ポテチ喰わなきゃ配信できない
飴色あざらし
ポテチ食べます
「ODSの設定はこれでよし、ツイスターの告知も完了――」
薄暗くした室内の隅でブルーライトの光を浴びながら、俺は満足げに頷いた。
「――はいどうもこんばんちゃ! さどっちチャンネルのゲーム配信へようこそ! 今日はねー最近話題のシューティングゲームの続きをやっていこうと思うんだけど」
誰もいない壁に向かって話しかけてる変人だって? 違う違う。
ほら、モニターの上にマイクが吊るしてあるだろ? 俺はこれに向かって――正確には液晶の奥にいる『みんな』に向かって語りかけてるんだ。
『いよっ、待ってました!』
『糞雑魚なのに大丈夫?』
そうしている内に、早速いつも待機している常連の人たちがコメントを書いてくれた。
「舐めて貰っちゃ困るぜ。なにせこの日の為に新しいコントローラーを買ったんだからな! 取り外し可能スティックで指に最適化された俺のプレイング、ビビッて漏らすなよ?」
顔が一番映える角度に設置しておいたカメラに、税込み一万三千円の最新連射コントローラーを掲げる。
今月は視聴者の援助が少なかったので家計が危ないのだが、経費で落とすつもりで大枚をはたいた代物だ。
『デバイス変えただけで自分が上手くなったと勘違いしてるかわいそうな人』
『高ければ高い程壊れやすいって知ってる?』
『ワクワク』
なのに視聴者の反応は素っ気ない。好意的な返事がきたのはたったの一件である。
配信開始直後は視聴者がまだ揃っていないので仕方ないが、値段に見合う成果が欲しかった。
雑談の話題にするつもりが、広げにくく収束しやすい流れになってしまった。
コメント欄も次なる話題を求めて早くも催促を始めている。
仕方ない、ここからはゲーム実況で盛り上げるとしよう。
それが配信の醍醐味でもあるわけだし。
俺は『youcube』という配信専門サイトで生計を立てている。
主にゲーム実況を行い、今のように視聴者と交流しながら単価の決まった広告を流したり、『スクエア』というサイト内通貨を視聴者から送ってもらって――いわゆる投げ銭を受け取っている。
始めは視聴者が全くいなかったものの、大学生活の四年間を全て配信に費やしてようやく家賃、光熱費、食費の全てが賄えるようになった。
配信界隈は喰うか喰われるかの弱肉強食で、仕事にするには相応の対価が必要だったのだ。
「だーっつ、強すぎんだろ! この遮蔽使われたら負け確じゃん!?」
しかし。
『下手じゃね?』
『プレイングなにも変わってなくて草』
配信開始から三十分。
視聴者数がいつも通りにまで増加し一定の収益が見込めても尚、俺の表情は優れない。
投げ銭も貰って、登録者数も徐々に増えているのに何が不満なのか――その答えは近頃のコメントの風潮にある。
『このゲームやめちまえ』
『演技じみた実況お疲れ様』
『叫ぶ事に味を占めた悲しきモンスター』
『よっわ』
ご覧の通り、辛辣な発言しか飛んでこないのだ。
昔にも似たような中傷文が届いた経験があるにせよ、せいぜい半年に一回あるかどうかといった頻度だった。
なのに今のコメントはほとんどが暴言すれすれの皮肉ばかり。モデレーターもどの発言を消せばいいのか立往生する始末である。
呼吸と同じ要領で悪口が書き込まれる現象は、ここ三カ月で急激に増えている。
流石に慌てて原因を調べると、どうやら遊んでいるソフトが諸悪の根源のようなのだ。
この表現だとゲームの悪評を広めているようだが、俺が言いたいのはコンテンツの担い手となる年齢層だ。
数カ月前に遊んでいたゲームが大人に人気だったのに対し、実況中のものは小学生に絶大な支持を得ている。
子供の方が時間を持て余しているお陰で視聴時間分の広告収益が増え、登録者は以前と比べ物にならない程増えたのだが、如何せん情緒の未発達な少年だ。
『面白くない』
『いつになったら上手くなるの?』
『今日同級生の子からラブレターを貰いました。どうしたらいいですか』
……最後のは可愛いから許そう。
まあとにかく、この様に暴言が吹き荒れる混沌とした配信になってしまった。
昔のファンは愛想を尽かして離れていき、増えた広告収益と減った投げ銭の額で差し引きはほぼ零。このゲームを止めれば子供の視聴者も消えて素寒貧になってしまう。
――投げ銭が減るのは子供がクレジットカードを持っていないからだ。『youcube』内ではカード払い以外の方法がない。稀に親のカード番号を使って連続して投げる子供がいるが、流石に良心がとがめるので止めさせている――
閑話休題。
生活がかかった活動でこんな惨状になればストレスがたまるのはもはや必然。
配信前になると胃が痛みだし、終えた後に寝ると翌朝枕に大量の髪の毛が落ちている。このままだと目ざとい視聴者に気づかれ、新しい悪口のネタにされるだろう。
これ以上の暴言も、ストレスの種ももうこりごりだった。
しかし視聴者を失うわけにはいかない。マイクには乗せれないが、彼らは貴重な収入源なのだ。
ならばどうすればよいか。
決まっている――配信のストレスを減らすのだ。
「皆そうカッカしないでさ――ここから連勝するから楽しみにしてろよな!」
俺はワイプに満面の笑みを貼り付けながら、画面外の収納棚へと手を伸ばす。
下から三番目の引き出しに、それは何種類もの味を秘めて佇んでいた。
芋の妖精らしきキャラクターが印刷され、その上にでかでかと『ポテトチッブズ・魅惑の混合塩』と刻印されたお菓子である。
カメラの死角になるよう苦心して、袋特有の音も出さないようにそっとつまむ。
視聴者に気付かれないようにするのが最重要ポイント。
『口だけよく動くよね』
『庇いきれない沼プレイ』
くっくっく、好きなだけ罵るといい。
袋を京都の金物屋で購入した一点物の鋏で静かに開け、油汚れがコントローラーに付着しないよう菜箸で焦げ目がほんのり残る一枚を取り出す。
少し赤みがかった結晶から判断するに、鯛の顎だし塩で間違いないだろう。
ポテトチッブズ製造社が社運をかけて発売した新商品、もう我慢できない。
世界で最も速い鳥らしいハヤブサをも凌駕する速度で、俺は画面外でポテチを
「うっま!!」
海の恵みならではの優しい塩味と甘い舌ざわり、緩急をつけて訪れる既製品『こいしお』のがつんとした塩辛さ。
最上級の一枚を選んだお陰で油の乗りも申し分なく、口に含んで噛み砕いたかと思えばもう唾液に溶けてなくなっていた。
『いや今のも下手だった』
『ハードルが下がり過ぎてる』
『今日はもうやめといたら?』
負けた直後に食べたので視聴者の反応に食い違いがあるが、裏返せば俺がポテチを食べたのを察知されなかったという事になる。
「ふぅー」
これが俺のストレス解消法、名付けて『食ポテチキンレース』だ。
馬鹿らしいと思ったか? しかしこれが想像以上に面白いんだよ。
インターネットという世界に向かって己の姿を発信しているのに関わらず、未だに誰一人として俺がポテチを食べている事に気付かないのだ。
辛辣な視聴者だし、配信中にゲームと平行してお菓子を食べてるのを良しとするはずもない。
見つかったが最後、
『ゲームに集中して』
『失望しました』
『ファン辞めます』
などと吐き捨てて、最悪の場合他の配信者へと流れてしまうだろう。
下手を打てば稼ぎを失う極限のスリルと、達成した時の味覚から伝わる刺激と一抹の背徳感。
この快感を覚えてしまえば、もう昔の自分には戻れない。
――配信を生業としている者が行うには余りに下策であると、他でもない俺が一番理解している。
だが、こうでもしないと溜まりに溜まったストレスは解消されない。
色々試行錯誤した結果も、配信のストレスは配信で解決するしかないという結論に落ち着いた。
「よーし、次の試合はもっと格好よく戦っちゃうぞ!」
ポテチをもう一枚音速で口に含んで嚥下してから、俺は意気揚々としている体でコントローラーを握った。
ゲーム実況をしている俺にとっての武器がコントローラーなら、隠し持ったもう一本の剣はポテトチッブズだ。
スティックを操作してゲーム内で舞う俺は仮想空間を、菜箸を操ってポテチを喰らう俺は現実世界を相手取っている。
仮想と現実が入り乱れるこの現代で二つの武器は協調し、生きるための道を切り開く。
食ポテチキンレースはストレスを解消し、自分を守るための盾ではない。
上っ面の適当な言葉を並べ、俺の内なる苦悩を見抜かない視聴者へのささやかな抵抗なのだ。
「右に回避してから――ここで突き刺し! おっしゃ勝ったぞ!」
配信開始から一時間半、ようやく俺は勝利を収める事ができた。
『ぱちぱちぱちぱち』
『凄いじゃん』
『まぐれなのに喜ばないで』
『その調子!』
いつもなら悪いコメントの方に目が行ってしまう所でも、僅かに生まれた余裕が賞賛を捉える。
悪口が大半とは言っても、相手はまだ小学生。忖度や接待を知らないだけで、きちんと勝てれば掌をすぐさまひっくり返す。
――強くなりさえすれば、こんな気苦労ともおさらばだ。
逆境にも条件付きの期限が設けられていると知っているからこそ、ポテチを食べるだけで我慢できている。
さっきから口に入れる勢いが凄まじいのも、次の勝利をもぎ取るための景気づけだ。
乾いた喉を炭酸飲料で潤し、強くなった自分を夢想する。
ゲーム内でも、精神面でも成長した大物配信者。
それまではコントローラとポテチ、二本の剣で舵を取り――仮想空間の大海原を渡り切ってみせる!
「それじゃぁ今度は二連勝チャレンジしちゃおうかな!?」
口の端にポテチの欠片が付いているとも知らずに、俺はカメラに向かってそう宣言したのだった。
ポテチ喰わなきゃ配信できない 飴色あざらし @AMEIROAZARASHI
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