12

「ひとつ、言っておく」

 国見がぼくに対して指を突きつける。

「このなかでもっとも信用できないとすれば、それは松丸聖。お前に他ならない。自分が誰かわからないだって? 一番怪しいのはお前だ。本来合流する予定だった松丸聖と入れ替わった偽物じゃないのか? お前こそ何者だ。お前が田澤先生を殺したんじゃないのか」

「そんな……ぼくが自分から松丸聖だって名乗った覚えはないよ」

 敵意の矛先がぼくに向かう。自分が怪しいだなんて言われなくても、自分が一番わかっている。ぼくはぼくの頭の中まで疑っているのに。

「やめましょう。まだ正確な情報が出そろっていません。曖昧な憶測で犯人を決めつけるのは危険です。それより田澤先生の遺体を移動させないと。遺体から情報を得られるかもしれません。気温が上がれば遺体が解凍されてしまいます。凍っている内に暗所に移しましょう」

 黒江はどこまで行っても理性的に意見を述べる。感情的ならまだしも、彼女は遺体を情報としか見ていない。彼女にとって死体はもう人間ではなく物らしい。

「まさか、遺体の解剖でもするつもりか? 素人だろう」

「腐る前に山から降ろすのは不可能ですよ。ここにいつまで留まることになるかもわからない。今優先すべきなのは、犯人を見つけることです。国見先輩も背中を撃たれたくはないでしょう」

「黒江が犯人だとしたら、重要な証拠を隠滅できるわけだな」

「や、やめてくれ。仏さんを切り刻むだとか、殺す、殺されるだとか。仲間割れは、それこそ犯人の思うつぼじゃないんか。そもそもわしらの聞いていた話と違い過ぎる……このままじゃ復讐なんか」

「おい、それ以上喋るな」

 国見と黒江に割り込んものの、山素はすぐにその口を塞がれる。

 復讐、そう聞こえた。彼らは誰かに敵意を抱いて山奥の村にやってきた。この村にいるだれかに。生き仏の調査など真っ赤な嘘なのだ。しかし、田澤からは学術的好奇心のようなものを語っていた。それらはすべてでたらめか。彼らのなにが真実なんだ。

 結局その場での議論は打ち止めになり、田澤の遺体を部屋まで運ぶことになる。国見と山素で運び、那智がそれに続く。黒江は死体のあった場所付近を観察し、ぼくはそれをぼうっと眺める。ここにいる誰にも死者を悼む気持ちなどなかった。

 ふと、周囲を見回してあることに気付く。

「そういえば、付き人がいなくなっている」

 昨日、しつこいぐらいぼくらを監視していた付き人の姿がどこにも見えない。

「やっぱり、村の人たちがなにか仕組んだんじゃ」

 怪しさでいえば、西家や弓場もそうだ。事実、ぼくらは妙な儀式に参加させられた挙句、毒を盛られたのだから。弓場ははっきり敵意を言葉にしたし、仏の御業で殺されたと言っていたではないか。田澤を殺した犯人として疑わしいのは、村人たちに思える。

 しかし、ぼくの不安を黒江が否定する。

「どうかしら。彼らは私たちの行動を制限する為にいた存在よ。その必要がなくなった、あるいは私たちを自由に動かしたいと思った。だから、その枷をはずしたとも考えられる。どのみち、付き人がいたところで、私たちに有益な情報をもたらすとは思えない。彼女たちは私たちが何人死のうがどうだっていいわけだし。証言されても情報が錯綜するだけだわ」

「きみは村の誰かが田澤さんを殺したとは考えていないの?」

「弓場の言った通り、田澤が何かしらの秘密に触れたから口封じで殺された、という可能性はある。当然仏罰なんかでなく、人為的な殺人として。ただ、村人側が殺人を行うとしたら、なぜ私たちは殺されていないかを考えることがもっと重要になる。今迄なぜ生かされていたのか。田澤を殺した今、なぜ他の人間も殺さないのか。その違いを考えなければならない」

「ちょっと、待ってよ。いままでの話でもそうだったけど、村の人たちがぼくらを殺してしまう前提なのはおかしくない? どうしてそんなひどいことになるんだ」

「国見先輩は教えたくないみたいだけど……裏切り者がいる時点で、あちらにもある程度筒抜けだし話してもいいか。あなたも何も知らないまま死にたくないでしょう」

 彼女がぞっとすることを平然と言う。

「山中にあるこの村はね、犯罪者たちの駆け込み寺としての機能があったの。誰からも見つからない、見つけられない。社会から爪弾きにされた、薄暗い場所でしか生きられない者たちが行きつく地の果て」

「田澤さんは蝦夷の聖地から、浄土教徒の土地に変ったとしか言ってなかったよ。犯罪者の村だなんて一言も……ぼくに嘘を教えていたってこと?」

 ぼくは慌てて聞いた話をならべてみせた。

「嘘じゃない。すべてを話して聞かせるほど信用されていなかっただけで。カマをかけて、あなたのことを探っていたのよ。その伝承とやらを聞いておかしいとは思わなかったわけ? 例えば、人さらいの言い伝え。浄土教徒は蝦夷から土地を奪って、聖地の秘密を独占しようと考えた。彼らはその秘密を世間から隠したかったわけでしょう。なのにわざと目立つような神隠し――人さらいを行ったりしていた。神隠しだとか、ヤマガガの伝承こそ、犯罪者が噂を聞きつけて寄ってきていた証だと考えらないかしら。この村の支配者は三度変わった。蝦夷から浄土教徒へ。浄土教徒から犯罪者集団へ。そしてそれは現代でも変わっていない」

 黒江は動きを止めて阿弥陀堂を睨みつける。

「十年前、ある犯罪者の集団が姿を消した。指名手配犯も含む凶悪犯だった彼女らは、東北の山中の奥深くに身を隠した。西家都はその内のひとり。田澤先生、国見先輩、山素さん、那智さんはみな被害者の集まりで知り合った人たち。彼らは長年、指名手配犯の足跡を辿り、情報交換をし合っていた。法で裁くためじゃない。自分たちの手で復讐するために」

「やっぱり生き仏の調査というのは嘘だったんだ」

「田澤先生が大学の先生なのは本当だけどね。彼は自分の娘を事件に巻き込まれて、殺された。私を拾ったきっかけは娘だったと思うわ。温厚そうに見えて、それほど情に厚い人ではないから、私をみつけたとき利用価値がると気付いたのでしょう。私も彼のことを利用できると思ったから養子になったし、積極的に協力した」

 彼らは仲間同士の結びつきではなく、あくまでも利害関係の一致で行動を共にしているだけ。他人の死に対して冷淡なのは、自分たちも覚悟をもってこの場所にやってきているから。彼女は覚悟しているのだ。ここで誰かを殺すことを。誰かに殺されてしまうかもしれないことを。

「村の人がぼくたちを殺すことが前提なのは、口封じのため?」

「そうよ。彼らにとっての楽園――犯罪者の隠れ家を守るためには、部外者が入り込んだら決して返してはならない。潜入自体がある種の賭けの面もあった。侵入した瞬間に、全員殺される可能性もあった。西家都はいやらしくも狡猾な女だ。彼女ならそんな短慮を起こさないと信頼していたんだ。少しでも利するところがあるなら必ず手に入れようとする、強欲な女だと」

 黒江は犯罪者への信頼を自嘲する。何度か目にした憎しみの視線。おそらく彼女の標的は西家都だ。

「裏切り者がいるなら、こっちの計画はばれているはずでしょう。わざわざ自分たちを殺しにくる集団を引き込むなんておかしいよ。森の中で、熊に襲われた風を装って殺してしまうこともできたんじゃない?」

「そうね。だから、そうさせないための手立てを用意していた。外部との繋がりをほのめかす以外にも、私たち生かすことで利益が得られるように。基本的に村の対応は全員殺してしまうか、生かして様子を探るかの二択だと思っていた。だから、この段階で田澤先生が殺されたのは予定外だった」

「手立て?」

 黒江はじっとぼくの瞳を覗き込んで思案する。

「私はあなた、松丸聖が裏切り者ではないと考えている。根拠のひとつは消えた銃弾。銃弾が消えたことで裏切り者の存在は明らかになった。山素さんは村に入って最初に接触した少女に発砲した。銃弾の消失がすり替えによるものだとしたら、ここの村人に銃弾をすり替える機会は存在しなかった。そんなことができたのは村に入る前までに一緒にいた人間。私、国見先輩、田澤先生、山素さん、那智さん、松丸聖の六人。そのうち、あなたは合流から発砲まで猟銃には触れていないし、誰かの視線が猟銃から外れる瞬間がなかった。山素さんがずっと持っていたわけだから。あなたにも銃弾をすり替える機会はなかった」

 でも、と彼女は一拍開けて釘を刺す。

「それと信用できるかはまたの話。私たちは復讐という名目で行動を同じくしているけれど、腹の中で何を考えているのかわからない。それぞれに目的が異なる。各々が自分の目的のために動いている。だから、計画もすべてを共有しているわけじゃない。私には私の目的と計画がある。裏切り者にしても、どこまでこちらの計画を把握しているのかがわからない。うかつに動くとのできない神経衰弱を強いられているの」

「ぼくを信頼してすべてを話してはくれないわけだ。逃げ出したら間違いなく追われて殺される状況で、ぼくは自分の頭と力で生き残らなくちゃいけない。こんな、なんの関係もない争いのために」

「関係ないと思っているのはあなただけよ」

 黒江は立ち上がり肩を落とす。犯人の手掛かりになるものは見つからなかったらしい。

 犯罪者の支配する村についてきてしまったぼく。復讐を企む被害者の集団。集団に潜む裏切り者。そして、起こってしまった殺人事件。

 空洞に強い風が吹き込んだ。

 嵐が来ようとしている。もう、すぐそこまで。

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