リア充爆発法 ――メロスは走らなかった・オンライン――

相部つくす

ED 花火大会

 フィリア。17歳。独身。


「はい死刑」


 ドゴオォンッ!!


「お前らも死刑」


  バアァンッ!!


「ああっ! ロメロ! 何度生まれ変わっても、あなたに恋をするわ!」

「ジュリア! 必ず迎えに行くよ! 僕たちはきっと出会う。何度だって!」


「」


  ドゴショオオォンッ!!!


 今日も今日とて、フィリア王は処刑する。

 王にリア充であることを認識された者達は爆発する……それがこの国の決まりだった。


 死刑囚たちが爆発する様を見て、公開処刑場を取り囲む国民達が歓声を上げた。

 ゲーム内恋愛をしているカップル達が爆ぜる様を、花火を眺めるように楽しんでいた。


「フィリア王万歳!」

「フィリア王万歳!」

「フィリア王万歳!」



 バーチャル・リアリティ・独裁国家シミュレーションRPG『メロスは走らなかった』において、フィリアは王位にあった。


「ふはははッ! 私が王になったからには、リア充は爆発する!」


 遊び心で『リア充爆発法』を制定して以来、フィリア王は毎日ゲームにログインしては、毎日リア充を爆発させていた。

 しかし――


「――もう、やめにしないか、こんなことは。誰も救われないじゃないか」


 ある日、フィリア王は独り言のように言った。


「考えてみれば、間違っていたんだよ。ゲーム内にいるリア充達は、きっとみせかけのリア充であって、本物のリア充じゃないんだ。そんな悲しき者達を爆殺するなんて、よくないことだ」


 フィリア王は立ち上がった。


「そう……こんな虚しい悲劇は終わらせないといけない。

 そうだろう、ビーン大臣」


 フィリア王は自分の正面に立つ男に同意を求めた。


「何を終わらせるとおっしゃるのでしょうか、陛下」

 大臣、ウィニン・ビーンは落ち着きはらった声で尋ねた。


 フィリア王はためらいがちに言う。


「リア充爆発法を……廃止する」


 フィリア王は、ビーンの目を見ないようにしていた。


「陛下……」


 ビーンはフィリア王の顔を覗きこんだ。


「リア充爆発法を廃止するなど――ありえませんな」


 スパノヴァルディア王国には様々な悪法が日々制定されている。

 その中でも、リア充爆発法は国民に最も支持される悪法の一つだった。


「ふっ」

 フィリア王は何かを笑った。

 そして、ビーンの横を急ぎ足で通り過ぎていく。


「お待ちください」

 ビーンはフィリア王を呼び止める。


「何をされるおつもりで?」

 フィリア王は立ち止まる。


「リア充爆発法の廃止」

 フィリア王はもうビーンに振り返りそうもなかった。

 しかし、ビーンはいたって平静を装っていた。


「王はどんな悪法をも制定可能です。

 しかし、廃止については国民の半数以上の同意が必要ですよ」

「そんなことは知っている」


 フィリア王は再び歩き出した。


「そこまでお分かりでしたら、何も申し上げることはございません」

 ビーン大臣は、フィリア王の後に続いた。


 フィリア王は演説広場に向かう途中、リア充爆発法を制定した当時のことを思い出す。


 リア充爆発法……フィリア王がこの悪法を制定させた当初の狙いは、自分の視界からリア充を遠ざけることにあった。


しかし、フィリア王の思惑とは裏腹に、国民の適応力は……フィリア王に言わせると、「ゴキブリ並み」であった。リア充爆発法が制定されて以降、リア充は激増したのである。


 リア充爆発法は重大な吊り橋効果をもたらした。

 今にも落ちてしまいそうな橋を男女が歩くと、死に近づいている緊張感が恋愛感情と結びついたかのような錯覚を覚えるなどと言う、あれである。


「リア充は、どこにでも湧いてくる」


 以前、フィリア王はビーンに対してそうこぼしたことがある。

 フィリア王は典型的な非リアであった。


 ただでさえ、リアルでリア充を見せつけられているというのにゲーム内でも激しいイチャイチャを見せつけられるなど、フィリア王にとっては生き地獄でしかなかった。


 以前、フィリア王とビーン大臣はこんなやり取りをしたことがある。


******

「私に正しい現実逃避をさせろぉ! ゲーム内でイチャイチャするな! どうせネカマかネナベだろうばかたれが!」

 フィリア王がいつになく幼児退行をした。


  ※ネカマ:インターネット上に存在する女と偽る男。

  

  ※ネナベ:ネカマの対義語。フィリアは13回騙されている。

  

「そうですね。しょせん、ゲーム。陛下が”どうせ”とおっしゃるように、ネカマとネナベが打ち上げる花火を眺めていればよいではないですか。愚かだなぁと楽しみましょう」


 ビーンは玉座の周囲を歩き始めた。


「けど! 見てくれはリア充だもん!」

「陛下もリア充になればよいではないですか」


「リア充になったら爆発するじゃん!」

「そうですね」

 フィリア王は発狂した。


「王じゃなくなる!」

「陛下、恐れながら……二兎を追う者は一兎をも得ずとも言います。

 リア充爆発法を残すか、あなたが爆発するかのいずれかの道しかないのです」


「リア充爆発法を廃止して、私も爆発しない……そういう道だってあるはずだ!」

「ならば、リア充爆発法が残り、陛下も爆発する……そういう道もあるのでしょうね」


「あぁッ! ビーン大臣! お前は誰の味方なんだ!」

「スパノヴァルディア王国の味方です」


「〇ァック!」


 王はFワードを吐き捨て、エビが跳ねるように玉座に座った。


 ※Fワード……使ってはいけない気軽に使われる言葉。慣れない凶器は自分を傷つけることになるので、使わない方がよい。


******


 そして、ついに今まで行われたことのなかった悪法廃止の宣言が行われようとしていた。

 フィリア王は、公開処刑場を見下ろした。


「みな、今宵はよくぞ集まってくれた」


 ちょうどぴったり、2万人の国民が歓声を上げる。


「大切なお知らせがある。落ち着いて聞いてほしい」


 大切なお知らせと聞いて、何かを察したのか、民衆がざわついた。


――王様やめないでー!

――フィリア王じゃないとあかん!

――俺だー! 結婚してくれぇ!


 フィリア王は右手で制止した。


「はやらないでほしい。私はやめない」


――誰やさっき結婚言うたやつ! 俺が先だ!

――そうわよ!

――ぼくのだぞッ!



(ああ、これだよ。これこそがスパノヴァルディア王国民だ)


 フィリア王はスパノヴァルディア王国の国民性を愛していた。民度も高かった。

 それゆえに、恋愛にかまける衆愚を許せなかった。


「みなに集まってもらったのは他でもない。国民投票を行うからだ」


 国民投票と聞いて、王国民は大いに盛り上がった。

 リアルの投票には行かない者も、こういうものに対する投票率は高い。

 手間がかからずできるからだとフィリア王は思っている。


――なんの投票?

――俺が大学に合格するか否かについて

――不合格に一票

――勉強しろ


「リア充爆発法の廃止を行う。賛成の者は右手を高く挙げたまえ」

 フィリア王は、努めて冷静に宣言した。


 すると、2万人が押し黙った。


「皆の気持ちは痛いほどわかる。悪法の廃止とは、すなわち我々が築き上げてきたゲームの世界観を壊すということであるということだ。

 しかし、考えてみてほしい。我々とは何だ? 我々ネトゲ民が、リア充の真似事をしていることに、虚しさを感じたことはないか?」


――そんなこと……

――俺はっ! 虚しくなんかっ!

――リア充爆発しろッ!

――リア充とかもう死語だゾ

――嘘……だろ……?


「真似事をするだけならまだいい。

 しかし、昨今、本物のリア充達がスパノヴァルディア王国民として紛れ込み、リア充爆発法をスリリングなアトラクションとして楽しんでいる!

 これを我々が許すのか! 否! 許すわけがない!」


――おぉん? そんなやつおんの?

――俺達、仲間だと思ってたのに

――おうどん食べたい

――許せませんわっ!


「その通りだ! 皆なら分かってくれると信じていた!

 では、大きく右手を上げようではないか!」


 フィリア王はサクラを用意していた。その数1000人。

 ありとあらゆるコネクションを駆使して集めた精鋭たち。

 フォロワー114万人は伊達ではない。


 サクラが歓声を上げると、他もなんとなくその気になる。

 その気になって、同じように歓声を上げる。

 人心とは川の流れである。


 しかし、大きな岩が川の中心に置かれれば、川は一瞬二つに分かれる。

 別れてもすぐに一つになるが、その川はもう、さっきとは別の川かもしれない。


 そして、川に一石が投じられる。



「異議ありいいぃぃぃッ!!」


 突然の咆哮が、スパノヴァルディアに2度目の静寂をもたらした。


 フィリア王は大きく目を見開いた。


 なぜか。


 その咆哮はフィリア王の背に向けられたからである。


 背後の影から、その刺客は現れた。


 ウィニン・ビーンの目は、まさしく獣のそれだった。


 その目を振り返って確認した時、フィリア王はその気迫をもろに受ける。


 廃止など、絶対にさせはしませんよ……そうとでも言いたげな目だった。


「……衆愚め」

 フィリア王は最後の敵を見据える。


「公開討論をしましょう。受けてくださいますね」

 先ほどとは打って変わり、ビーンは落ち着いた大臣になった。


 フィリア王はその申し出を受ける必要はなかった。

 王にとって、「暴君特権」で大臣の処刑を行うことなど容易かった。

 しかし、それが本当に面白いのか。


 王として、配信者として、どの選択がエンターテイメント足りえるのか。

 すぐに結論は出た。


「ぶっ潰す」

 フィリア王は、さながら試合前インタビューの格闘家だった。

 無い胸を張り、拳を鳴らした。


「あなたはもう、詰んでいるのです。私を先に殺さなかった時点で」

 ビーンは柄にもなく物騒な物言いをした。

 ゲームに登場する悪い大臣そのものだ。


 大歓声が上がると、国民達は期待の目で暴君と不遜な大臣を見上げた。


「お前がそうくるとは思わなかったよ、大臣」

「つまらないエンディングはお好きでないでしょう、陛下」



 戦いのゴングが鳴り響く。

 公開処刑場の熱気は最高潮だった。

 もはや、サクラも意味をなさない。


「さて、大臣。どう討論する気だ?

 罵り合うか、お得意の理攻めで論破っぱか?」

「ラップでディスリ合いでもかまいませんよ」


「馬鹿が、貴様に音楽のセンスがないことなど知っている」

「これは痛いところを突かれましたな」


「一時間やる。言い返せなくなったら負け」

「よろしいでしょう」


 そこからは呆れるほどの屁理屈の応酬だった。


「陛下がリア充爆発法を制定してから、スパノヴァルディア王国の離婚率は0%となりました!」

「離婚する前に死ぬからだろう!」


「リア充爆発法は陛下が制定なされた悪法です!」

「だったら私が廃止しても問題なかろう!」


「ご自分の悪法に責任をお持ちください!」

「リア充が喜ぶ法を悪法と呼ぶのか!? 否! 悪法ではない!」


「あなたに悪があるように、リア充にも悪があるのですよ」

「正義の反対はもう一つの正義みたいな話か?

 くだらない。勝った方が正義だ。負けた方が悪だ。非リアはリア充に勝てない。

 非リアは悪!

 私は非リア!

 私こそが悪だ! QED!」


「……」

「反論しろッ!」


 公開討論が始まってから一時間。

 ついに投票の時が来た。


「リア充爆発法こそが国家の根幹!

 この法無くしてスパノヴァルディア王国足りえません!」


 温厚であることで有名なビーンが熱く叫ぶ。


「皆、思い出してほしい!

 これは、バーチャル・リアリティ・独裁国家シミュレーションRPGだ!

 本来は圧政を楽しむゲームなんだ!

 リア充達が大手を振って楽しむゲームじゃないんだ!

 セリヌンティウスは処刑されるんだ!

 ――――メロスは走らなかったんだッ!!」


 心高ぶり、舌が回る。

 フィリア王はいい感じに出来上がっていた。



 しんとした静けさの中、少しずつ国民達の手が挙がる。

 一人、また一人とその数はどんどん増えていく。

 

 フィリア王は興奮が抑えられなかった。


(ようやく……ようやくだ。リア充爆発しなくなるかもしれない)


(よし、よし!)


 だが、全ての国民の手が挙がる光景を目の当たりにし、王は発狂した。


「右手ッ! 右手挙げて! それ左手だからぁ!」


 国民は首をかしげた。


――王様から見て右?

――せやろ

――右ってどっちだっけ

――太陽が沈む方


 王は戦慄した。

 右隣に立っている大臣の口元は――――歪んでいた。

 国民達は、振り上げた腕を隣に立つ者の肩に回した。

 人間同士、肌と肌が触れあい、老若男女問わず連結した。


「俺たち――」

「私たち――」

「僕たち――」

「あたしたち――」

「わしら――」


 何かを言おうと声をそろえる。


 やめてくれと言わんばかりに、フィリア王は頭を抱えた。



「「「「「――付き合ってます!」」」」」


 交際宣言……すなわち、リア充宣言をした2万人が爆発した。


  ドゴオォンッ!!


  バアァンッ!!


  ドゴショオオォンッ!!!


 処理落ちが起こり、世界が歪む。


 激しい爆音と閃光が視覚と聴覚を支配した。


 王は膝をつき、ただただ口をパクパクさせることしかできなかった。


――スパノヴァルディア王国ばんざーい!

――王様ばんざーい!

――リア充爆発法サイコー!


 リア充達は思い思いに叫び、花火となった。


 フィリア王は、爆発する世界を眺め、ようやく口を開いた。


「……爆発オチなんて……さいてー」



   ドゴオォンッ!!


   バアァンッ!!


   ドゴショオオォンッ!!!

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