「一章:開く紐、閉じる針」二節:はじまる神々の談話

まぁたぁゼウスは説教?そんなんだから位階ばっか高くされて面倒事ばかり引受けるはめになるのよ。」

卓の向かいにきらびやかな装飾をした麗人が座る。

「おぉ、天照か、今日も相も変わらず呆けた顔をしておるのぉ」ゼウスは女神にむかい益体もないことを言う。

「ぼけゼウスには用はないのよ。カタデロルス、あんた地球のリンカー任命だって?」天照は訝しげに僕の方を睨んでくる。

「はぁ、一応そうですけど」僕は遠慮しがちに応える。

「私と月詠兄さんが見守ってきた日本を有する地球のリンカーがまさかあんただとはねぇ」天照は橙色の髪の毛をいじる。

「これこれ、これからの者に水を差すでない」ゼウスは仲裁をするが、ただ場を盛り上げたいことだというのは手に取るようにわかる。

「はいはい」天照はさらりと躱し、指をならす。


パチン


辺りが一瞬律動する

「はっ、天照様。御用は何でしょう」

空に<瞳を固く閉じた>黒猫があらわれる。

「今日もいい毛艶ね、クロノス」天照は其の黒猫を掻き抱き、頭を撫ぜる。

「神の皆々様に寵愛して貰ってる為、当然でございます」クロノスは応える。

「全く、クロノスは天照には滅法甘いのう、少しはワシにも手を貸してほしいものじゃ」ゼウスはいつの間にか取り出したどら焼きを頬張りながらぼやく。

「ゼウス様、役目というのは各々の銘に由来するもの、威厳を保ち下さいませ」

「クロノス、ゼウスを持ち上げるのはそのへんにして、カタデロルスを<視て>頂戴」天照はクロノスのピンと立った耳に向かいそう囁く。

そこで、初めて黒猫たるクロノスはぴったり閉じられていた目を少し開き、僕を見る。

視線が交差するが僕は相変わらず、白桃を食べ続ける。

クロノスは目を一瞬最大に開き、そしてゆっくり閉じる。

「終わった?」天照はそうクロノスに尋ねる。

「はい、天照様。やはり、このカタデロルスのみ<界>が違います」

「やっぱり、そうなんだね。これは骨が折れそうだわ」天照はクロノスを卓にやさしく下ろす。


時律神「クロノス」

すべての【時と因果律】を司る神と言われている。

あらゆるところに遍く在し、クロノスがないという状況はないとされている。

彼の瞳は固く閉ざされているのが常。

なぜならば、クロノスの目は知覚器官ではないからだ。

パンドラの箱に唯一残されていたのがクロノスの視界だとされている。

そのため、クロノスの瞳に映るものは神といえども時と因果律が崩壊してしまう。

まぁ、この辺りの知識はデウス・エクス・マキナの言っていたことだけど。


そうは言っても僕はクロノスの瞳がスカイブルーに紫のシャドウがかかってるのを幾度も見ているからあんまり真実味は無いんだけれど。


「ふぅむ、クロノスの瞳の綺麗さを知っているのはワシだけだと思っておったんだがのう。」

ゼウスはどら焼きを食べ終え、命杯に緑茶を錬成して飲みながら、ぼやく。

「え?ゼウスもクロノスの【界】を見たことあるの?どうりで老けているわけだわ」天照は得心がいったかのように命杯のコーラを啜る。

「ん?言っておらんかったかのう。だいぶ昔の話じゃからな」

「私めがこうして寵愛を受け存することが出来るのもゼウス様の澪標のおかげで御座います」

クロノスは厳かにゼウスに頭を垂れ、天照の頬を尻尾で撫ぜて空に足を伸ばし掻き消えた。

「あれはいつのことじゃったかのう。この神界もまだ開けたばかりの頃で、ワシの話を聞いてくれるのは死を司ることを覚悟したタナトスと、イタズラ好きの影響力ばかり大きいロキだけじゃった。」

ゼウスは静かに語り始める。

「【界球儀】も今の【空座】にある【球気樹】のみ。そいつで生物の営みを見て、暇があれば、神となる素質のある【霊(たま)】を、尽きぬ不道理から掬いあげておった。今思えばワシの誇りある神としての仕事はあれのみじゃのう」

「ふーん、流石にその辺の話は碑文でしか読んだことがないから不思議ね」天照もいつになくしおらしい。

僕はといえば命杯のなかでコーヒーとミルクの比率を調整していた。ミルクは多めが良いのだが、コーヒーの風味を壊すと台無しだ。

「そんな折【球気樹】に不思議な事が起こった。こちらからしか認識する事の出来無いはずの【界球儀】の中から視線を感じたのじゃ。しばらくすると、その視線は型を取り一つの【眼(まなこ)】となり観察を始めたのじゃ。ワシは全ての神命を賭してその【眼】を界ごと切り取り神界にうつした」ゼウスは蓄えた白ひげをゆっくりとさすり囁くように続けた。

「それが【キアカ】じゃ。それからの事の大抵は碑文に載っておるから、天照も知っておろう」

「ええ、知らないはずが無いわ。神である私達を観る意思亡き視線【キアカ】どの神も知ってはいるものの、深く立ち入らず、関わりを極力絶つ。だけど・・・」天照は命杯を包み込みココアを錬成し、少しずつ飲み、続ける。

「無視する訳にはいかなかった。だからこそ<空座>に概念としての上を作り【極天】を【キアカ】の界とし、今に至るまで、共存している」天照は命杯を大切そうに両手で包む。

「まぁ、それほど恐れる事はないのかもしれん。【キアカ】が【極天】に収まったおかげでこの神界にも秩序が生まれ、界球儀の精製法も明らかになり、住まう場所としての回廊が出来たのじゃからな。こうしてボケゼウスもピチピチの天照と他愛のない話もできるし、これからのリンカーに次を託せる」そう、ゼウスは言い僕の肩に手を置いて微笑んでくれる。

「うん、そうね。悲観することも無いかもね。あれから【理(ことわり)】が動き出したんだから。」天照は気持ちよさそうに伸びをする。


うんうん、とゼウスは頷いた。しかし、そこで、厳かに続けた。


「じゃが大きな禍根が残った。【キアカ】を【世】から取り除いたことにより【魔数(ますう)】が生まれた」

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