「一章:開く紐、閉じる針」四節:神の領域への刺客
「うん、明快な解説ありがとう。伊達に協定進行者は務めていなさそうだ」僕は、オーディンの話を受け、一歩ずつ、目標の椅子に向かい歩き出す。
「神の言葉で言う【スピノザ】つまり他の言葉で言い例えるなら、そうだね地球では<秩序>とも言われているよね。<道徳>だなんて日本語では言うそうだね。」
僕は、歩きながら、オレンジ色の空を見上げる。
「この、神界の空がいつでも素敵なオレンジ色の光で満たされているのも、僕達が神の力を持ってして、【全味樹】から得た必要な物を、【魔数】に還元して、<スピノザ>と言う<概念上の神>に空の運行を委ねているからだよね。秩序神スピノザ聞こえているかい?」僕は橙色の虚空に向かって呼びかける。
”どうやら、私にもお鉢が回ってきたようね。何が望みかしら、カタデロルス”
語りかけるように、声が響く。
「いや、何、そんな大それたことでは無いさ。ただ、一つ、座りたい席があってね」僕は、少しずつ歩んで、神卓の一番端に来る。
その席には桜色の長い髪の毛を丁寧に編んである、どうにもこの神卓に座るには場違いな、貞淑とした、女神が座っていた。
どうやらうたた寝をしているようだ。静かに舟をこいでいる。
「そう、コノハナサクヤヒメ。この隣に、座っていろいろとお話出来ると楽しいのではないのかな、と思っていてね」前々から、と言う言葉を隠し、僕はそう呟く。
時空間はこれ以上無いと言う程、張り詰める。動くことの出来ない神々も、只ならぬ気配を針のように研ぎ澄まし僕に向けた。
”カタデロルス。あなたは、言っていることの重さ、そして大きさを理解しているのかしら?”流石のスピノザも緊張した声になる。
「ん、もちろん。コノハナサクヤヒメこそが、この宇宙の星系でのネットワークを確立し終えた後に、<現星系の王女神>として、担ぎあげられ、別時空の宇宙への橋渡しとしての<神の中での女王>となることもね」僕は、本来アカシック・レコードにアクセス権限を持っている神しか知らないことをスピノザに語る。
”あなたがどこまでの情報へのアクセスが出来るのかは不明ですが、それだけの事を、覚悟して言っているのですね。了解しました”スピノザは覚悟に殉じた、声を発する。
すぅ、と空気が澄んでいく感覚に周囲がみたされる。
“神「カタデロルス」。ナンバーコード「91698」。界球儀「黙秘のトリスプリズム」/性別、神齢、容姿、全て「白猫の無明」/神としての位階「Gランク」/備考「界が違う故の【乖離現象<心の不透徹>】の唯一の所持神」/以上がレコードの常接階層の記録情報。異議は無いかしら?”スピノザは静かに読み上げる。おそらくはここまで、は予定調和だろう。
「うん。おおむね、合っているかな。」僕は、オレンジ色の空を見上げながら、目を瞑る。
「あ、一つ追加事項。神としての性欲保持者、そう追記しておいて貰えると気が楽かな。」
そう、呟いた瞬間、地面が揺れる。
神卓に座っている神々は、僕が采配権を解放していないおかげか、切り取られた写真みたいに静止したままだ。
僕は躰を支えられずに、よろめき尻餅をついた。大切な椅子には影響が無いように、仕方ない。
「ウラヌス?動く時は、時空間固定をして鳴動がないよう動くって、そう決まっているじゃないか」
僕は、手を着き立ち上がりながら、メガネを直してそう叫ぶ。
「お前が、そこまでの脅威の可能性を持たねば、ワシとて、無理はせん。だが、お前の神としての指導をした者として黙ってはおれん。」ウラヌスは地面から響く声で恫喝する。
「そうは言ったって、ここで言わなければ僕はきっと【ウロボロス】の使者の御用になる。さすがに僕もそれは嫌だよ」僕は、少し後手に回ってしまったかと思い、呟く。
「呼んだかい?カタデロルス。こちらは、ゲームの準備はもう万端なんだけどね」
背後からの声に、僕は出来る限り動揺を隠し、振り返る。
「ああ、お早いお着き、だね。待たせたかな?サスカ」黒き衣をまとった、痩身の男に応える。
「いや、何、ちょっとした余興の前に、平和ボケした神を視るのも面白いかな、と思ってね。それにしても」いつの間にか、右手に持っていたエフェクトナイフをサイドポケットに仕舞いながら、周りを見渡す。
「相変わらず、この神界は気だるい空気に満ち満ちているね。まぁ、キアカのおかげでようやく面白くなりそうだ」サスカは歩き出す。
”サスカ、【虚神界】の者は、こちらに来る際は、私に話を通す手はずでは?”スピノザはオレンジ色の空に赤味を加えさせながらも、冷静に問いかける。
「ははは。そんなカビ臭い碑文に書かれた事なんて、気まぐれで守ってただけさ。こちらとしても仕事は早く済ませたいの。<ウロボロス>の気だってそう長くはない。」サスカは歩いて僕の隣に来る。
椅子に座って寝ている、おそらく何よりも大切だとされる神の顔を覗き込んで、にんまりとする。
「うん、これが、報酬とは気が効いているや。やっぱり迷ったけれど<ウロボロス>の言う事を信じといて間違いは無かったかな」
「一つ、釘を刺しておくよ、サスカ。まだ、ゲームは始まってもいないし、決着だって判らない。つまり僕と君は、立場としてはイーブンだ」僕は、姫への言葉を心に仕舞い、サスカに対峙する。
「おっと、それは分かってるさ。僕達、神同士が戦ったとしても、結局のところ、<修正>されてしまう。それが<キアカ>と<ウロボロス>の盟約。だからこそ、【地球】でのゲームと相成るわけだ。今更なお遊戯、だけどね」サスカの言葉は、僕の心の壁を突き破るかの如く、刺さる。
”カタデロルス、サスカ。その辺りで小競り合いは終わりにしなさい。では、私の方からこれから行う事の説明をします。カタデロルス、采配権を開放してもらえるかしら。”
僕は、左手を掲げ指を鳴らす。
パチン
瞬間、神卓の神々はそれぞれの界球儀を携え、闘神態勢に入る。
しかし、動く事は出来なかった。
「サスカ?僕はここで、鍋でもやろうか、なんて提案した覚えは無いんだけどな。なんだか大所帯で来たようだね」
「カタデロルスも水臭いなぁ。どうせなら、みんなで食事をしたほうがいいと思ってね。最後の晩餐の場を用意しないなんて、そんな薄情な俺じゃないさ」
本来、神の許可無しには、立ち入る事の出来ない空間はかつて無い、殺気に満ち溢れていた。
それは、黒き衣をまとった<神に背きし神>がそこら中にいる、この状況においては仕方なかっただろう。
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