデスはまたしても僕の後ろを通り、虚空に掻き消えた。


僕は、肩を竦める。


「やれやれ、今度はどういう命を受けるのかね」そう呟き、周りを見渡す。


僕は命杯のコーラを煽り、徐に口を開く。

「頼むから、この神界だけは、なんとか守っていてもらえないかな。そのかわり、僕は僕にしか出来ない事をしてくる」ゼウスと天照を見て、心を委ねた。


「まぁ、あんたがしょぼくれてると、いじりがいがなくてつまらないしね。それにクロノスにも期待されているみたいだし」天照はいつもどおりにぶっきらぼうだ。


「私も、遠き界からですが、武運を祈らせてもらいます。ですが、私に出来る祈りは神命を賭させて戴きます」タケルノ尊は、はっきりとした口調で頭を下げる。

「試練を与えるのは神の役目。だが、思いを遂げるのは意思のみだ。挫けるなよ」イザナギはイザナミの肩に手を置き、思いを託してくれる。

「若造、お前は全くもって経験が少なすぎる。じゃが、お主の目は、似ておる。かつて失ったワシの片目にな。期待を裏切ってくれるなよ」オーディンは珍しくニヤリと笑う。


「坊主、一回メガネをよこせ」するりと横にシヴァが来て手を差し出す。

僕は無言で<黙秘のトリスプリズム>を渡す。


シヴァはそれを受け取ると同時に、両手で粉々に打ち砕く。

しかし、それらは地には落ちず、宙に浮かぶ。

「耳を塞いでおれ、失いたくないのならな」シヴァは憤怒の表情で命令する。

僕はすかさず、両手で耳を塞ぐ。

シヴァは力を両手に込めて、額に持っていく。

そして、渾身の力で<三つ目>を開く。


<三つ目>のまばゆいばかりの赤い光は、粉々に砕け散った、<黙秘のトリスプリズム>を照らす。

すると、鈍い銀の光を漂わせながら、カタチが象られていく。


光は次第に強くなり、最高潮になった時、キンッ---ちょうど、錠前が開く音がして、<それ>は僕の手のもとに帰ってきた。


手のひらにあるそれは、緑色の鎖から伸びる金縁のレンズ。

「<透徹のモノクル>とでも呼ぼうか。ちぃとばかり力を多く使うが、まぁ、お主なら使いこなせるだろう。大事にせい。あぁ、あとコレを渡しておく」シヴァは三つ目を閉じ、懐から取り出したものを僕に押し付ける。


古びた懐中時計のようだが、なぜだか懐かしく感じる。


「そいつは、この<神界>においては、一つしか無い。<メロディクロック>と呼ばれているそうだ」シヴァは僕の目を睨んでくる。


「いろいろと、ありがとうございます」僕は感謝の言葉を述べ、懐中時計<メロディクロック>を早速開いてみる。


だが、何かがおかしい。



「シヴァ、この時計、針も文字盤も無いんですが。どういう意味を持つのですか?」僕はのっぺらぼうの時計を開き、尋ねる。

「そいつの使い方はな、誰も知らん」シヴァはいつもの様に横柄な口振りをする。

「知らない、ですか?では、何のために渡してくれたのですか」そもそも、神に属するものにとって【時間】というのは「調整可能な概念」でしかない。

「サスカ、とか言ったか。【虚神界の寵児】にあたる<相克神>。あいつは<それ>を元に生まれた」


僕は矛盾に気がつく。

「この<メロディクロック>は一つしか無いと言いませんでしたか?」

「<神界>にはな。<虚神界>は例外だ。そして、そいつが今ここに無ければ、とっくにこの<神界>は<虚神界>のおもちゃ箱になってるのさ。冗談では無く、な」シヴァは憤怒の表情で諦めるような声をだす。


「あちらが、どういう戦略で来るかは全く読めん。だが、その時計無しでは、そもそも同じ土俵にすら立てない」

「ですが、使い方も分からず、文字盤も針も無ければ、意味が無いのでは・・・」僕はここにきての敵との情報と能力の差を感じ、ほのかに温かい手の中の時計を見つめる。

「まぁ、そう悲観するな。お前らしくも無い。ほれ、新しいお前の<界球儀>を使ってみろ」シヴァの初めて見る笑顔に、驚く。


僕は、先ほどまではメガネだった、モノクルを右目に付ける。

そして<メロディクロック>を見ると、不思議な事が起きた。

「あれ?文字盤と針が見える。クロノスと交信することでしか、認識出来ない<時量>が可視化されてるってことか?・・・」僕は、懐中時計とシヴァを見比べる。


「やはり、それはお前のだったのだな。使い方はおいおい学べ。うむ、久しぶりに神の仕事を為せたので、ワシはキアカの世話に戻るぞ」

そう言い、一つ伸びをしてシヴァは呼び寄せた<雲行水>の上に乗って、空に消えた。


ゼウスは優しく、だけど、心に問いかけてくる。

「さて、ここからが、お主の本当の神としての役割が始まる。心構えは出来たか?」


「出来なくても、やらねば。でしょ、ゼウス。まぁ、それに」僕はほとんどの神が持ち場に戻って、閑散とした神卓にぽつんと座っていまだに、舟を漕いでいるコノハナサクヤヒメを、見遣る。

「譲れない意思、は珍しく僕を熱くさせるからね」覚悟の言葉をとなえる。

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【星よ神話を語れ】 熊節 大洋 @oneworduser

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