旅の剣士コギトの幕間
秋空 脱兎
VS『鹿角のエルムースク』
どこかの世界、荒れ果てた城の一角にて。
カーキ色のジャケットを着た長い黒髪の少女──コギトが、三メートルの巨体を誇るヘラジカのような角を持つ怪人との戦闘を始め、既に十分が経過していた。
視界の左斜め上から迫る即死の一撃を察知して、左手で持った剣に右手を添え、斬り上げで受け止める。
壮絶な衝撃が剣から腕を伝ってコギトの全身に響き渡り、後方へ吹き飛ばされる。
コギトは苦も無く着地して、
「……っ」
舐めていた訳じゃないけど思ってたより強い、と思った。それと同時に、口の端に笑みを浮かべる。相対する巨人は、久し振りの強敵だった。
巨人が、右手に持った己の得物──
「その程度か?」
「……今更煽り?
「左腰の
それを聞いたコギトは、少し意外そうな表情になった。
「どうした、飾りでないのなら、抜くがいい」
「……それ、本気? それとも不意討ち対策?」
「どうなのだ」
「…………」
コギトは左腰の剣を見て、すぐに視線を巨人に戻し、
「……どう?」
『大丈夫、行ける。構わず使って』
『僕も賛成。手数増やさないと、このままじゃたぶん危ない』
左腰の剣の鍔、左手の剣。それぞれから少女のような声が聞こえて、
「分かった。やるぞ」
『そう来なくっちゃ!』
左腰の剣が応える。
コギトは剣を鞘に固定する帯のボタンを鍔から外し、柄を握り、一息に引き抜いた。
その剣は中程から真っ二つに折れていたのだが、
「──『光を帯びて刃と見做す』──」
コギトが、存在しない剣身をなぞるように左手を動かし、言葉を唱える。
その胸の中心に青白い光が生まれた。それは色を黄金に変えながら右の剣に流れ込み、片刃の剣身を形作った。
「──後悔するなよ、強敵君?」
コギトはそう言って、不敵な笑みを巨人に向けた。
「──フ、喋る剣、光の刀か。面白い。
鹿角のエルムースクと名乗った巨人がマントを翻し、ブンと戦斧を振り上げ、肩に担いだ。
右手から戦斧の刃へ琥珀色の光が流れる。それは斧の刃を大型化し、槍の穂先を形作り、戦斧をハルバードへ変貌させた。
「えぇ⁉」『ウソ⁉』『マジか⁉』
驚愕するコギトと二振りの剣を見て、エルムースクはニヤリと笑って見せた。
コギトはこっそり右足で半歩下がりつつ、悟られないように言葉をぶつける。
「それそっちも出来るの⁉」
「だから抜かぬのかと問うた。それに、出来ぬとは言っていない」
「そうだけどさぁ……」
「怖じ気付いたか?」
「……ふっ、まさか。逆に
コギトは啖呵を切ると、左半身をエルムースクに向け、右の
コギトとエルムースクは円を描くようにじりじりと距離を詰め、
「行くぞっ!」『参るっ!』『参る!』
「ウオオオオオッ!」
全員がほぼ同時に叫び、一気に距離を詰めた。
エルムースクがハルバードをコギト目掛けて振り下ろす。
コギトはそれをギリギリで右にステップを踏んで回避し、そのままエルムースクの懐、コギトから見て右側に飛び込み、すれ違いざまに両手の剣で斬り付ける。
次の瞬間コギトの手に伝わったのは、何かを斬る感触ではなかった。カ、カン! という音という硬質な音が戦場に広がる。
コギトが振り向くと、エルムースクの左手に寸前まで存在していなかった小型の
コギトが目を見開く。考える間もなく顔面へ飛んできた円盾を左腕で払い落とす。
エルムースクは円盾を投擲した動きに合わせ、ハルバードで薙ぎ払った。コギトがそれを屈んで回避したのを見て、得物を両手で持ち直し、石突の先端で突く。
コギトは左の剣で攻撃の軌道をずらし、石突の先端が地面に向くように押さえ、右の光刀を振り上げる。
光刀がハルバードの柄を捉え、中程から焼き切った。
「ぬおっ⁉」
エルムースクが体勢を崩す。
『今だ!』『勝機!』
「おぉっ!」
左右の剣とコギトが吼える。
コギトは立ち上がりながら、左の剣をエルムースクの喉元に突き立てようと間合いを詰め──
「──舐めるなァッ‼」
エルムースクがハルバードから右手を放し、拳を握り裏拳を放った。
「ぎゃうっ⁉」
裏拳が右の肋骨の下に突き刺さり、コギトが弾き飛ばされる。
石畳の地面に激突し、二度跳びはねて転がって止まった。
「げほッ……、やったなあ~……!」
コギトが凶悪な笑みを浮かべる。
『ちょ、顔!』『抑えて抑えて!』
「っとごめん、頭に血が上って勝てる相手じゃないね」
コギト達の会話を他所に、エルムースクが切り落とされた槍の柄を左手で拾い上げる。
左手から柄へ琥珀色の光が流れ、ブロードソードを形成した。
柄が短くなったハルバードを肩に担ぐように掲げ、ブロードソードをコギトに向けて構えたのを見て、
「そっちもやるんだ、
「応とも」
「判った。……次で決める」
コギトは立ち上がると、左右の剣の切っ先を合せるように下段に構えた。
深呼吸、
「──参る!」
「来るが良い!」
コギトがエルムースクの間合いに飛び込んだ。
ブロードソードが僅かに動いた瞬間、右足で踏み込み光刀で上から抑える。
光刀を振るのとほぼ同時に、ハルバードがコギトの小さな頭へと振り下ろされる。
コギトはもう左足でもう一歩踏み込み、左の剣でハルバードの斧の部位を受け止める。
コギトは更に右足で踏み込んだ。光刀を振り上げ、エルムースクの首に力の限り叩き込む。
「ぐうっ……!」
「うおぉっ!」
刺さりはしたが、決め手にはなっていない。
コギトは一度右手を刀から離し、その柄を逆手に持ち直すように、殴りつけるように押し込んだ。
エルムースクの首が断たれ、それがトドメになった。
エルムースクの巨体が崩れ落ち、コギトに覆い被さろうとした刹那。
その身体が、大爆発を起こした。
その内側から灰色の風が広がり、爆炎と黒煙を跡形もなく吹き飛ばしていった。
──オオオ……おのれ……! 見事、なり……──
辺りに吹く風を伝って、エルムースクの声が響く。
──しかし、口惜しや……このエルムースク、必ず……!──
そこまで言って、声は途絶えた。
エルムースクの首を落とした姿勢のまま動きを止めていたコギトは、剣を下ろし、その場に座り込んだ。
「勝てた……強かった……」
『勝てたね』『強かったね』
「……さっきのさ、あなた達にも聞こえた?」
『口惜しや~って?』
右の光刀が答える。同時に、刀身を形成していた光が
「そうそれ。気のせいじゃないか……」
言いながら、周囲を見る。
エルムースクの攻撃によって付けられた死闘の痕跡だけが、そこにはあった。
「…………」
コギトは一度目を閉じ、開くと、ゆっくりと立ち上がった。左右の剣をそれぞれの鞘に納め、
「行こう。目的地はまだ先のようだから」
そう言って、城の最深部へと歩みを進めるのだった。
旅の剣士コギトの幕間 秋空 脱兎 @ameh
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