ベールデーマ──オージャでよく食べられているティリを絡めた炒め物
くれは
バイグォ・ハサムの向こう岸で
久しぶりに文字を書いたら懐かしくなってしまったので、こうやってまた文字を書いてみようと思った。シャーペンの芯はこちらの世界に来る前にちょうど買い換えたばかりだったから、まだしばらくはこうして書いていられると思う。ノートの方はみんな使いかけだけど、それでも各教科合わせたら、結構な量が残っているんじゃないかと思う。
足りなければ、プリントの裏面とかも使えるだろうし。
今は、バイグォ・ハサムを船で渡って向こう岸に着いたところだ。明日は旅の支度をして、そのあとにはミンヤー・ブッカウという場所に向かって歩くことになる。船で一緒になったルームさんという人に、案内を頼めることになった。今まで、いろんな人にこうやって親切にしてもらっている。
夕飯にはストゥ・ティヤを食べた。シルは相変わらず具をたくさん選んで乗せていた。俺は、これまで食べた具の中だと肉団子っぽいものととろりとした歯ごたえの野菜が好きだ。この野菜は、白っぽくて、スープをたっぷり吸い込んで、舌で潰せるくらいに柔らかい。まだ、この野菜の名前はわからないんだけど。
今日食べたストゥ・ティヤは、前に食べたものよりも麺が細かった気がする。スープは魚の味よりも肉の味の方が強く感じられた。同じ湖の周辺の地域で、同じ言葉を使う同じ文化の中で、同じ名前の料理でもかなりバリエーションがあるらしい。考えたら、料理というのはそういうものかもしれない。
日本でだって、同じ名前だけど地域によって違うもの、という料理はいろいろとあった気がする。地域どころか、家ごとにそれぞれの味があるなんて話もあるし。同じ人が作ってもその時の材料だとか気分だとかで味が変わることもあるだろうし、そういうのは自然なことだって気もする。もしかしたら、レシピがあってレシピの通りに作れば同じ味になるというのは、とんでもなくすごいことなのかもしれない。
今までいろんな場所を旅していろんなものを食べてきたけど、もし次があっても同じものが食べられるかはわからないってことだ。
ストゥというのは、どうやらスープのことらしい。具を煮込んだ汁物。ティヤは、多分麺のこと。
麺の材料は、ハウと呼ばれる植物。俺は加工されたものしか見たことがないのでこれがどういう植物かはわかってない。でも、船の上から畑のような場所を見た。そこに稲穂のような植物が揺れていた。もしかしたら、あれがハウかもしれないと思っている。その時は、ちょうどそれを聞ける人がいなかったから、それが正しいかはわかってない。
この先、歩いて旅をする中でルームさんに聞けるタイミングもあるかもしれないとは思っている。
料理の名前の意味は、わかることもあるしわからないままになることもある。名前もいろいろだ。ストゥ・ティヤは意味がわかればわかりやすい。「スープと麺」ということだ。
タザーヘル・ガニュンで食べたスラク・ファヤは「煮た豆」だし、ファヤ・ビーダは「豆と卵」という意味だった。この辺りはわかりやすい。
同じタザーヘル・ガニュンのルハル・ナーの意味は、今もよくわかってない。だって、どう考えても神様の名前と同じだ。なんで神様の名前が食べ物の名前なのか、ちっともわからない。わからないなりにあれこれ考えて、日本でも食べ物に歴史上の人物の名前が使われていることはあるから、それに近いのかもしれないと思うことにはした。
そうやって考えていると、あのとんでもなくからいルハル・ナーの味を思い出してしまう。何度思い出しても俺には食べられる気はしなくって、それでルハル・ナーについては考えるのをやめてしまう。
オージャのニッシ・メ・ラーゴで食べたベールデーマという料理も、ずっと名前の意味がわからないままだった。
俺が最初に食べたベールデーマには、ひき肉が使われていた。それと、じゃがいもっぽい食感の野菜と、ころころしたきのこっぽいもの。それからたっぷりのティリ。ティリは、多分チーズだと思う。ギダというヤギに似た家畜の乳を加工したのがティリらしい。
火が通って少ししゃきっとした食感が残るいもは、口の中でかんでいるとほくほくになる。きのこの少しぐにっとするような食感も楽しい。ひき肉の味が全体に絡んで、そこにさらにとろとろとしたティリを絡めて食べる。ひき肉も、多分ギダの肉だ。
その後に別の店で食べたベールデーマは、全然違うものだった。共通点はティリが使われていることくらいだ。肉はひき肉ほど細かくない。適当に切り落としたみたいな大きさ。それから、鮮やかな濃い緑の葉っぱのような野菜と、しゃきしゃきとした何かの茎のような野菜。
ベールデーマという名前で全然別のものが出てきたので、最初は戸惑った。美味しいのは美味しかった。肉はひき肉よりも食べごたえがあったし、とろりとしたティリが絡んだしゃきしゃきとした食感も良かった。緑の葉っぱは、肉の味をたっぷりと吸い込んでいて、それも美味しかった。
それでどうやら、ベールデーマというのは食材を焼くか炒めるかしてティリを絡めたものじゃないかと考えた。
そのくらい、ベールデーマはバリエーション豊かだった。肉じゃなくて魚が使われてることもあった。
ベールデーマの言葉の意味を知ったのは、オージャを出てルキエーに行ってからだ。ルキエーではラーロウという人に案内を頼んだ。ラーロウは多分俺と同い年くらいで、学校の友達と話している気分になれた。話しやすかったからよく話した。
話したって言っても、俺はその時はまだルキエーの言葉をほとんど知らなくて、オージャの言葉もカタコトだった。ラーロウはオージャの言葉を喋れはしたけど、間違っていることもあるみたいだった。
それで、二人でオージャの言葉とルキエーの言葉と、それから日本語も使って話したんだった。ラーロウは俺の話す言葉を面白がって、いくつかの日本語を覚えてしまった。それで、二人で話して、俺もラーロウも言葉がきっとデタラメだったから、それが面白くて二人でバカみたいに笑ったりしてた。
なんの時だったか、こういうのが「ベールデーマ」だと教えてもらった。すぐには意味がわからなかった。
めちゃくちゃ、バカみたい、デタラメ、面白い、楽しい、いろんな意味を考えて、ラーロウにもあれこれと説明してもらって、それで辿り着いたのが「ごちゃ混ぜ」だ。
ベールデーマという料理はきっと、その時そこにある食材をティリでごちゃ混ぜにして食べる料理ってことじゃないかと思った。それに気付いたときにはオージャどころかルキエーだって通り過ぎていたし、今いる場所にはベールデーマなんて言葉も料理も知っている人はいないから、答え合わせはできないけど。
久しぶりに長い文章を書いたら手が疲れた。字を書くときってこんなに力を入れてたっけ。
なんだか食べ物のことばかり書いてしまったけど、この世界に来てから食べるってことはすごいことだと思ってばかりだから、そうなるのかもしれない。シルが美味しいものを食べて、はしゃいで笑うのもわかる。俺だってきっと、美味しいものを食べたときには笑ってしまっている。
名前がわからなくても、言葉がわからなくても、食べれば味がわかるし、美味しいものは美味しい。それはやっぱり、すごいことだと思う。
ベールデーマ──オージャでよく食べられているティリを絡めた炒め物 くれは @kurehaa
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