「一章:開く紐、閉じる針」三節:神卓での協議と探り合い
「様々な凶の始祖【ウロボロス】もね。」僕は適度にうまいカフェラテを飲みながら軽くうそぶく。
空気が張り詰め、時空のゆらぎが止まる。
「お前、何故それを知っておる」背後から低く恫喝が聞こえる。
ゼウスも天照も顔を引きつらせて冷や汗を流している。
「あぁ、この声はハデスかな?質問する時は顔くらい見せなよ」僕は命杯にりんごジュースを満たしながら、応える。
瞬間、止まった時空が蠕動しゆらぎを産んだ。
僕は眼をつぶりあくびを一つする。
「では眼を開いてもらおうか」ハデスが言い放つ。
ゆっくりと眼を開く。界は変わらない。
さっきまでと違うことは全ての卓に、全ての主神が威厳と風格を保ち座っていること。
「ごめん。ちょっと眠くてね」僕はいつものように嘘をつく。
「心が読めん事は、何よりの<乖離>になる事を、もう少しばかり検討すべきじゃったな。語ることの真偽の度合いが分からない事がここまで不都合だとはな」イザナギは重い口を開く。
隣のイザナミは神界でたった一揃いの、二杯一組の命杯を煽り、僕を見る。
「ワシは言ったはずじゃがな。この者の「界球儀」には【空枷】を付けるべきだと。」
「じゃが、イザナミ、そうしてしまうと、カタデロルスは神としての役割を忘れ、【魔数】に魅入られ、秩序神の負担を増やしてしまうかもしれないと、そう話し合い了解したではないか。」イザナギは一組の片割れの命杯に、コーヒーを満たし啜る。
「そのような事は、今となっては瑣末な事。本題はそれではない」死を管理する、泰山府君つまり閻魔が胴間声で場を制す。
「カタデロルスが、<星系として最後>とされる【地球】のリンカーに任命されたこと。そしてその経緯だ」
場には又しても重い沈黙に包まれる。僕は気にせず、トマトジュースを命杯一杯にして、飲み始める。
「任命者は【キアカ】。そう、ワシは聞いておりますが」ゼウスはいつもの飄々とした、態度を一変させ、言葉を選び、そう言う。
「そう。それが何よりの問題。」凛とした声は、白髪の男神、月詠。
「うむ、そうじゃな。」ゼウスは静かにヒゲを整えながら続けた。
「直接、キアカの意図を汲みとったのは、その場に居合わせたシヴァ。そなたと聞いておるが?」ゼウスは、卓のほぼ端の椅子にふんぞり返り、眼をつむっている、破炎神(はえんしん)シヴァに問いかける。
「うん?おお、うむ。すまんすまん、日頃の疲れが溜まっていてな。やはり、キアカの監視役を位格につられて引き受けないほうが良かったかもしれないな」シヴァは大きく伸びをする。
「キアカが直接、神に干渉してくる事は今まであったのですか?」若き神、タケルノ尊が尋ねる。
「いや、無い」巨神タイタンが断言する。
「我らの神の間での諍いにも全く干渉をしなかったキアカが、どうして他の瑣末な事で干渉しようか」タイタンは苦虫を噛み潰すような顔で、重々しく命杯をあおる。
「ゲーム。つまり<人>を相手に遊んでこいってさ」僕は行き詰まりそうな会議を早々に終わらせたいので、結論を言う。
卓の真ん中にクロノスが瞬時に現れる。
「カタデロルス、いたずらに場を混乱させないで下さい」静かにクロノスが窘める。
「ごめん、ごめん。クロノスを仲裁に呼びたかった訳では無いんだ。ただ、僕はどうもまどろっこしい話し方というのが苦手でね」僕は肩を竦め笑う。
クロノスはしずしずと歩き、天照の前に行き、まだ神の会合に不慣れな天照の膝に乗った。
「カタデロルス、ゲームとはどういう意味じゃ?」ハデスは重い口を再び開く。
「うん?その通りの意味だけれど?僕の【地球】のリンカーとしての最初の仕事、それが【地球全時空間】でのゲームさ。神にとっては今更なお遊戯でしょ」僕は、皮肉を込めつつ、立ち上がる。
他の神々も立ち上がろうと体を動かす。しかし、なぜだか、動けない。
「あ、一つ、言っておくと今、神の采配権は僕が持ってるよ。キアカからこの仕事が終わるまでの限定条件付きで預かってるのさ」僕は、説明をしつつ神の卓の周囲を歩き始める。
「今の所、多くの星々の間で異星間交流が行われている、ってのは説明するまでもないよね。僕達神々はそれを、第三者的立場から見守り、干渉し、時には制限し、今のところ無事に行われている」僕は、長くなりそうだな、と思いつつ話を始める。
「しかし、そのなかで2つ問題がある。一つ、星々の間での交流の限界。つまり価値の共有化に齟齬が生まれ始めている事。もう一点、地球が異星間交流に加わっていない事」僕は歩を止める。
「この2つは同じ原因で成り立つ。ゼウス、分かる?」僕は、ゼウスの制限を解除する。他の神々は、依然と前を向いた姿勢で固まっている。クロノスも同様に。
「う、うむ。ワシの見立てで良ければ、話そう。その二点の問題の原点は、つまる所、【欲】じゃな。」ゼウスはいつになくたどたどしく応える。
「イグザクトリィ、つまり正解。ちょっとは地球の言葉だって勉強してるんだよ。」僕はまた歩き出す。
「そう、欲。それは【自己中心群】として滅んで行った種が総じて、コントロール出来なかった、重要なポイント。今、異星間交流をしている星々の種族はそれぞれに節度を持って、それぞれの星だけでは出来なかった事を為している。まるで、神が協力しているバベルの塔の建設のようだね」僕はどこかで、聞いたお話を交えて話す。
「さて、それでも、段々と既存の交流では出来ないことが生まれ始めている。これは僕が答えを言おう。それは【進化の停滞】端的に言うと、遺伝要素が濃くなってきている。地球の言葉を借りるなら<血が濃くなってきている> のさ。さて、ここで、この問題を解決するかも知れない、地球に住まう生物にしか無い、性質がある。それは何?天照、答えて」天照の鍵を外す。
「全く、あんたにはもっと早くに釘をさして置くべきだったわね。後悔先に立たずとは良く言ったものだわ。答えてあげるわよ。それは【性欲】でしょ?どうなのよ」天照は、臆病なのを悟られまいとして、強気に応える。
「ご名答、座布団でもあげたい所だね。」僕は地球の観察をしていた時に、見ていた何かのやり取りを真似て言う。
「さて、話を続けよう。そう、性欲こそが、他の星々の人にとって認識することが不可解、且つ難解なこと。そして僕達、神にも、だね。」僕は少し嘘を混ぜつつ話を進める。
「ま、正確に言うと<性欲をコントロール>出来るか否かが、星々の協定を結んでいると言っても過言ではない。そうだよね。協定進行者オーディン、教えて」僕はオーディンのネジを巻く。
「ふむ、まさかワシにまで話が及ぶとはな。良かろう、若造に教えてやろう。そうじゃ<性欲のコントロール>を成す所、つまりそれが協定の中で決められる。だが、常に神々が制御していては、あまりにも大変だ。だからワシら神々は<概念>にそれを委ねた。それが【スピノザ】と呼ばれるものじゃ」オーディンは語ることの意義を理解し口を閉じた。
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