第14話 幻のまぼろし
「はぁはぁ……君は一体何者なんだ?」
僕が、予想以上に力が出てしまったことに驚いていると、老紳士は息を切らしながら立ち上がってそんなことを聞いてきた。
一体何者なのか。今の僕は、いつもの黒いマスクをつけていない。なので老紳士の目には、バカ力を持っている冴えない男に見えているんだろう。
「ちょっとまってくれ……」
そう言って後ろを向く。そして、何があってもいいように念の為ポッケの中に入れてあったマスクを取り出す。
これを被ったら、生まれ変わった僕になる。それと同時に、ディックのことを殺さないといけなくなる。唯一の友人。でも、あいつは悪人。なら、僕が裁かないといけない。
「よし」
僕はやるべきことを導き出して覚悟を決める。そして大きく息を吐いて、マスクを被った。
これを被ると見た目が変わることもあるが自然と、本当に生まれ変われる気がする。そしてそれが、周りから虐げられていた
「僕は、この国に住んでいるであろう人間は誰もが知っている悪人を裁くブラックマスクだッ!!」
「…………そ、そうか」
老紳士の反応は、渾身の自己紹介だったのに予想外の反応だ。まぁ、マスクを被るところを後ろから見ていたのでそうなるのもわかるんだけどな……。
「逆に聞こう。あなたは一体何者なんだ?」
「ん? 俺は、見ての通り君と同じく悪人を裁きに来たゾースの隊長、ニックだ」
「ゾースか……」
ゾースはこの前捕まえた悪人が、僕のことを狙っていると言っていた。結局、なぜ狙っているのか調べずにここまで来てしまった。
まさか、この隊長のニックはこんな状況だが僕のことを捕まえようとしているんじゃないのか?
「なぁ、ブラックマスク。正直に言うが、俺たちゾースはお前のことをあんまりいいように思っていないし、なんなら監獄に入れようとも思っている」
あの悪人が言っていたことは本当だったのか……。
僕は自分が標的になるかもしれないと思い少し離れようとしたが、とどまる。
この人はゾースの隊長。なぜそんな人が、ブラックマスク本人に秘密を暴露するのか疑問に思ったからだ。
「……ここは一つ協力しないか? あんな化け物、俺とお前一人ずつ戦ったらどっちも負けるぞ?」
どっちも負ける。たしかに、ディックの指先から放たれる攻撃をまともにくらえば僕一人では負けてしまうかもしれない。
でも、かもしれないだけ。正直今の力は、以前より数倍増した気がする。なので、万が一にも負けるだなんて思ってはいない。
「……いいだろう。ただし、確実に追い込んだら僕があいつの息の根を完全に止める」
「すぅ〜……。まぁ俺たちゾースは、あいつのことを殺したくて捕まえようとしてないし……。好きにしろ」
「助かる」
僕がいきなり息の根を止めるとか言い出したから、ニックは少し引いている。でも、そんなのどうでもいい。
ブラックマスクとして、あいつのことを殺す覚悟を決めた。ディックは、友人であった僕の手で直接裁く。
「いてて……なんであいつが動けてるんだよ。いやまて。おいおいおい……まさか、クソジジィがあいつの拘束を取ったんじゃねぇよな?」
ディックは、体の骨を軽快にコキコキと鳴らしながら立ち上がった。ドアから差し込んでいる光で照らされているその姿から、確実に体にダメージを受けているのがわかる。
「そうだとも。俺が、椅子に拘束されていた男を開放したさ。だがこの人は、ブラックマスクだぞ? そいつとどう関係があるんだ」
「……そういうことにしたいんだな。まぁ、別に俺はそんなことどうでもいい。今は、お前たちのことを殺したくてたまらないんだ」
ディックの声色は一度気絶させたときよりドス黒く、言葉だけではなく確実に殺意が込められている。
その時だった。
「……ん?」
少し、ほんの少しだがディックの手は僕のことを攻撃をすときのような動作をした。
「伏せろ!!」
慌てて、ニックの体を押し倒しす。
ニックは何がなんだか理解できていない顔をしているが、次の瞬間。
「――ドッ!」
一度僕の顔の真横になにかが飛んできたときと同じ音がなる。多分、これは攻撃で間違いないと思う。
「あ、危なかったぁ〜……。今頃、お前の言葉がなかったら体が穴だらけになってた。ありがとうな」
「――ドッ! ――ドッ! ――ドッ!」
「感謝は、終わってからにしてください」
「そうしたほうがよさそうだな……。それより、なんかあいつのことを殺す作戦でもあるのか?」
作戦……。そんなもの、ゾースの隊長をしているニックのほうが思いつくと思う。僕はずっと一人で悪人を裁いてきた。いきなりそんなこと言われても、いい案なんか思いつかない。
「君が幻を使ってあいつのことをうまく翻弄して、その隙に本体が体を拘束してそこを僕がとどめを刺す。――以上!」
「端的でわかりやすな! じゃあ、とどめは頼んだぞ」
「了解です」
僕たちは未だ攻撃を続けているディックに気つけて、お互い別の方向に起き上がる。
「おい、ディック。俺たちで、今日がお前の最期にしてやる」
起き上がりそうそうニックは、殺意全開のディックに挑発するかのように人差し指を突き立てて言った。
さっき僕は、幻で翻弄するって言ったんだけどな……。
「なんだ? もう、最後の別れが終わったのか?」
ディックは、ニックの煽りに便乗する形で同じく煽り返した。
「はっはっ……そんな強がらなくても、俺にはお前が怖がっていることはお見通しだぞ? お前こそ、この俺に別れをしたほうがいいんじゃないのか?」
「黙ってろ。クソジジィ」
ディックは早くも、堪忍袋の緒が切れたのか煙が舞っている指先をニックに向けて攻撃を放った!
このままじゃ、やられる。
そう思ったのだが……。
「残念! それは、幻だよ?」
「チッ」
ディックの攻撃はたしかにニックの体に当たったのだが、その当たった場所から徐々に霧となって消えていく。
「残念! それも幻さ!」
「残念それも幻さ! ……残念それも幻……残念それも……残念それ……残念そ……」
ディックは何度、攻撃してもすべて空振りに終わった。
「あのクソジジィ……はぁはぁ」
ディックの体から先程までの覇気がなくなってきた。肩を上下に揺らしていてかなり弱っているのが見て取れる。
さすがにあれだけ魔法を連発したので、そろそろ体力の限界だろう。
もし殺すなら、ニックが体を拘束していないけど今がチャンスなんじゃないか……?
僕はそう思って足を動かそうとしたが。
「ほいさ!」
先に後ろから放たれたニックの足が、ディックの顔へといった。
「ぶげぼっ」
ディックはなにも反応することができずに、その足を顔でもろに食らう。
「ほいさ! ほいさ! ほいさ!」
ニックは、その反応を見てうまくいったと思ったのか地面に倒れ込みそうによろけているディックを一方的に蹴りつける。
「一度捕まった攻撃で、今度は勝てるだとかそういう甘っちょろいことを考えていたのか?」
ディックは連撃のすきを見て、的確に足を掴んで連撃を止めた!
僕は焦る。だってこの状況は、一度見たことがあるものだったから。また助けに行かないと行けないのか……。
ニックに対して呆れつつも、足を動かそうとした。だがその瞬間。僕にまだ近づくなと言わんばかりに、ディックが手に持っていた足は霧となって消えた。
「「え?」」
奇跡的に僕とディックの声がハモった。
もう、さっきからすべてが幻で何がなんだか理解できていない。
「ほいさ!」
そんな中。ディックの真上から、何度も聞いた声を発しながら地面に降り立とうとしている影が見えた。
ディックは気づいていない。このまま降りていくと、ディックの体を下敷きにするような形になる。
いやまて。下敷きにするということは、体を固定することになる。ってことは、今ディックの真上にいる人物は本物なんじゃ……。
「っぁ……」
「やぁやぁやぁやぁ! なんだいその惨めな格好は?」
ディックの背中に乗っている人は、霧になっていない。どうやら僕の予想が的中していたみたいだ。
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