実話か創作か

久世 空気

第1話

 俺は一瞬、居酒屋の前で足を止め、深呼吸してから店に入った。案内しようとする店員を押しのけ、ひときわデカい声のする方に向かう。

 イベントの打ち上げでキャストやスタッフが十数人、座敷で飲み会をしていた。俺が部屋に入っても楽しく飲んでいて気付いている様子はない。友人の藤原だけが顔を上げ、目を見開いて驚いていた。

 俺は藤原を無視して目的の人間を見つけて駆け寄った。その人物は貫禄のある体格で、見た目通りガツガツ食べ、酒を飲み、目の前に座っている男としゃべっていた。俺はそれを押しのけ、体をねじ込む形で正面に座った。

「え? 誰?」

 その人、怪談師の釜飯ノリキは酔っているのか警戒する様子もなくヘラヘラと笑っている。俺は少しいらつきながら、口を開こうとしたら後ろから肩を引っ張られた。

「何してんの?」

 藤原が咎めるような口調で聞いてきた。この店で打ち上げをするという事は、劇場でアルバイトをしている藤原から聞き出したことだった。俺が突撃するとは思っていなかったようだが。

「藤原君の知り合い?」

「あ、はい、大学の・・・・・・」

「アンタの怪談で、聞きたいことがある」

 だいぶ無礼な聞き方だと分かっているが、止められなかった。それでも釜飯の表情は変わらない。

「ん、どれだろ?」

 酒で赤らんだ丸い顔を撫でな聞いてきた。

「昔アンタが話していた怪談だ」

 

 ある夫婦が引っ越ししてきたばかりの土地で、子供の遊び場所を探していた。すぐ近くの公園は人が多い上に年長以上が多い。兄弟で遊ぶならともかく、その夫婦の子供はまだ3才だった。初めての子供で、怪我を恐れた夫婦は少し離れた、住宅街の外れにある公園を利用することにした。

 遊具はゾウやウマの跨がって遊ぶだけの置物と、小さなジャングルジムとベンチのみ。周りに植えてある樹木は手入れされていないのか好き勝手伸び、公園全体は薄暗かった。親子はそこでシャボン玉を作り始めた。大きなシャボン玉を作ろうとする父親と、楽しそうに笑う子供。すると母親の携帯電話が鳴った。母親が鞄から携帯電話を出すとすぐ着信はやんだ。非通知からの着信だった。

 携帯を鞄にしまい顔を上げると、父親が今日一番の大きさのシャボン玉を作っていた。すごいね、と子供に話しかける。

 しかし、子供がいない。父親も気付いた。母親からしたらスマホを見た数秒の間に、父親からしたら一瞬、シャボン玉に気を取られた瞬間に、子供が消えたのだ。道路にでも飛び出していたら大変だと、夫婦は慌てたが、子供はすぐに見つかった。遊んでいた場所から10メートルほど離れた、公園の木の元に隠れて立っていた。

 ホッとしたのも束の間、様子がおかしい。真っ青な顔でぶるぶると震えて動かない。父親が肩を揺すると、パカッと口が開いて大量の水を吐き出した。その水から石けんの香りがする。それは先ほどまで親子が遊んでいたシャボン玉液だった。両親が吐き続ける子供の肩や背中をさすっていると、声がした。

「シャボン玉なんか大っ嫌い」

 そこには10才くらいの少女が立っていた。敵意をむき出しにした表情で親子を見ている。少女はプリーツスカートに刺繍の入ったカーディガンを着ていた。そして今まさにそのままプールに入って出てきたかのようにずぶ濡れだった。旦那が「何だ」と声を掛けると、少女は水音とともにその場に崩れた。後には大きな水たまりだけが残っていたらしい。

 幸い子供は病院で処置をしてもらい大事には至らなかったが、その公園は少女の霊が出ると有名で、誰も遊ばない場所だったと後になって聞いた。


 釜飯は二重顎をいじりながら「そんな話もあったねぇ」と懐かしそうに言った。

「この話の出所を教えてください。出来れば体験者の夫婦も紹介してもらえませんか?」

 俺は必死に頼んだが、釜飯はヘラヘラするだけでまともに取り合う様子がない。

「その少女の幽霊は俺の姉かもしれないんです」

「お姉さん?」

 やっと興味を持ったように視線が合った。

「行方不明なんです。9歳の時。12年前です。話に出てくる公園が地元の公園に似てるんです。幽霊が着ている服も、姉が失踪した時と同じで。姉がシャボン玉嫌いなのも」

――シャボン玉なんか大っ嫌い

 姉がよく言っていた台詞だ。でも俺は好きだったから一人庭でシャボン玉を作っていたら、わざわざやってきて邪魔をされた。

「う~ん、でもなぁ」

 それでも言いよどむ釜飯に俺は段々腹が立ってきた。掴みかかってやろうかと思った時、釜飯が言った。

「俺が二刀流ってのは知ってる? あ、酒と甘い物とかそういう話じゃなくてね。怪談の仕事の話。創作と実話。両方やってんのよ」

 だからね、と釜飯は手酌でグラスに焼酎をつぎ、ぐいっと煽った。

「その話は俺の創作、妄想、嘘っぱち」

 釜飯がゲラゲラ笑う。何故か周りも笑い出した。

「いや、でも、ちょっと人から聞きいたことを、つなげたとか」

 しつこい、と藤原が怒鳴る。釜飯の笑いも、止んだ。

「あのね、こちとら仕事でやってんのよ。聞いた怪談はちゃんと実話怪談として出すよ。自分の創作の糧にすることはあっても一部にするなんて、話してくれた人に無礼なことはしないの」

「でも・・・・・・」

 なお食い下がろうとすると、藤原が黙って俺の襟首を掴んで追い出しにかかった。釜飯はそれを見て鼻で笑うと、何もなかったかのように酒を飲み始めた。いつの間にか俺達の様子を見守っていたらしい周りの人間もホッとしたように宴会を再開した。

 俺は居酒屋を出たところで藤原に殴られ、二度と顔を見せるなと吐き捨てられた。


 それから何度も釜飯ノリキが出るイベントに足を運んだ。舞台を見に来たわけではない。出待ちして釜飯と話をするためだ。だが居酒屋の一件が他の関係者にも伝わっているのか、中々会うことは出来なかった。しかししばらく俺が姿を見せずにいると、油断したのか釜飯が姿を見せた。俺は慎重に尾行し、奴のマンションを特定した。

 夜、マンションの駐車場で待っている男は、男が見ても気味が悪いはずだが釜飯は相変わらず飄々としている。

「良くないね。ストーカーだよ」

 少し面白がっている。

「あの怪談、本当にアンタが考えたのか? よく思い出してくれ」

「思い出してくれって、あれは本当に創作怪談だけで活動していた時の作品だから、間違いようがないんだよね」

 釜飯が活躍し始めたのは10年ほど前だ。俺が黙って考え込んでいると、釜飯が提案してきた。

「じゃあ、おまえの地元に連れて行ってよ」

「・・・・・・行って、どうするんですか?」

「興味ある。俺の怪談に出てきた場所とそっくりな場所」

 あまりにあっけらかんと言うから、俺には裏を読むことが出来なかった。だが、これはチャンスかもしれない。俺は了承し、約束を取り付けた。


 その週末に俺は地元に戻ってきた。レンタカーを借りて釜飯をマンションの前で広い、1時間ほど掛けて。釜飯は後部座席ですぐ寝てしまい、到着したときは体が痛いと不平を漏らしていた。

 公園はパーキングから少し離れている。怪談にあるように、住宅街の外れだ。横には広い道があるが、木が茂っていて公園は暗く、存在感がない。

「あー、確かに書いたのと似てるな」

 似てるなんて物じゃない。ゾウやウマの遊具、小さなジャングルジム、朽ちかけたベンチ。平日の昼間だからか周囲に歩いている住民はいないし、車道からは見えないし、こちらからも見通せない。暗く静かで、なんとなくヒンヤリしている。まさに怪談の舞台だ。

「ここ、昔は実家があったんです」

「おまえの?」

「はい。俺が中学生に上がってすぐ位に祖父が他界して、マンションに移り住んだんです。ここは更地にして駐車場になったんですが、借り手がいなくて結局土地も売っちゃって、巡り巡って公園になったようです」

「ほーん、じゃあ、やっぱり俺の怪談と関係ないじゃん。だっておまえが中学の時って6年くらい前? そのときはまだ家がある訳じゃん? 俺の怪談はもっと前に書いてるから・・・・・・」

「だから、見たんでしょ?」

 話を遮られて振り返ろうとした釜飯の側頭部に、俺は鞄を叩きつけた。釜飯は地面に倒れ、もがき、呻いた。俺が鞄の中から鉄アレイを出すと、初めて焦ったような顔を見せた。

「・・・・・・何、を」

「あんた、俺が姉貴を殺すのを見たんでしょ?」

 釜飯の目が見開かれる。

「庭の井戸に突き落として、庭石を投げ込んだら、姉貴は動かなくなった。庭は垣根で囲まれていたけど、覗こうと思えば覗けた。あんた、そこから見てたんだ」

「ちが・・・・・・」

 俺は何か言う前に釜飯の頭に何度も鉄アレイを叩きつけた。逃げようとするのを何度も、何度も。

 違っていてもしょうがない。釜飯が実話と創作の二刀流なんて、ふざけたことを言うのが悪い。

 

 あの日、俺がシャボン玉で遊んでいたら姉がそれを奪って井戸に投げ込んだ。俺がやることなすこと全て邪魔してくる年子の姉を、俺は憎んでいた。その日、それまでの怒りが吹き出し、力任せに姉を突き落としていた。井戸の中で泣いているのを庭石を投げ落とし黙らせた。

 皆、姉を探したけど、何故か井戸を調べる人はいなかった。祖父は少し落ち着いてから、井戸を埋めた。祖父は気付いていたのかもしれない。孫が一人死んだことを。孫が人を殺めたことを。


 釜飯は動かなくなっていた。

 俺は鉄アレイを鞄にしまう。帰ろう。今度こそ誰も見ていない。釜飯は誰にもここに来ることを伝えていないだろうし、誰も釜飯が俺とここに来るとは思わないだろう。

 公園を出ようとしたとき、携帯電話が鳴った。慌てて発信元を確認せず、俺は出てしまった。そのとき、俺の周りにフワフワとシャボン玉が飛んでいることに気付いた。

 携帯電話の向こうから、水音がする。そして聞き覚えのある少女の声。

「おまえなんて大っ嫌いだ」

 それは真後ろから聞こえた。

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