若き侍と二刀流の男
仁志隆生
第1話
黒い雲が空を覆っていて、昼間だというのに薄暗い。
辺りには何もなく、足元はゴツゴツとした岩場。
そこに立っているのはまだ十五、六であろうかという年若い侍。
その侍と向かい合う相手は、彼より頭二つ高い全身毛むくじゃらの男で、両手に大太刀を持っている。
- 只者ではない -
侍はそう思いながら刀を抜く。
- …… -
男も何かを思いながら右の大太刀を上段に、左の大太刀を中段に構えた。
静けさが辺りを包む。
音を立てるものは互いの息と、時折吹く柔らかな風。
ただそれだけであった。
どのくらいの時が過ぎただろうか。
少し強い風が吹いたその瞬間、侍は一瞬目を閉じた。
それを好機と見た男は、巨体に見合わぬ速さで動いた。
右の大太刀を侍の頭目掛け、勢いよく振り下ろす。
それと同時に左の大太刀を侍の横腹目掛け、斬りつける。
侍はそれを読んでいたのか素早く後ろへ下がり、同じ速さで前に出て、大太刀を振り抜いた男の左肩目掛けて刀を振り下ろす。
だが男は体をなんとか仰け反らせ、それを避けた。
そして双方が離れ間合いを取った。
今度は風も吹かず、互いに隙を見出だせずに時が過ぎていった。
- くっ…… -
侍は焦る気持ちを押さえ、機を伺う。
- ぬ、う……ん? -
男は侍の姿がやけにくっきりと見えだしていると気づき。
- お、おお…… -
その理由にも気づいた時、男は思わずほんの少しだが、両の大太刀を下げた。
「はあっ!」
侍はそれを見逃さず、男目掛けて突進した。
「……」
男は動かず、何かを思う。
そして、侍の刀が男の胸板を斬り裂いた。
「ふ、ふふ」
男は少しの笑みを浮かべ、ゆっくりと崩れ落ちた。
「……なぜですか?」
侍はまだ息があった男の側に寄り、膝をついて言葉少なげに尋ねる。
「……お主こそワシが、いや多くの者達が待っていた者だと思ったからだ」
「だからだと? それに待っていた者とは?」
「この、乱れに乱れた闇の世界に、平和の光を照らす為に、異界から来るという、勇者だ」
「……拙者はそのような者ではありません。一介の武士ですよ」
侍はそう言って頭を振る。
「いや。う、後ろを、見てみろ」
「え、あ……?」
侍が振り返ると、先程まで自分がいた場所に一筋の光があった。
空を見上げると、それは黒い雲間から漏れている。
「気づいて、いなかったか? お主はあの光に、照らされて、いたのだ」
「だからという事でしょうが、失礼ながらそれは偶然でしょう」
「この世に光が差した事など、あやつが現れて以降、もう何十年も無かったのだ。偶然だと、思えぬ」
それを聞いた侍は口を開かずにただじっと男を見つめ、男の手を握った。
「ど、うか、頼む。あやつを、討って、くれ」
男が縋るように言う。
「……拙者がその勇者とやらだと思ったのならなぜ刀を納め、自分も共に戦うと言わなかったのです?」
侍が少し強めの口調で言う。
「ワ、ワシは、心ならずもとはいえ、あやつの手下となって、多くの罪無き者を殺めた。そんなワシが今更……それにこの異形の姿ではな」
男は全身が縞模様の毛で覆われ顔も虎のよう、いやまさに虎だった。
「時折この近くの村に、食べ物を差し入れていた顔を隠した大柄の男がいたと聞いています。それはあなたなのでしょ?」
侍がそう尋ねる。
「え? ……あ、ああ、あそこは幼い子供が多いからな」
「やはり。というかそちらも二刀流ですか」
「言ってくれるわ。……ふふ、最後にお主と会えて、よか」
「そう言わずこれからも生きてください。その村だけでなく、多くの者の為にも」
侍が男の言葉を遮って言う。
「無茶を言うな。この通り傷は深……え?」
虎男は気がついた。
いつの間にか傷が塞がっていた事に。
「こ、これはまさしく、勇者の力!?」
虎男は驚き、起き上がって侍を見つめた。
「だから違いますって。ですがあなたが共に来てくれるなら、その方便を使いましょうかね」
侍はほんの少し笑みを浮かべた。
「……分かった。このワシはお主、いやあなたと共に参りますぞ」
虎男はそう言って片膝をついた。
「はい。よろしくお願いします」
侍は男の手を取り、また笑みを浮かべた。
(ふう、武者修行の旅の途中で異界に迷い込んでしまうとはね。まあ拙者が勇者がどうとかはともかく、苦しむ人達がいるならなんとかしなくてはな)
侍はそう思いながら虎男と、後に出会う仲間達と共に、長い道を進んでいった。
あとこの侍は適応能力ありすぎだと言われそうだが、それは……。
若き侍と二刀流の男 仁志隆生 @ryuseienbu
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