カリフォルニアにて


 ♠



「やあ君たち、ヤスミはいるかね?」

 周囲を警戒していた冒険者は、背後から突然現れた男に、ビクリと肩を震わせた。

 十分に注意を払っていた。

 この辺りには、自分たちのチーム以外に冒険者はいない筈だった。

 それなのに⋯⋯。


 冒険者が、まじまじと男を見た。

 少し変わったデザインのマスクをした男だ。

 なんのマーキングも施していない白一色のツルンとしたマスクに、視界を確保する為のゴーグル部分が斜めに、互い違いに配置されている。

 見た目に、サイコロの2の面を思わせる変わったマスクだ。

 とてもプロが使う道具には見えない。

 まるで子供のオモチャか、コスプレアイテムに見える。

 だが、そんな筈がなかった。

 ダンジョンの中層十二階にプロ仕様のマスクを装着せずに来られる者など、世界中を探しても10人もいないからだ。



「あの、あなたはいったい⁉」



 冒険者の1人が、極力平静を装いながらサイコロ男に尋ねた。

「申し遅れたね。私はデュース。ヤスミの古い友人だよ」

 そういうと目深に被っていたトリルビーハットと取って優雅に一礼した。

飯塚いいづかさんなら、こちらに」

 いよいよ困惑した冒険者が、深々と礼をかえした。

「悪いねEマイナスのダンジョンだと、君たちも気が抜けないだろう」

「いえ、そんな事は⋯⋯」

 古いレンガ造りの家屋が建ち並ぶ、見通しの利かない細い通路を道案内しながら冒険者は思った。

 こんな得体のしれないヤツを連れて、魔物に出くわしたくない。

 と。


 見た感じデュースは武装らしい武装をしてない。

 かといって魔法が使えるようにも思えない。

 一般客なのだろうか⁉

 だが一般客がEクラスのダンジョンに入れるとは思えない。

 また入れたとして、中層十二階までどうやって来るというのだ。

 濃度が20°Ozもあるような高濃度の魔素に慣れるまで、自分でも10日間の濃度順応のうどじゅんのうが必要だったというのに⋯⋯。

「ここまでで良いよ、あとは自分で行けるから」

「はあ」

 そう言い残すたデュースが、ダンジョンに似つかわしくない黒いスーツ姿のまま、通路に転がる冒険者の死体をまた越して行った。



 ♠



 海のように波打つ硬い地面から、朦々もうもうと白煙が上がっていた。

 臭いをぐと刺すような刺激があり、眼に入ると焼けるような痛みが走る。

 強い毒性も持つ液体が、大地を焼いているのだ。


 たおしたサーペントの上にどかり腰掛けた飯塚いいづか耶澄やすみが、愛用の武器の柄に手を置き。

 その手の甲に自分の顎を乗せて、ボーッと周囲を見渡していた。

 狩りを終えた後の静寂せいじゃくが気持ちいい。

 全身にみなぎっていた、闘志や、緊張が、ゆっくりと抜けていく瞬間だからだ。


「やあ、ヒドい有様だねヤスミ」


 服についた埃をトリルビーハットではたきながら、デュースが飯塚耶澄に声を掛けた。

「デュース⁉ ダイスのあんたが何をしに、こんなとこまでやって来た⁉」

表敬訪問ひょうけいほうもんさ」

「表彰されるような事は、何もしちゃいないけど」

「ま、それは冗談でね。単に君の顔を見に来たのだよ」

「ボクの顔を⁉ マスクをしてるから見れないでしょう」

 耶澄の言葉に含み笑いをもらしたデュースが、周辺をグルリ見渡して言った。

「実は、君に渡した武器の具合を確かめに来たんだよ」

「セブンアームズかい。見ての通りさ」

 自らの手で斃したサーペントをポンポンと叩きながら顔を向けた。


 赤いローブの下に隠れていた白いマスクには、炎を思わせる赤と金色のマーキングが施され。

 アーモンド型のゴーグルは、切れ長の大きな眼を思わせる意匠いしょうが施してあった。

「さすがはヤスミ。伝説のモンスターハンター・ベン・ケーも。自分の後継者が、まさか、こんなに小さな女性になるとは思っていなかったでしょうね」

「ダンジョンじゃ体格は関係ないからね」

 立ち上がったヤスミが、地面に突き刺したクリスタル製の斧を手に取った。

「実際、役立つアイテムさ。これは」

 セブンアームズと呼ばれた斧が、耶澄の手の中で剣に形を変え、一振りするなり鞭に変化し、地面に突き立て時にには、槍に姿を変えていた。

「でも、決定打に乏しい」

「君ぐらいのモノだよ、伝説の武器に文句をつけるのは」

「それで。本当の用件はなんだい」

 すらりと背の高いデュースの前に立つと、真っ赤なローブに身を包んだ華奢な身体が、一層小さく見えた。


「ニッポンのゴジョーダンジョンを知ってるね」

「当然」

「そのゴジョーダンジョンに、ナーガが現れたそうだよ」

「ナーガが、ニッポンに⁉」

「ああ」

「誤報じゃないの⁉」

「誤報なら良かったんだけどね。証拠の映像もある」

 スーツの胸ポケットからスマフォを取り出したデュースが、予めストレージに保存していた動画を耶澄に見せた。

「周りの人間と比較するに、中型の個体だね。力はそれほどでもないが、その分スピードがある厄介なヤツだ。推定難度は3から5ってとこかな」

 そう呟いた耶澄が眼を凝らした。

「武器を持ってるのか、それも4本。見た目に形状も素材もバラバラ、倒した冒険者の装備を使い回してるな。そうなると難度は6」

「この個体は魔法を使ったそうだよ」

「魔法を⁉ どんな」

「回復魔法だと聞いている」

「だとしたら難度レベルは7か。かわいそうに、ウシワカハントの装備じゃ対抗出来なかったろう。何人死んだ⁉」

「138人」

「うち、助かったのは」

「26」

「他はリアルデス⁉」

 デュースは黙ったままだが、その沈黙の意味が耶澄には十分に理解できた。



「それで、どーするの⁉」



 スマフォの画面を見ながら耶澄が聞いた。

「どうするのとは⁉」

「わざわざ、こんなとこまでボクを訪ねて来たんだ。こいつの駆除を依頼しに来たんじゃないの⁉」

「実はね、すでに退治されてるんだ」

「退治した⁉ コイツを。──よほど腕の良いエクスターミネーターでもいたのかい⁉」

「その動画を最後まで見ればわかるよ」

 倍速再生をしながら画面の中のナーガを眼で追う。


「誰だい、これ」


 画面を指差しながら耶澄が聞いた。

 映像が切り替わり、さっきまでとは明らかに別人が撮ったであろう動画が流れていた。

 走りながらスマフォを向けていたのだろう。

 手ブレがヒドく、ピントも合っていない。

 コマ落としで見てもハッキリとした画像にはならないが。

 メタリックブルーとメタリックレッドの派手なアーマードスーツを着た女が、ナーガを相手に大立ち回りしているのは分かった。

 両者共に物凄いスピードで攻撃している。

 周りにいる冒険者が援護を躊躇うようなスピードだ。


「凄いな、ナーガを相手に1人でここまで戦えるヤツはそうはいない。しかも、シュタインファウストまで使うなんて」

 シュタインファウストを使える冒険者は少ない。

 しかも、それが女となると片手の指で足りる程度だ。

「何者なんだ、コイツ⋯⋯」

 身体能力は異常に高いが、その分燃費ねんぴが悪いらしい。

 明らかに息切れしているのが、画面からでも伝わって来た。

 そうこうしている内に、橋の欄干から飛び降りた女が突然走り出した。

 映像は、そこで終わっていた。

 走り去る2人のスピードに、撮影者が追い付けなかったのは明らかだ。


「この後は、どーなった⁉」

「櫻の園にナーガを誘い込み、そこでシュタインファウストを放って斃したそうだよ」

 笑みの形に切れ込みの入った口元にタバコを咥えたデュースが、うまそうに紫煙を吐き出した。

「櫻の園にナーガを⋯⋯。自分は外から攻撃したの⁉」

「いいや自分も櫻の園に踏み込んだそうだ。そのせいで死にかけたようだね」

「コイツの名前は⁉」

「それがギルドに登録してないようでね、詳細は分かってないんだ」

「詳細が分からない⁉ シュタインファウストまで使うヤツなのに」

「分かってるのはニッポン出身の新人って事ぐらいかな」

「ニッポン人の新人──」

 アーモンド型をしたゴーグルの奥で耶澄が眼を細めた。

 やおらセブンアームズを手に取ると、デュースに背を向けて歩き出した。

「どこへ行くのかねヤスミ」

「ニッポンに決まってる。──アイツ~、人の忠告も聞かないで。とっちめてやる」



 ♠


 

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綾瀬心咲、ダンジョン活動はじめました‼ 富山 大 @Dice-K

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