元夫の遺書

Sニック

汚れ歪んだ咎人

  夫が首を吊っていた。自殺していた。死んでいた。

 「え」

 朝、妻が家に帰った。といっても、一年前からの不倫でだ。いつもどうりリビングの明かりは消えていた。はぁ、とため息をつき明かりをつける。変わらない物寂しい部屋を見渡すと、何かいつもと違和感があった気がした。

 「夫の私物がない。」 

 不倫が気づかれたのではないかと思考を巡らせ、焦って夫のスマホに電話をかける。すると、ぷルルルル、ぷルルルルっと、二階の寝室から音がなった。

 二階で寝てるのか、と胸を撫で下ろし、二階に昇る。そして、

  

 「ただいまー」

 とドアを開けた。

 そうして冒頭に戻る。

 「え」

 夫の首吊りに、置き手紙。

 今見ている光景に理解が追い付かない。

 置き手紙を震えたまま読んでいく。内容は不倫を知っていたこと、私物とアルバムは捨てたこと、愛してることがかかれていた。

 そうして脳内処理が追い付けば追い付くほどそれを受け付けようとしない。


 夫が死んだ

 (いや)

 夫が死んだ

 (違う)

 夫が死んだ

 (そ、そうよ、きっといたずらに決まってる…)

 「ねぇ、これがイタズラなら悪質よ?いい加減動にして?」

 「…」

 返事はない。

 「ねぇ、起きてよ」

 「…」

 変わらず返事はない。

 「ねぇ、お願い起きて。」

 「…」

 そこで夫に触れた。

 その体にはおよそ温もりと呼べるものはなかった。

 意地汚く否定したことは現実だったとそこでやっと認めることとなった。        

         

         夫が死んだ


 「いや、いや、いやーーーーーーーー!」

 リビングに発狂が木霊する。

 優しかった夫の笑顔を思い出す。たよりになった夫の姿を思い出す。しかし、最近の思い出だけは不倫相手でぬりつぶされており、夫と過ごした思い出が出てこない。

 

 アルバムはどうだと、廃棄されていることも忘れ、アルバムをさがす。


 (ないないないないないないないないない!)


 ものをひっくり返して、引き出して、走り回って、必死にさがす。しかし、なかなかアルバムは出てこない。


 「あった!」

 至るところが乱雑に物がひっくり返された部屋の中、見つかった1つのアルバムのページをひとつひとつ見返していった。

 

 「な、い?」

 結果からいうとアルバムは見事に真っ白だった。

 この家に夫に関連したものはないと、突きつけるように何も載せられていなかった。

 望みは絶たれ、夫との思い出を象徴するものはもうない。

 再び絶望に引き戻されたその時、思い出した。


 1つだけあったのだ。裏切り者に残されたものが。

 夫を裏切り、夫との思い出を象徴する物が。

 

 それは、夫の脱け殻だった。


 残されたものは他にはない。しかし、脱け殻である。見つかってしまえば終わりだった。すでに壊れか切った妻には希望を逃すわけには行かない。 

 直ぐに保存方法を調べ、必要なものを発注する。

 

 届いた大型の冷蔵庫に夫の脱け殻を入れ、安堵する。

 そして、冷蔵庫を優しく抱きしめ妻は言った。

 

 「ごめんね、裏切りってしまって。もう、昔のアルバムはないけど、これからいーぱい思い出を作っていこうね。」


 それから、壊れた妻は〝夫〟と共に、思い出を作っていったそうだ。

















 「よし、こんな感じかな。」 

 そう言って透華は動かしていたペンを止めた。 

 「私もこうならないために頑張らないとね。」

 そう気合いを入れるのと裏腹に瞳の光を鈍くしていく。

 「絶対にせーちゃんを幸せにするの。」

 この話はあるいはあったかもしれない物語。戒めの物語である。

 

 

 

 

 

 

 

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元夫の遺書 Sニック @Sniku

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