私はあんたのお母さんじゃねえ

一緒に暮らしてるんだからさ

 ふわふわの白い雲の上を、透明な小瓶を首にかけて歩く。眼下には人間たちが住む街の小さい明かりが遠くに見える。


 しかしなんだってこんなに遠いのだ。雲の切れ間から星を降らせるだけで、会社からこんなに歩く必要あった?3kmくらいあるんじゃない?これ。今の時代流れ星なんてタイマーでセットできるのに、社長の思いつきって言ったって、こんな古風な方法で…。


 ため息なんかついていてもしょうがないけどさ、こんなに歩くって知ってたら、ヒールのあるパンプスなんかで出社しなかったよ。


「はい、いってらっしゃい」


 瓶のフタを開けて下を向けると、白い粉がサラサラと夜空へ広がっていく。上白糖大さじ2杯、綺麗な海岸の砂を大さじ1杯混ぜて、あとは雲の上から優しくふわっとまくだけ。それだけで満天の星空ができるんだから業務としては簡単だ。


 今日は流星群の日だから、ちょっと溶けやすい砂糖にしてみた。きれいに溶けて流れ星になってくれよ、と両手なんて合わせてみる。


 普段は星の材料を作って、専用の機械に入れて、タイマーをセットするだけなのに…。たまーに社長の気まぐれで、手動で星を降らせたり、近所には売っていない砂糖で星の材料を作って降らせたりする。


 昨日も急に社長が、きび砂糖で星作ってみようよとか訳のわからんことを言い出したせいで、うちの取引先である星の管理会社から、聞いてない!と苦情がきた。いや、私もまさか先方に話し通してないなんて聞いてないです。


 星を降らせる仕事なんて、簡単そうじゃんと就職したの、間違えたかなあ。


 とりあえず今日は直帰で良いらしいし、もう帰ろ。とはいえ部屋を会社の近くに借りちゃったせいで、きた道戻らなきゃだからまた3km歩くのだけど。パンプスのせいで既に足痛いわ。



「ただいまー」


 まあ、おかえりって言うのも自分ですけどね。また私のほうが先に帰ってきたか。じゃあ家事なんにも終わってないよね。とりあえずリビングの電気つけよ。


 またソファにカーディガン脱ぎっぱなしで置いてある。寒いからって私のカーディガン着るんだったら、脱いだらハンガーにかけてねって何回言ったかな。先月から二人暮らしを始めたものの、何かと噛み合わないことが多いんだよな。


 まあ、仕事と主婦の二刀流なんて珍しくないし、私とあいつの稼ぎでなんとかやっていけている状況なんだからしょうがない。でもなんか、家事私の担当多くない?料理全くできないって言うなら、他のこともう少し積極的にやってくれても良くない?


 神様同士の結婚って言っても、私は下っ端の神様。あっちはエリートの神様の家系だもんね。育ってきた環境が違うんですわ。会社も私は弱小星製作所であいつは大手月面デザイン会社だし。


 あーあ、お風呂掃除と夕飯作りと、あ。明日燃えるゴミの日だ。朝やろうとすると面倒だから、今のうちにまとめとこう。


 しかし、ゴミ箱にこんなにぎゅうぎゅうにゴミ詰め込むのなら、一回ゴミ出ししてくれたら良くない?溢れんばかりだよゴミが。いや、気づかなかった私も悪いんだけど、なんか毎回私がゴミ出ししてる気がする。


 そもそも、なんでベランダにゴミ箱あるの?晩酌するとき使うって、私はお酒飲まないんですけど。雲の上だから星が見えるわけでもないのにさ。毎回毎回、ゴミ回収するの私だし。うわ、ベランダのサッシ開けたら手が黒くなった!


 やばい。今週ちょっと仕事が忙しかったから、ちょっとしたことでもイライラしてしまう。さっさとやることやって、今日は早めに寝よう。もうお風呂もいいや。シャワーにしたって、あいつも文句言わないでしょ。ゴミ出ししたら、風呂掃除なんかやってる元気なくなった。


 今日、夕飯何にしようかな。あれ、チルドにイワシ入ってる。なんだっけ。ああ、昨日あいつが人間のスーパーで買ってきたやつか。これでいいや。


「ただいま」


 お、今日はお帰りが早いようですね人のカーディガンハンガーにかけないマイダーリン。


 いかんいかん。もうイライラしちゃってる。


「おかえり」


「今日早いね」


「そうなんだけど今日社長がさ」


「あ〜ビールうめー」


 聞けよ。あと帰ってきたらまず手を洗え。うがいをしろ。


「今日課長がさ〜」


 自分の話はすんのかい。


「ねえ、まず手洗ってきて」


「あ、ごめんごめん」


 素直に洗面所に行くのは加点してやろう。だが、さっきビールとったとき、冷蔵庫開けっ放しなんだよね。減点。あと昨日、会社のカバンソファに放り投げるなって言ったよね。今日もやってる。減点。


「今日何?」


「チルドにイワシあったからフリッターにしようかなって」


 イワシ?じゃないんだよ。あんたが買ってきたのよ昨日。


「えー今日肉の気分だな」


 あ、だめかも。


 いつもなら、明日肉にしてあげるから我慢してって流せるけど、今日は無理だ。そんな寛容な私は本日お休みを頂いております。


「じゃあ食べなくていいよ」


「いや、食べるけどさ」


「無理して食べなくてもいい」


「なんだよ、今日機嫌悪いね。風呂は?」


「洗ってない」


「先に帰ったんだったら洗っといてよ」


 はい。一回深呼吸。旦那にむかついたら、怒る前に深呼吸したら割と抑えられるよって、2年前結婚したお姉ちゃんが言ってた。


 ごめんお姉ちゃん。深呼吸してみたけど、無理みたい。


「ねえ、カーディガンハンガーにかけてって何回も言ってるよね。今日もソファに放りっぱなしですが?あとさ、ゴミ出しするの面倒だからってぎゅうぎゅうにゴミ押し込むのやめてくれる?結局いつも私が出してるんだけど。お風呂もさ、今帰ってきてご飯作ろうとしとる私が洗わなきゃだめ?じゃあ洗うから代わりにご飯作ってくれる?」


 こういうときって、頭の中は怒り!みたいな感じなのに、言葉はスラスラでてくるもんだな。旦那氏はポカンとしているけど。


「私はあんたのお母さんじゃねえ」


 あ、これお昼のワイドショーの、旦那への愚痴コーナーで聞いたことあるわ。まさか自分が言うことになろうとは。


「え、ごめん。怒らないで」


「息子じゃん」


 旦那の返しが母親に叱られた息子すぎて笑ってしまった。そうだよね。なんだかんだ言って、旦那のこういう素直なとこがかわいくて、結婚したのだ。


「ねえ、私のかわいい息子くん。私が仕事と主婦の二刀流ができるなら、あんたもできるんじゃない」


「イエス、マム」


「それはまた違うでしょ」


 だめだ、また笑って許しちゃった。きっとまた同じようなことでイライラするんだろうなとは思うけど、まあ、今日のところは風呂掃除で許してあげようかな。

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