サムライジャパンの二刀流

ペーンネームはまだ無い

第01話:サムライジャパンの二刀流

 それがしの名は佐々村ささむら玄六斎げんろくさい。プロ野球選手で、守備位置ポジション一塁手ファーストでござる。

 1回の裏、一塁にて両手に刀を構えていると審判が某に近づいてきた。


「ちょっとアンタ、刀なんて持って何やってんの?」


 某の恰好を見て、何をしているか判らぬなど笑止千万でござる。

 審判にも判りやすいように、両手の刀で上下太刀の構えをとってみせる。


「もちろん某は剣豪でござるよ。野球選手と剣豪の二刀流を目指しているでござる」

「そういうのは自宅の鏡の前でやってもらえますか?」

「もし走者が一塁に走りこんでくるようなことが有れば、一太刀で刀の錆にしてやるでござるよ。まさに鉄壁の守りでござる!」

「人の話を聞いちゃいねーな」


 何が気に入らないのか知らないが審判はイライラとした顔をしている。某のそばを離れようともしない。ふむふむ、なるほど。これはツンデレというやつでござるな。

 周囲を見渡すと、他の選手たちや観客たちも某と審判に注目しているようだった。照れるでござるよ。

 不意に審判が「おい、アンタ」と某の注意をひく。私以外の人を見つめちゃイヤ、私だけを見つめていて……というやつでござるな。ふふっ、可愛いやつでござる。


「なあ、アンタ。野球をやる気はあんのか?」

「無論でござるよ。この命が尽きようともやりとげてみせると、この刀に誓うでござる」

「じゃあ、聞くけど、アンタんところにボールが飛んできたらどうすんだ?」

「おかしなことを聞くでござるな。もちろん捕球キャッチするでござるよ」

「どうやって? アンタはグローブも付けてねーし、両手も刀で塞がってるじゃねーか」


 ぐいぐいと詰め寄ってくる審判に対して、某は白い歯を見せてニッと笑う。


「安心めされい。某、歯は丈夫でござる」

「口か? 口なのか? アンタ、ボールを口でキャッチしようとしてんのか?」

「そうでござるが、何か問題が?」

「問題しかねーだろ。想像してみろよ」


 打者バッターが打った弾丸のような飛球ライナー硬球ボールに飛びついて噛みつく某。くるりと回転して見事に着地する某。投手まで硬球ボールをプッと吐いて飛ばす某。……うん、何も問題は無いでござる。

 あいや、待たれい。問題があったでござる。この審判の態度を考えてみれば簡単なことでござった。かのような大活躍ファインプレーは恰好が良すぎるのでござる。そんなことをした日には、世界中の女子たちから黄色い声援と求愛アイラブユーを送られるのは必至。審判からしてみれば、某が浮気をしてしまうのではないかと心配になってしまうのも必然ではござらぬか。

 某は審判を見つめる。


「あ? 何見てんだよ?」


 視線だけで某は審判に伝える。心配しなくていいでござる。某はおぬしだけの某でござるよ。

 まるで愛の告白のような行為。それに気づいて一気に耳まで熱くなった。きっと某の顔は真っ赤になっているのだろう。そう、敵の首を打ち取って返り血を浴びた時のように。

 そんな某の気持ちを知ってか知らずか、審判が言う。


「あー、じゃあ、もう守備のことは良いっすわ。攻撃のときはどうすんの? バットは持てるの?」

棍棒バットなど持たずとも、某にはこれがあるでござるよ」


 両手の刀が良く見えるように十字の構えをしてみせる。


「あ? そんなナマクラで現代野球の速球が打てるとでも思ってんのか?」

「ナマクラなどととんでもない。某の刀であれば硬球ボールのひとつやふたつ、スパッと一刀両断――」


 一刀両断? そこで拙者は気づいてしまったでござる。一刀両断してしまったら硬球ボールを打つことができない、と。それでは安全進塁権エンタイトルツーベースどころか本塁打ホームランも不可能ではないか。

 そこで某の野球人生に終止符ピリオドが打たれた。


 ***


 某は世界中を巡る旅に出ることにした。世界の蹴球サッカーをその身で体感し、一流の蹴球サッカー選手になるためだ。野球で得た苦い経験から、両手で刀を持ちながらでもできる蹴球サッカーに転向するのは自明の理だった。

 あの日から審判には会っていない。合わせる顔が無かったのだ。夢半ばに倒れて逃げ出した某に、どうして合わせる顔などあろうか。胸を搔きむしりたくなるような心のざわめきを忘れようと、某は一心不乱に蹴球に取り組んだ。

 そして、血の滲むような特訓を経て、いま某は欧州蹴球サッカー1部リーグのフィールドに立っていた。

 プレイ開始のホイッスルを待っていると、ふと懐かしい声がした。


「やれやれ、またアンタか」


 声がする方に目を向けると、あの時の審判が立っていた。


「アンタ、刀なんて持って何するつもりなんだ?」


 どこかほころんで見える審判の表情。自然と某の頬も緩む。


「もちろんサッカーでござるよ」


 そういって某は両手の刀を掲げてみせた。

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