流麗なる剣技

柊 撫子

PVP

 日々進化を続ける電子仮想空間。

その中でも特に躍進を続ける『仮想現実 武人』。

 プレイヤーは自宅にいながら全く異なる空間で思い思いに武芸を極めることができ、時には他のプレイヤーと対戦することも可能。

仮想現実内の外見は自分で作り込め、使用する武器もまた自分が好きなものを選べる。言わば、もう一人の自分だ。

 多くのプレイヤーはひたすらに武芸を磨き、見知らぬ誰かの対戦を見物する。中には自分の外見の微調節を繰り返し、納得すれば記録に残すなどしているプレイヤーもいる。

まさにプレイヤーが自由に過ごせる空間だ。


そんな『仮想現実 武人』では今、プレイヤー同士の対戦が行われようとしている。


 大柄な男と細身の少女が各々の武器を手に持ち、対戦開始の合図を待っている。

この仮想現実内での対戦は規則に則って行われるもので、搭載された人工知能が審判となって対戦の進行を行う。どちらかが降参、あるいは戦闘不能状態になることで勝敗が決される。

 対戦を申し込んだのは男の方で、他のプレイヤーに対して道場破りのような挑み方をしていると噂がある人物だ。

その手には刃の長い槍が握られ、白い柄には黄色の布が巻かれている。

「対戦に応じたこと、感謝しよう」

「気にしないで。ちょうど対戦相手が欲しかっただけだから」

と、やや淡白な返答をする少女。

 対戦を受けた長髪の少女は目元を面布で隠し、人が少ない場所にたった一人で鍛錬を続けていた人物だ。

そんな彼女の武器は飾り気のない細身の剣。それを両手に一本ずつ握り、静かに審判の号令を待っている。

 二人の対戦者たちの周囲は他のプレイヤーたちによって囲まれ、誰もが熱い闘いを期待していた。

 対戦者の準備が整ったと判断した審判は、どこからか聞こえてくる電子音声を響かせた。

「両者、尋常に―――対戦開始」

 審判の号令の直後、先に攻撃を仕掛けたのは男の方だ。

「はぁぁぁ!」

力強い掛け声と共に、どっしりとした構えで繰り出される二段突き。

男の勇ましい攻撃を軽々と避けていく少女。攻撃する様子はなく、ただ男の槍捌きを観察しているように見える。

 男は槍のどこまでも真っ直ぐな攻撃を止めた。

「なぜ反撃しない」

「あなたの動きを見ていたから」

少女の答えに男は沈黙する。動きを見たところで何が変わるのか、とでも言いたげな目だ。

 男の攻撃が止んだのを好機に、少女がこう告げる。

「だから今度は私」

そう言って、少女は両手に握る剣を構え直す。男が言葉を発するより早く、少女は突進し間合いを詰める。

右、左。左、右。左、左、右。

不規則に繰り出される二刀流の攻撃に、男はやや押されつつも捌き続けている。が、それも長くは続かない。

左、右。右、右。左、右、左。

攻撃が重なるごとに少女の剣捌きは早く研ぎ澄まされていき、まるで二本同時に攻撃しているように錯覚するほどだ。

 少女の素早さに反し、男はついていくので手一杯。徐々に溜まる疲労感は拭いきれない。

一旦息を整えようと攻撃の隙を突いて槍で払うように振りまわし、少女と距離を取る。

 息を整える男に対し、息が上がってない様子で少女が話しかけた。

「槍と戦うのは初めてだけど、意外といいね」

「……何が言いたい」

男の問いに少女は答える。

「良い練習になりそう、ってこと!」

そう言いながら、少女は一気に間合いを詰めた。

 周囲に金属音が響き、そのまま両者の力比べへ。外見だけで判断すれば大柄な男の方が有利なように見えるが、彼が低い姿勢で受け止めたことで拮抗している。

その上、細身とはいえ二本の剣。圧し掛かる重みは決して軽くはない。

 鍔迫り合いの最中。突如として、男の視界がぐらりと傾く。

少女の圧を受け止めきれず、体制を崩してしまったのだ。

 男はそのまま地面に尻を打ち、防御の為に槍を構える。

しかし、数秒遅かった。

 男が槍を握り直すのと同時に、少女が一瞬にして間合いを詰めたのだ。

大柄の男とはいえ、地面に倒れ込んでしまえば体格差など関係ない。彼に覆いかぶさるように少女が両方の剣を構える。

 既に遅れを取っている男の動きが間に合う筈もない。

瞼を閉じる間もなく、少女の剣は男の頬に触れられるまで近づく。


―――斬られた。

肉体が死を覚悟したのだろう。男の心臓は一瞬の間を置き、再び動き出す。

少女の長い髪が垂れ幕のように男の顔にかかる。

 男の耳をかすめず、紙一重のところで触れない近さで突かれた二本の剣は、床に軽く刺さった。現実の床は傷ついていないが、見えている空間には剣先の形がくっきりと刻まれている。

 少女は剣を引き抜き、立ち上がりながら言った。

「安心して、殺しはしないから」

息を飲む男に向け、少女は言葉を付け足す。

「だってゲームだもん」

そう言って少女は笑いかける。

 無邪気に笑う少女のあどけなさからは、先ほどの殺気は微塵も感じられない。

そこにはただ純粋にゲームを楽しんでいる少女の姿がある。

 歓声がやんでもなお、座り込んだままの男に少女が手を差し伸べる。

「ほら、立てる?」

「あ、あぁ……問題ない」

男は自力で立ち上がるも、その表情には畏怖が滲んでいた。目に浮かぶのは敗者の色。

 戦意喪失した様子の男へ向け、審判が問う。

「対戦を続けますか?それとも降参しますか?」

抑揚のない電子音声が沈黙し、見物人の視線が男へ注がれる。

この場の全てが男の返答を待つ。

緊迫した空気で額に脂汗が滲み、観念したように言葉が吐かれる。

「……降参、だ」

「対戦者の降参を確認。勝者、メイ」

男の言葉を受け、審判が宣言した。

再び湧き上がる歓声。止まない拍手。その最中、少女が男にすっと歩み寄る。

 先ほどの恐れがまだ残っていた男は体を引く。

そんな態度を物ともせず、少女はすっと手を差し伸べて言う。

「いい対戦だったよ。ありがと」

握手を求める少女の手をしばらく見つめ、それから少女の顔を見る。

相変わらず目元は面布で隠れて見えないが、口元は楽しそうに微笑んでいる。

 一呼吸し、男は少女の手を握って言う。

「こちらこそ、いい経験になった。感謝する」

大きな拍手に包まれながら、二人は握手を交わした。



「―――それが、彼女のファンになったきっかけだ」


一頻り語り、誇らしげに笑う男。

それから、懐かしむように自身の仮面に描かれた”目”の印を見る。白い仮面に描かれたそれは、印刷ではなく手書きのようだ。

「だからこうして内戦に参加したんスね」

なるほど、と頷く仮面の若者。

「当然。彼女が前に出るのなら、俺も同じように前に出る。それがファンというものだと俺は思う」

「真面目、スね」

「あぁ。俺も『武人』だからな」

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流麗なる剣技 柊 撫子 @nadsiko

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