最終話 ブラックマスク



 背中を踏みつけ、捉えることに成功したニックは僕がとどめを刺すためディックの手足を椅子に拘束してくれた。


 目の前に、体から力が抜けもう全てを諦めている男がいる。ちなみに手足を拘束したニックは、気を使ってなのか外に出ていってしまった。


 「よぉ、ディック。なんだそのしみったれた顔は」


 僕は目を閉じているディックに、先程とは真逆の立場になって声をかける。

 

 なぜ声をかけたのか。それは僕の心のなかでの決意のようなもの。この人のことを忘れないようにする言葉。もう、殺すのだと言う覚悟を決めているのでディックがどんなことを言ってきても心は揺れない。


「――全部……全部お前のせいだッ!! お前さえいなければ俺は今頃、いつものように仲間と楽しく過ごしてたんだッ!! くたばれこの邪者じゃもの」ッ!!」


「そうか……」


 ディックは、完全に僕の知っている友人であったあのときのようにはならない。それは、僕のことを気絶させたときにもうわかってたこと。


 だけど、こんな露骨に以前は言うはずのない暴言を面と向かって言われると心が傷つくいてしまう。


 僕は、憎む気持ちを拒絶なんかしない。なぜなら僕も、博士とリーアのことを殺されて犯人を憎んでここにいるからだ。


 なので、僕には何も言う権利がない。

 

「ディック。じゃあな」


 その言葉をディックの目を見ながら言い、手刀で一気に心臓がある場所を貫く。それと同時に、滝のように流れる生温かい液体が僕の腕を受け入れているかのように絡みついてくる。


 それはとても悲しくて、虚しくてそれでいて温かい……。



  *

 


 僕はこの世界が嫌いだ。

 理不尽で、不平等で、残酷。ある者が得をして、ない者が不幸になる。それは生まれつき決められたことで、あとからどうにかできないわけではない。


 でも僕は、時々考えてしまう。

 もし、僕がまだなにもなかったら一体何をしているんだろうと。いつもみたいに、ペンキ屋の同僚たちに邪者じゃものだとバカにされていただろうか。それとも、虐げてくる人たちと仲良くなって酒を飲みに行っていたのだろうか。


 もし、博士とリーアが生きていて今も一緒に僕の体を使って色々研究をしていたら、新しい発見や新しい物語が生まれていたかもしれない。


 だけどそんなこと、過去に戻らない限りできない。もちろん過去に戻ることなんてできない。この険しい道を、なにがあって進み続けると自分で覚悟をしたんだ。


 僕は、ブラックマスク。


 誰も裁くことができない悪人を裁き、迫害から苦しんでいる人間を助けるために今日も夜の街を飛び回る。


 

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ブラックマスク でずな @Dezuna

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