親友と恋人

杜侍音

親友と恋人


「──うまく行くかな」

「だーいじょうぶだっての! 当たって砕け散って来いよ!」

「それは嫌だなぁ……」


 俺の親友はヘタレながらも決意し、決着の場へと向かった。普段はバレー部のエースとして頼りがいのあるその大きな背中は、不安で圧縮されて小さくなっていた。

 けど、やる時はやる男だ。告白自体は見届けることができそうだ。


 先日、彼は一目惚れをしたという。

 いつも同じ曜日の同じ時間に現れるらしいその人に心惹かれた友人は、とうとうスマホのシャッターを切ってしまったらしい。

 おいそれ盗撮じゃねぇか、と揶揄いながら見せてもらった写真を見て、電撃が走った。


「ん? もしかしてこの人を知ってる?」

「えっ、あぁ……俺のお、幼馴染だよ……」

「本当か⁉︎ な、なぁ! その子の名前は⁉︎」

「えー……A子」

栄子えいこさんか……いい名前だなー」

「……そうだな」


 そして、どうしても一目惚れしたその子に気持ちを伝えたいということで、俺の計らいで本日会うことになっている。

 俺は親友として、あいつの恋路が上手く行くことを心から願っている。

 けど、それが叶うことはないと知っている……だって……


 その子は〝俺〟だからな⁉︎


「ちくしょぉぉ‼︎」


 俺は親友の背が見えなくなった途端、公衆トイレに向かって走り出した。


 俺には女装癖があった。

 昔から女の子と間違えられる容貌と成長しない細身の体型に加え、両親やご近所さんから可愛い可愛いと言われて育ってきた。

 それはいつしか、自分の承認欲求を満たすための言葉となり、自ら可愛いを求めるためにその道を進み出したのだ。

 最初は可愛い服を身に纏い、カツラを被り、メイクを施し、鏡に映る自分を見て満足していた。

 自撮り写真を撮って、思い出として保存するまでにしようと抑えていたが、どうしてもこの姿で街に出てみたいと思って、二ヶ月ほど前から休みの日は毎週欠かさず出かけるようになっていた。

 家族もこの姿は理解してくれている。完璧な女装だから、街の人に不審がられることもなければ、知り合いを見かけたとて気付かれることはないと思っていた。

 それが、まさか親友に好意を寄せられることになるとは……‼︎


 最初からその子は知らないと、しらを切れば良かったと今になって思う。

 でも、可愛いと思ってくれたのは素直に嬉しかったよ。

 けど、ごめん……俺は今日お前を振る。

 そして、お前にそんな悲しい想いをさせるならば、もう俺はこの姿で街に出ることは二度としない。

 俺もまた、あいつと同じように一大決心をしたのだ。



   **



「……あ、栄子さん! ですよね……?」

「ど、どうも〜……」


 一時間後、ハロウィンの時によく着替え場所として勝手に使われる公衆トイレで、最後だからと決めたお気に入りの服になるべく急いで着替えて、俺が指定した待ち合わせ場所に着いた。

 道中、走ってきたからだいぶ息がキツい。高い声を意識してみるが、裏返って変な声が出た。


「くっ……、今日は一段と色気が凄いなぁ……!」


 なんか親友がほざいている。

 本当に俺の女装姿に惚れ込んでいるようだ。三十分以上待たされていても文句の一つも言わなかった。


「……あの、栄子さん。俺の親友、あぁ、栄子さんの幼馴染から聞いたと思いますが、俺は君に、どうしても伝えたいことがあって来ました」


 ……こいつも、俺のことを親友だと思ってくれている。ほんと何から何まで嬉しいよ。

 心苦しいが、ちゃんと返事をしよう。


「俺と、付き合ってくれませんか! よ、よろしくお願いします‼︎」

「……ごめんなさい」


 本当にすまない。

 お前に淡い想いを抱かせて、変な期待までさせてしまった。


「そうですか……そうですよね。こちらこそいきなり言ってごめんなさい。また、あいつにもよろしくお伝えください……! それじゃあ……」


 トボトボと肩を落として帰ろうとする親友。

 責任持って、俺が励ましてやるから……あ、あれ……?


 何で俺……泣いてんだよ。

 もう好きな格好できなくなるから? それとも親友がフラれたのに同情したから?


「……待ってくれ!」


 違う──俺はたった一人の親友に嘘をついたことが悔しいからだ。悔し過ぎて涙が溢れてしまったんだ。

 俺はカツラを外し、いつも通りの声で親友を呼び止めた。


「え……? えぇっ⁉︎ お前どうして、てかその格好……⁉︎」

「騙してすまなかった! お前が一目惚れした栄子はこの世には存在しない。あれは、俺が女装した姿なんだよ‼︎」


 俺は全てを話した。趣味で女装していること。その姿で街に出ていること。そして、お前が好きになったのはその時の俺で、もう傷付けないために女装はもうしないということを。


「そ、そうだったのか……。てか、何で泣いてんだよ!」

「う、うるせぇ……! 罪悪感から来る冷や汗だこれは! 笑いたきゃ笑え!」

「笑わないよ。てか、俺だって大事な親友を女の子と間違えたんだ。お互い様だろ」


 まぁ、確かに。

 将来、こんなことがあったんだぜって笑いを取れるような良いエピソードを持ったもんだ。


「……そっか、そうだったのか。じゃあ、フラれたことは一度取り消しとなるわけか」

「え?」

「お前だと分かった上でもう一度言うよ。好きだ」

「はぁ⁉︎ ちょ、お前、そうなの⁉︎」

「俺は好きな人だったら性別なんてどうでもいいよ。一目惚れしたのがお前だってのにもなんか納得いったしな!」

「そ、そうか……」

「で、返事は? 別に気遣ってOKしなくてもいいんだぞ。俺はどっちの答えが返ってきても、親友でも恋人でも大丈夫……つって、それはこっちの勝手だよな、お前が色々と気にするだろうし」


「……いいけど」


「……え⁉︎」

「どっちでもいいってことだ! 親友でも恋人でも、お前と一緒にいられりゃ何だっていい!」

「ははっ、なんだよ、両想いかよ」


 両想いってのは、これからもずっと一緒にいたいという意味だからな。決して恋愛的な意味では──とは野暮だから口にはしなかった。


「それに女装はやめるとは言わずにさ。これからも好きな姿でいてくれよ。もっと色々と見てみたいし」

「まぁ、気分による。お前には見せないかもな」

「えー? 似合ってるのにか?」

「う、うるせぇ! 似合ってるじゃなくて、可愛いって言えや‼︎」


 俺はこれからこいつの親友でもあり、恋人でもある。

 二刀流の付き合いとなった。

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親友と恋人 杜侍音 @nekousagi

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