(KAC20221)先生、癒してください

麻木香豆

二刀流

 ここはとある部屋。全面的に真っ白で大きな窓が外からの光を入れて照明もいらないくらい明るい。

 まだお昼十二時半。女性医師は時計を置き患者を手招く。

 患者である富樫はその部屋の中に座っている女性医師の前に座る。診察室の中では彼女だけである。

 とても美しく口角も上がっており、富樫をじっと見つめている。


「本日はどうされましたか」

 そう女性医師が尋ねる。

「……その、なかなか寝付けないのです。夜」

「そうなんですね。どれくらい寝てらっしゃるんですか」

「3、4時間寝られたらいいくらいで。仕事が忙しくてやりたいことがたくさんあってそれがバランスよくできなくてストレスになって目が冴えてしまうんです」

「なるほど……じゃあそちらに横たわってください」


 エェッと富樫はつい声が出てしまった。ただ眠れないっていうだけで横になる、それにただでさえよく寝られなくて今でも常に眠い状態である。

 もしかしたらこのまま横になったら寝てしまうのではと思いながらも言われた通り富樫は横になった。


 そして窓はブラインドが締められ一気に暗くなった。

「あぁ、このままでは寝てしまう」

「ねちゃ駄目ですよ。診察しなくてはいけないのですから」

 女性医師はとても優しい声でいうものだから富樫は余計眠くなってしまう。

「今寝てしまったらまた夜眠れなくなってしまう」

「そうですよ……今はただリラックスして……ね、富樫さん。日頃お疲れなんです。今の仕事は本当に大切なものですか」

「大切です、今の仕事がないと生活できません」

「生活するためのお仕事なのですね、楽しんでますか」

「……正直楽しめていません、でも仕事をしないと……」


 女性医師は富樫の手を握る。富樫はハッとして目が覚めて体を起こそうとするがそっと再び横にさせられる。

「そのままでいいんですか。もしかして、仕事……掛け持ちしてるんじゃ」

 図星だった。

「はい、昼は幼稚園教師で夜は……お恥ずかしい話……ホストをしております」

「そうなの!」

 女性医師は驚く。


「日中は子供、夜は大人の男女のお相手をしてるんです」

「凄いじゃないですか……老若男女……男性に好かれるホストもいいじゃないですか」

「そうですね、若い子が好きなおじさまたちも来ますからね……すごい世界です。ホストってだけで色んな人からちやほやされて……嬉しいっす」

「そういえば、幼稚園教師は免許を取らなきゃいけないけど……」

「そうですね、子供の頃から幼稚園の先生に憧れて学校まで通って免許を取りましたがやはり給料も低く、正規雇用も少なくて週に数日勤務なんですけど女性社会の中で男1人は流石に針のむしろ、男の先生だからって重労働させられるし、体を思いっきり使ったあそびを期待されるし……女のいがみ合いに巻こまれてストレスが溜まってストレス発散できて給料のいい仕事ないかなぁって行き着いたのがホストでした」

 ふふふふ、と女性医師が笑った。


「それはそれは……もうホスト一本で行ったらどうです?」

 富樫は彼女の手を握ったまま首を横に振る。

「いや、そうなんだけどね。ホストもホストで仲間の中での競争があって……お客さんの奪い合いとか大変でそれにストレスを感じちゃって………一応ホストの次の日は休んで幼稚園勤務のシフトを組んでもらってるんですけど幼稚園行くと癒されるんですよ」

「すごいですね。大人にも子供にもちやほやされている……羨ましい」

「滅多にないっすよねー贅沢言っちゃ駄目だなぁ、僕。あとさ……僕は体を動かすよりも何か作るのが好きで、ほらこの写真見て」


 富樫は横に置いたスマホを横になったまま女性医師に見せる。画面には幼稚園と思われる教室の壁一面に飾られているのはたくさんの人気キャラや動物たちの壁面だった。

「こういうのが好きで幼稚園の先生になりたかったんだ、実際ほとんど僕が担当して他の先生は保育に集中できるって喜んでくれるけど流石に僕1人で全クラス担当できないからじゃんけんで決めることになったら、もう大騒動」


「さすが、幼稚園でも富樫さん大人気。こりゃ重宝されますよー幼稚園側も辞めさせてもらえない。女性の先生もあなたを取り合うほど、すごいですわ」

 富樫は笑った。

「そりゃ、俺ホストだもん……でさ、ホストの職場の装飾も俺がやっててさ、ほら」

 と再びスマホを富樫は見せた。写っているのはさっきの可愛らしい壁面とは違ってゴージャスでエレガントな飾りであった。


「すごーい、職人技じゃないですか」

「これ全部手作りだよ、俺の。既製品じゃできないよ……すごい時は机の上の右側は幼稚園の壁に貼る可愛いキャラクター作り、左側はエキゾチックな飾り作りやってるんだよね」

「そうなんですねー、もう二刀流じゃないですか」

「昼も夜も、子供も大人も相手にできる幼稚園勤めのホスト、最高だろー」

「最高ですー、富樫さん! さすがっ」


 ここに来る前にあった不満が全て吐き出されたのか富樫はとてもスッキリしている。幼稚園教師もホストもほぼ週二数回ずつの勤務でもあるが休みの日も壁面の制作や常連のお客さんとのメールでなかなか休むにも休めておらず友達や知り合いにも会えなくて人にこうやって話をする機会がなかったのだ。


「大変だと思うけどいかに自分の時間やこうやって人に吐き出す時間や機会を増やすかが課題になるわね。さっきはホストだけにしたらって言ったけど、その課題を解決していったらバランス良くお仕事ができてしっかり眠れるようになると思うわ」


 女性医師がそう言って微笑むと富樫は起き上がってずっと握ってた彼女の手をさらに握った。女性医師はふと横の時計を見た。



「じゃあそろそろ本題、いいかな……今日は二時間コースでお話に一時間かかっちゃたから残り一時間……オイルマッサージ全身、下半身全集中コースお願いしますー」

 富樫はさっきよりもとびっきりの笑顔で女性医師にニコニコっとお願いする。


「はーい、じゃあシャワー浴びてきてくださいね。後から私も検診に参りますわ」

 富樫はルンルンで浴室に行く。……女性医師のコスプレのオプションを着た女性、亜佑美はそういう男性にサービスをする専門の女性従業員である。


 部屋に入ってきた瞬間から病院という設定で女性医師と男性患者のシチュエーションというオプションであった。

 オプションがつけばつくほど亜佑美の給与は増える。だがさっきのカウンセリングはオプション代には含まれず、無料で愚痴というか自慢ばなしを聞いていただけである。しかも残りのマッサージを一時間で満足のいく形で終わらせないといけないのである。


 満足のいく形で、というのがポイントである。満足するまで延長料金を取ればいいのだが話を聞くぶんには延長する気もなさそうだと長年の勘で亜佑美は察した。


「あと一時間でか……まぁなんだかんだでおだてて延長とさらにオプションつけさせればいいか。てか同業と会うの気まずいし」

 とぼやきながら亜佑美は首をぼきぼき鳴らして浴室に向かった。


 実は彼女も平日は幼稚園勤務、土日にこういうマッサージの仕事をしている。同じく二刀流であったのは口が裂けてもいえないのであった。




 終

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

(KAC20221)先生、癒してください 麻木香豆 @hacchi3dayo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ