二刀流チャンバラー武彦

高村 樹

二刀流チャンバラー

スポーツチャンバラという競技をご存じだろうか。

知らない?

チッ、チッ、チッ。

あんた、可哀そうな人だね。


スポーツチャンバラというのは、子供の頃、誰もが一度したことがあるであろうチャンバラごっこと小太刀護身道を基にして作られた競技である。

縦7メートル、横6メートルの長方形からなる狭いコート内で、スポチャン面とエアーソフト剣を用いて斬り合う。ルールは簡単で、十分な威力で相手の身体のどこでも良いのでエアーソフト剣で斬ると一本となる。場外は一度は許されるが、二度目は反則負け。

ルールは単純。故に熱い。


競技者が用いるエアーソフト剣は多種多様で、小太刀、長剣、長剣両手、二刀、楯小太刀、楯長剣、杖、棒、短槍、長槍、長巻、短刀、楯短刀がある。

それらは、各々個別の部門になっており、多くの競技者がそれぞれ得意な得物の腕を競い合っている。

合戦の部、乱戦の部という団体戦まであるところからも、この競技の奥深さは窺い知ることができるのではないだろうか。


小太刀護身道を源流に持つので当然のことだが、スポーツチャンバラは小太刀にはじまって小太刀に終わる。

小太刀は全長60cm以下の長さで、他の得物と同様に空気を入れたゴムチューブでできている。

初心者は、まずこの小太刀を学び、次に長剣を学ぶ。

このスポーツチャンバラの基本ともいえる小太刀と長剣の二本用いるのが二刀流という競技である。


宮本武彦がもっとも得手としているのがこの二刀流である。

高校二年生まで剣道に打ち込み、社会人を経てスポーツチャンバラに出会った。

この競技の醍醐味ともいえる打ち合いの楽しさに魅了されて、周りを圧倒する勢いで頭角を現した。

現在、二刀五段。

業界では二刀最強と噂されるほどになった。


30万人以上の競技人口があり、日本の他海外でも多くの大会が開かれている。

世界中にスポーツチャンバラ協会が存在し、世界大会も毎年開かれている。


そして今まさにスポーツチャンバラ世界大会≪二刀流の部≫の決勝戦が行われようとしていた。


決勝戦は三本勝負。


対戦相手は佐々木浩二。

ことあるごとに俺に絡んでくる奇妙な男。

在籍している協会も離れた県であるし、面識はないはずだ。

まだ小太刀の部で研鑽を積んでいたころ初めて相対し、その後競技を変更しても佐々木は宮本武彦と同じ協議にエントリーしてくるようになった。


宮本武彦がこれこそ我が天稟と悟った≪二刀流≫で日本チャンピオンになってからもしつこく同じ大会の同じ競技に現れるのだ。

その後気になって知人に聞くと、佐々木は≪長剣フリー≫、≪長剣両手≫の方が得意な選手でその腕前は日本チャンピオンになってもおかしくない腕前だという。


「両者、前へ」


主審の落ち着いた野太い声に身が引き締まる。


宮本武彦と佐々木浩二が面の向こう側の互いの目を見る。


二人は礼をし、得物を構える。


「始め!」


宮本武彦はフットワークを取りながら、佐々木を観察した。

佐々木は強い。二刀流の腕も相当の者だった。

佐々木は宮本よりも長身でリーチが長いこともあるが、何か間合いを詰めていきにくい雰囲気を持った剣士だった。


狭い限定したエリアで戦うスポーツチャンバラにおいて勝負は比較的短時間で勝敗が決する。剣道と異なり、足から面まで全身が有効打突となることもその一因だろう。

戦場において、足を斬られれば戦えないであろうし、全身のどこを負傷しても戦闘不能に陥ることは有り得る。剣道というより実際の剣術の考え方に近いのも、宮本武彦を魅了した一因だった。


先に動いたのは佐々木だった。

佐々木とは他の大会、他の競技でも戦っているが、その性格のせいなのか信条によるものなのか必ず焦れて先に動くのである。


宮本はそれをよく知っていたので、最初は必ず様子を見て佐々木を焦らす作戦を取っているのだ。


後の先を取る。


佐々木の足を狙った鋭い長剣の一撃を小太刀で去なし、必殺の長剣で返す。


「一本!」


佐々木はすごい形相で睨みつけてくる。


主審は二人を元の位置に下がらせる。

そしてすぐ様、二本目の合図をかける。

スポーツチャンバラにおいては、この辺の展開はスピーディだ。


宮本武彦は距離を取り、自分からは距離を詰めない。

佐々木は先ほどよりは慎重だったが、やはり自分から仕掛けてきた。

先ほどと同じ、下半身を狙った長剣の下段斬り。

しかし、腰が入っていない。

これはフェイントだ。

宮本武彦は今度は小太刀で受けず、バックステップで躱す。

佐々木の長剣の追撃が胴に迫る。

佐々木、敗れたり。

佐々木の長剣を小太刀で撃ち落とし、右手の長剣で突く。


「一本。それまで」


佐々木は天を仰いだ。


「くそ、なぜだ」


宮本武彦は開始位置に戻り、礼をする。


佐々木は優れた剣士だが、やはり≪長剣≫、≪両手長剣≫の方が向いているのだろう。二刀流においても長剣に意識が行き過ぎて、小太刀が疎かだ。


周囲から大歓声が沸き起こる。

協会の会長や幹部の方々が握手と抱擁を求めてくる。

カメラマンが記者を伴いやってくる。

友人の剣士たちや参加者、観客から声を掛けられる。


気が付けば佐々木の姿はなかった。



一連のセレモニーの後、偶然、佐々木と廊下で行き会った。

佐々木は軽く会釈をして通り過ぎようとした。


「少し話さないか」


宮本武彦は佐々木を呼び止めた。

佐々木は自動販売機で缶コーヒーを二本買い、人気がない場所に行こうと言った。


「勝者におごるよ」


佐々木は宮本武彦に向かって、缶コーヒーを放ってよこす。


「なんで二刀部門に出たんだ?長剣の方が得意だって聞いたぞ」


「お前が出ているからだよ」


佐々木はこちらを見ることなく、消え入りそうな小さな声で呟いた。


「お前は忘れているかもしれないが、俺がお前と対戦したのは、スポーツチャンバラが初めてじゃない」


佐々木の話では、高校二年の時、全国高等学校総合体育大会剣道大会の決勝で戦った相手だったという。優勝した記憶はあるが、対戦相手のことはすっかり忘れていた。


「やはり忘れていたか。俺など眼中になかったということか。お前に敗れ、俺のプライドはズタズタだった。血のにじむような努力をし、三年でリベンジするつもりだった。しかしお前はいなかった。そのショックで受験勉強も手につかず、受験に失敗した。なぜだ、なぜ剣道を辞めた?」


佐々木は泣いていた。涙が頬をつたっている。


「モテたかったからだよ」


宮本武彦は言葉を選び、慎重に答えた。


「剣道大会で優勝した時、俺の時代が来たと思った。だが現実は違っていた。すっと好きだった女子には汗臭いとか手の豆が気持ち悪いとか言われたら、そりゃやめるだろ」


佐々木は目を見開き信じられないような顔をした。


「くさい、痛い、夏場の練習がきつい、防具をつけるのが面倒くさいというのが剣道の否定的なイメージだろう。サッカーやバスケと比べても剣道はあまりモテないんだ」


「ふざけるな。剣道を冒涜することは許さん」


佐々木は胸ぐらをつかんできた。


宮本武彦は佐々木を振りほどき、言った。


「スポーツチャンバラは剣道とは違う。老若男女問わずだれでも楽しめるんだ。リハビリにも使われている。何よりかわいい女の子も多いんだ! 練習は男女混合のことも多い。なぜ俺が二刀流を選んだかわかるか。向いていて勝てるのもそうだが、見栄えが良くて派手でモテるからだ」


「嘘だ。嘘だって言ってくれ。そんな動機で、俺の人生を」


「佐々木、いい加減に前を向いて生きろ。男に粘着されても困るんだ」


宮本武彦は佐々木の肩を軽く叩き、その場を去ることにした。


佐々木から受け取った缶コーヒーを開け、一息に飲み干す。


宮本武彦の目はまだ見ぬ理想の女性に出会うために燃えていた。


二刀流チャンバラー宮本武彦の戦いはまだこれからも続くのだ。



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