最後に……。
ふさふさしっぽ
最後に……。
「酒も好きだし、甘いものも好きな人のことを『二刀流』って言うんだって」
勇太が、媚びるような声で言った。
私は勇太に背を向けて、その声を無視した。何とか話題を作って、気を引きたいのが見え見えだ。私の方は、もう話なんてない。
「だから彩香は二刀流だね。酒を飲みながら、マシュマロを食べてる」
確かに私は昔から、酒のつまみは甘いものと決めている。
今もパソコンの前にはハイボールとマシュマロだ。
それがなんだっていうのか。無理矢理話を続けようとしなくていい。
「ごめん、小説を書いている彩香はそんなこと、知ってたよね」
知らなかったけど。もう、早く帰ってくれないかな。
「小説投稿サイトだっけ。今どんな小説書いてるの?」
「もう貴方には関係ないでしょ、他人なんだから。さっきも言ったけど、もう貴方とは終わりなの。分かる? 終わり。もう帰ってよ、小説書く邪魔。気が散る。出てって、さよなら」
しびれを切らした私は、勇太に背を向けたまま、思ったままの言葉を投げつけた。
背後でドアが閉まる音がした。勇太はやっと私のアパートから出て行ったようだ。
名前とは裏腹に、気が弱い男だ。あれだけきっぱりと言えば、諦めるだろう。
それにしても……二刀流って、読んで字のごとく、両手に刀を一本ずつ持つことの意味だけじゃないのね。
小説を書くようになってから、気になったことは調べる癖がついた。「二刀流」をパソコンで検索する。
ああ、本当だ。お酒と甘いもの、両方好むことを、言うんだ。
それと……同時に、二つの物事をうまく行うこと。
ふむふむ、なるほどね。勇太のおかげでひとつ利口になったわ。ありがとよ。
調べ終えると、私は執筆作業に戻った。
今書いているのはマシュマロもびっくりするぐらい、甘々のラブロマンスものだ。
最近は読者数も増えて、気合が入る。あんな冴えない男に構ってなんかいられないわ。
甘々のラブロマンスを書きながら、別れ話をする……これもある意味二刀流か?
自分の思い付きに自分で笑っていると、首に何かがかけられた。
ロープ?
「君のことを愛してる」
すぐ近くで、勇太の声がした。
「君のことがとても大事なんだ。君なしでは、僕は生きていけない」
帰ったんじゃなかったの? まさか、ドアを閉める音だけさせて、ずっと、部屋の中に……?
声を出そうとしたけれど、ロープはすでに、ぎりぎりと、首に食い込んでいた。すごい力だ。愛をささやく声は、こんなに冷静なのに。
「君を失いたくない。好きなんだ」
甘い愛の言葉をささやきながら、私を殺そうとする。これもある意味、二刀流なのかな……。
目の前が真っ暗になり、薄れゆく意識の中で、私は最後に、そう思った。
最後に……。 ふさふさしっぽ @69903
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