第7話 精霊による制約

 

 名代として就任する以前、他国の国境騎士団に所属していたアルフレッドは、宮廷騎士団への関心が高く、マハラ到着後すぐに視察を申し出たが、政務の引継ぎがある程度落ち着いたら、という事で先送りにされてきた。


 それが、今回ようやくハンナの案内で鍛錬所の教官を兼任するウメというメイドを紹介される事になった、というのは表向きの話。 


名代が積極的に政務に関わる事を快く思わない大臣たちは、何かと理由を付けて後回しにしていたのだ。 それを不審に思うレオンは、ウメを紹介するという名目で鍛錬所への接点を作る事にした。



 「名代、そろそろ休憩されては?」


 「ああ、しかしウメ殿は汗一つかいていない。 技術、力は勿論、持久力もお持ちのようだ」


  アルフレッドのやや黒みがかった銀髪は汗で額に張り付き、髪を掻き上げると地面に滴り落ちた。 精霊により空調は外でも涼しく保たれている宮廷だが、国境に近い裏庭では外気温との差が少なく、とても暑く感じられた。


 貴族時代から愛用している稽古着のブラウスのボタンを一つ外すと、大きく息を付き、物見塔へと続いている外壁に背中を預け座り込む。


 鍛錬所近くの裏庭の一角にて、かれこれ1時間近くに及ぶ剣術稽古がようやく休憩に入る。


 「最近の宮廷騎士団は、どのような活動をされているのか? 大臣たちは、特に問題になるような事は起こっていないの一点張りでね。 現場の声を聞かせて頂けると有り難い」


 「今の活動といえば他国への視察程度ですが……、もっぱらの課題は、兵士の育成ですね。 今は鍛錬場も人手不足でして。 今後、国境騎士団を目指す者は宮廷外の鍛錬場に出向いてもらう予定です」

 

  アルフレッドとウメの会話が途切れた頃合いを見計らって、ハンナは携帯用のポットとティーカップをカバンから取り出すと、2人に冷たい紅茶をふるまった。


 ウメの独特の剣の構えや、無駄のない動きを賞賛しながら、その技術を学ぼうと質問攻めにするアルフレッドに、ウメは苦笑しながら紅茶を勧める。


 「鍛錬所も見させて頂いたが、実践剣術に特化した練習場なのだろうか? 弓兵などが使う的や、武器のストックなどが見受けられないようだったが……」


 「ふふ、必要ございませんの。 剣による遠当ての訓練もしているんですよ。 的などがあると破片が散って危ないので、更地で丁度良いのです」 


 ウメが近くに置いたロングソードを手に取ると、それだけでふわりと風を帯び、周りに小さな気流の渦を作る。


 「後は、振るだけ。 マハラの剣は特殊な金属で出来ています。 精霊を引き寄せる性質を持つので、その力を少し借りるのです。 精霊と縁の深いマハラ国周辺でしか出来ない芸当ですが」


 アルフレッドは今までの戦での実践を思い出す。 父が団長を務める騎士団に所属し、最初に参加した戦は小隊に配備され、その任務は敵兵視察などの規模の小さなもの。 経験の浅いアルフレッドにとって、初めて見聞きする事ばかりだった。


 アルフレッドも先ほどまで使用していた訓練用のロングソードに触れて、力をこめて握ったり、念じてみたり、色々と試すもののそれは何の反応も示さない。 


 「名代も精霊と直に契約をされているとはいえ、あれの体にもたらす変化の基本は基礎体力の底上げです。 契約された精霊と同じ属性の精霊から助けを借りやすくなるんですよ。 とはいえ、野良の精霊は気まぐれですからね」


 ふと、先日の水流の儀の事を思い出す。 あれから赤い精霊の気配を感じる事が無くなってしまったが、あの時、確かに剣を掲げるよう導いてくれたのを感じたのだ。 アルフレッドは徐にロングソードを掲げてぼそりと呟いた。


 「今度はこっちだ」


 ‐ 一瞬、空気が静まり返ったような感覚を覚えた。 風を帯びるどころか、音も、匂いも、感覚が消えてしまったかのように感じられ、緊張感が走る。


 「は?」 何が起こったのかわからず、素っ頓狂な声を上げるウメに呼応するかのように、ゾワリと何かの気配のみが剣に集中するのを感じる。 目に見えないが、あの時と同じように光‐ 精霊が集まっているのだと確信があった。


 「ちょ、剣を離せ! 剣を!」 ウメが慌てて自身のロングソードを構えた瞬間、光る閃光と共に、ばりりと何がが弾けたような衝撃がアルフレッドの腕を襲った。


 カラン‐ と思わず剣を落とし、何が起こったのかと、思わずウメと顔を見合わせた。


 「こっわ!! 鳥肌たつわ!! 多すぎ!! 言っとくけど、あんなの、剣術になんて使えないんだわ!!」


 捲し立てるウメに、アルフレッドは思わずしゅんと肩を落とす。 


 「あ、いや、その。 ……ちょっと高位な精霊をお呼びになられたようでして、危ないという意味で……おほほ」


 「ウメ様、名代、手を火傷なさってます。 今日もガマの油をお持ちですか?」


 「わっ!! 首が飛ぶ……じゃなくて、ハンナ、裏庭から ‛医者いらず’切ってきて!!」



 「……ガマとは何だ? 君たちは何所の出身だ?」


 「東の小さな島国です、ガマとはカエルの事ですね」 ハンナは簡潔に答えながら、貝で作った薬入れからガマの油、多肉植物のエキス、ハーブなどを混ぜたものを掬い取ると、べちょりとアルフレッドの手に擦りつけていく。


 カエル……、ゾワリと鳥肌が立ち、引っ込めようとする手を、ハンナは逃すまいと手首をガッチリとつかみ、苦虫をかみしめるような顔に向かい、満面の笑みを返す。


 その様子を眺め、軽く息を漏らすと、ウメもまるで子供にお説教をするように軽くアルフレッドを睨みつける。


 「……さっきのは制約が働きましたね。 一変に高位な精霊が集まったものだから、ここで儀式を行うとでも判定されたんでしょう。 名代だからまだ罰が軽く済んだんだと思います、使用人だったら命はないですよ?」


 「制約か……」


 まだ小さな頃、宮廷に来た際に男子禁制の厨房に入ろうとしてバチリと全身に痛みを感じ泣き出した事がある事を思い出す。 この宮廷内では、国法に違反するような行動をとると、精霊による制約を受ける事になる。


 水流の儀が、地下室、水流の間で行われる事が決まっているように、様々な儀式は、会議により場所と日程を決めて行うことになっているが、今回秘密裏に儀式が行われたと見なされたのだろうという見解だ。


 軽いペナルティーから、重罪に当たる違反に対し重い制裁を加えるものまで幅が広い。 宮廷内に久しく触れるアルフレッドにとっては懐かしくも目新しい技術だった。


  ふと、何かに気づいたように、アルフレッドの胸元を見つめるウメ。 はて、と首をかしげながら目を細め、じっと凝視する。


 「……精霊、剥がれかかってます?」


 瞬間、ドキリと心臓が跳ね、背中の温度が下がるのを感じた。


 「ウメ殿は精霊の事が分かるのか? それは契約の巫女に何かあったという事か?」


 ウメはかぶりをふると、どう伝えようか言葉を選んでいるようだった。


 「多分、そうでは無いと思うんですが、何だろ、弾き出されそうなのを懸命に踏ん張って耐えている……というか……」


 「おい、無理をするな。 無理を」 いいながら、露骨に安堵の表情を作ると、小さくため息を付く。

 胸の辺りを軽くさするアルフレッドを見ながら、遠慮なしに吹き出しながら笑うハンナを他所に、ウメの浮かべる笑顔は引きつっていた。


 『変な男……。 何? ほとんど加護が切れてるじゃない。 この状態で私と一時間近く打ち合ったってわけ? 』

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王と精霊と異世界の扉 夜光虫 @yakos

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