隣りに住む幼馴染が「二刀流」とか言い出した
かきつばた
そして彼女は二刀を手に取った
「わかった、二刀流だ!」
この場にとても似つかわしくない発言が聞こえて、思わず読んでいた本から視線を外した。
正面にいるのは、
――いわゆる、春休みの宿題だ。
「なんだ、野球でもやるのか?」
「まだ4月になったばかりだよ。おそと、雪とけてぐちゃぐちゃ。できると思う?」
「お前の宿題よりかは」
「……えっ、そんな大変なの、これ」
一瞬にして、由梨音の顔が青ざめた。目を見開いて、わなわなと震えている。
そりゃ、これだけ溜めればな。
軽くため息をつきながら、内心こぼす。
宿題が終わらない、そうインターホン越しに脅してきたのが小一時間ほど前。
こういうとき、隣りに住んでいると厄介で仕方がない。当人は、これ以上ないほど便利だ、ととんでもない主張をかましてくるが。
なんの因果か、由梨音とは幼稚園の頃からずっと一緒だ。幼馴染と囃し立ててくる連中もいるが、実際のところは腐れ縁。得することはないうえ、それどころかこうして損することだって……。
「やっぱり、だからこそ二刀流しかないと思うわけね、あたし。いい考えだと思うでしょ、
「あのな、全く話が見えてこないんだが。もしかして、日本刀で宿題を切り刻もうとでも」
「いやいや、そんなことしても結局先生に怒られるじゃん」
由梨音は本当におかしそうに笑いだした。
問題点はそこじゃないと思う。
というか、高校生にもなって、先生に怒られるという理由で宿題を何とかしようと思うなよ。
ひとしきり笑い終えた後、彼女はなぜか両手に1本ずつペンを持った。
「これで作業時間、2倍!」
「……2分の1だろ。余計時間かかってんぞ。それを言うなら、作業効率、だ」
「確かに! そうそれ、サギョーコーリツ!」
いよいよ高校2年生を前にして、本当に心配になってくる。
こんな調子で、この先の学校生活大丈夫なんだろうか、こいつ。特に勉強面。
実際のところは、むしろ作業効率は落ちるだろう。こと、北條由梨音という女はそこまで器用ではない。
一応両利きではあるのだが。それが、この場合は非常に残念だ。
やめとけよ、と形だけ声をかけておいて、再び読書に戻る。
昔から言い出したら聞かない性格なのだ、この天真爛漫なお隣り様は。
「ヤバイ、ヤバイよ、純! 右手で漢字、左手で英単語書いてると、めっちゃ頭よく見えない!?」
「その発言がもう頭悪いからな、お前」
「うわっ、サイッテー! どうしてそうはっきり言うかな。あたしがやる気失くしたら、どうするんですか!?」
「どうもしねーよ、宿題ができなくて困るのは自分だ」
確かに、とこちらのテキトーな反論に見事に納得されてしまった。
ちらりと様子を窺うと、意外にも上手くいっているらしい。
必要以上に背を伸ばして、その視線は小刻みに左右へいったりきたり。頭が動くたびに、トレードマークの長い髪が揺れている。
乱雑に散らかって見えた宿題たちは、意外と考えられた配置だったようだ。
なるほど、こうして見れば確かに二刀流。その言葉が多様な意味を持つようになった最近において、比較的もともとの意味に近い。
かといって、自分もやってみようとは思わないが。
そういう憧れは、だいたいは小学生のうちに通過する。そして、往々にしてすぐに挫折する。
ともあれ、由梨音が楽しそうなら何よりだ。
一緒にいて、こういう無邪気な姿を目の当たりにすると心が安らぐ。こうして、宿題をする監視役を務めているのもそれが理由だ。
少し唇を緩めて、本の位置を下げた。
斜め方向に努力する幼馴染の姿を、視界の端に収めるために。
……と、こいつと一緒にいてそんなアットホームな感じに事が済むはずはなく。
「あー、1段ずれてる!」
「よく見たらスペル間違ってるし!」
「なによ、この字、初めて見るんだけど!」
「ちょっと、どうしていきなり数学に変わってるの!」
さんざん大騒ぎした挙句、勢いよく由梨音は机に突っ伏した。
机上のものが盛大に辺りに散らばっていく。
「うぅ、あたまがばくはつしそ~」
目に見えて、疲労困憊といった感じ。そもそも、勉強自体得意な方じゃないからここまでよくもった方だともいえる。
完全に本を置いて、俺はその頭をポンと叩いた。
「結局、余計に手間取られてるじゃねえか」
「ぐ、ぐぬぬ……こんなはずでは」
「いや、容易に想像ができるだろ」
「そうかなぁ……そうかも」
悔しそうに言った後、由梨音は急に顔を立ててこちらに向けてきた。
「あれだね、これこそまたに、二刀追うもの一刀も得ず!」
「兎だ、兎。うまいこと言ったと思って、どやってんじゃねーよ」
思わず寒気がしたように、俺はぐっと肩を竦めた。
全くこういうとこだけは変に頭が回るというか……。
すっかり集中の意図が切れた幼馴染を少しだけ哀れに思って、ゆっくり立ち上がった。
午後3時、ちょうど小腹がすく時間でもある。
「とりあえず、何か差し入れでも買ってきてやるよ」
「ホント!? 純のそういうところ、だいすきっ」
「…………ったく、お前は。いいか、俺がいないからって、もう二刀流はすんなよ」
「わかってるって~。もうそんな気力もないから~」
その声はどこか嬉しそうだった。
部屋を出る直前に振り返ると、由梨音はすっかり元の姿勢に戻っていた。
しっかりと片手だけにペンを持って、何かの問題を解いている。その視線は、スマホの画面にくぎ付けだが。
あれも、ある意味では二刀流だよな。
それを本人に告げると、たいそう図に乗ることだろうが。
隣りに住む幼馴染が「二刀流」とか言い出した かきつばた @tubakikakitubata
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