そして音楽は続く(5)
頬を伝って、一滴の雫がこぼれ落ちた。それは白色の便箋に触れて、ゆっくりと灰色の滲みを作り出す。止めどなく溢れ出そうになるその感情を抑えるように僕は顔を上げる。
僕の音は彩音に届き、そして同じ想いを彼女は返してくれた。僕が音に乗せたものを、丁寧な言葉に変えて。それがとても嬉しくて、悲しかった。
もう、彩音はいないのだ。どんな形で思い描く未来の景色にも彼女の姿は無い。どれだけ願っても、どれだけ想っても、彩音は帰ってこない。彼女のいない茫漠とした時間だけが、際限無く眼前に広がっている。
――だけど、そんな世界にも音楽がある。
魔法など存在しない現実の中にも、奇跡なんて起きない毎日の中にも、音楽はある。
魔法のように人の気持ちを彩り、奇跡のように人と人を繋ぐ存在が。
ならば、僕にできることは一つだけ。
僕は弾かれるように椅子から立ち上がり、部屋の隅に置いたギターを手に取った。
彼女と過ごした過去を思いながら、ストラップを肩にかける。
彼女のいない未来を思いながら、ピックを手に持つ。
そして僕は、固い決意と共に、そのコードを握った。
僕は音楽を奏で続ける。
息をして明日が来るというのなら。夜を越えて朝を迎えるというのなら。
生きている限り、音楽を愛し続けながら、いつまでも僕は鳴らし続ける。
シークレットトラック 豊岡 和人 @Yuto0202
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