第11話 お弁当はみんな一緒に食べましょう その③



 祐介の残した痕跡を辿る鉄臣。一つ一つ落ちていた焼きそばを拾いながら、ゆっくりと階段を下りていく。だが、その痕跡は途中でふつりと途絶え、鉄臣は出鼻をくじかれていた。

 他になにか証拠はないかぐるりと辺りを見渡す。だが、それらしいものはなにも落ちておらず、丁寧にワックスがけされたリノリウムの床だけがあった。


「地道に探すしかないか。……それにしても、なんか静かだな」


 いつもの昼休みであれば、鉄臣がうんざりするほどの騒ぎ声が廊下まで響いているはずだった。それはどこの学校でもそうだろう、休み時間は、各々羽を伸ばす時間だ。

 だが今日は、声が聞こえはするが、落ち着いた話声が中心で、鉄臣は首を傾げた。


「なあ、青柳を見なかったか?」


 鉄臣は、廊下の窓際に立って談笑していた2人組の男子生徒に話しかける。比較的大人そうな見た目をしている2人は、急に話しかけてきた鉄臣を怖がっているのか、背筋を伸ばしてあろうことか敬礼までしていた。


「ひぃ!? …あ、あっちに、行った気がします」


 軽く礼を伝えると、「と、とんでもございません!」と鉄臣の声の5倍近くの声量で応える。まるで軍隊を思わせるその姿に鉄臣は苦笑いを漏らした。

 彼らが指差した先は、中庭だ。鉄臣は逸る気持ちを抑えながら、その場所へと向かった。



◇◇◇



「なんだ、これ……」


 中庭にたどり着いた鉄臣は、予想もしなかった惨状に思わず声を漏らした。木々が等間隔に生やされ、地面は人工芝で覆われた中、30人をゆうに超える数の生徒が、地べたに座り込み、お弁当を広げているのだ。

 いくつかの小さなグループに分かれてはいるが、みんなで仲良く談笑しているように見える。その中に青柳祐介の姿もあった。


 だが、不気味なことに、全員の目は虚ろで動きも緩慢だった。

 具材を掴んで箸を持ち上げても、手の力が上手く入らないのか、お弁当箱の中へと落としてしまっている。しかしそんなことは構わず、箸を口の中へ運んでは、ゆっくりと顎を動かし咀嚼の真似事をしている。

 まるで出来の悪いおままごとを見ているようだ。


 その中でもひと際目を引くのが、その中心にある物体だった。蓋のない大きなお弁当箱を胴体に、昆布巻きの足と卵焼きの左手、そして焼き鮭の右手をもつ変な怪物が陣取っているのだ。それは木と同じくらいの大きさで、剥き出しになった表面からは中身がシンプルな海苔弁当であることが見て取れた。

 それは、辺りを徘徊しては、片っ端からお弁当を奪い、それを箱ごとバリバリと音を立てながら平らげていた。


「……あれは、もしかしてナイトメアか? でも、今まではあんなのじゃなかったよな」


 鉄臣の知っているナイトメアといえば、見ているだけでもゾッとするような闇を纏った風貌、なにも映していないがらんどうな瞳、いわゆる典型的な怪物といった姿だった。

 だが、目の前のお弁当怪人(仮)は、どちらかといえばデフォルメちっくで、同じナイトメアだと言われてもにわかに信じられない。


「……ジャンル的にはキモカワって感じだな。か、かわいい……」

「そこでなにをしている」

「うわぁ!?」


 背後から声をかけられ、鉄臣は思わず飛び上がった。心臓が飛び出そうになるのを必死にせき止め、恐る恐る振り返ると、そこにはローブを纏った人物が立っていた。

 どうやら目の前の怪物に集中しすぎて、気配に全く気付かなかったようだ。

 身長や体格、声の低さからして、男性だろう。ローブを目深に被っているため、その人物の顔はよく見えない。だが、袖から見える鋭い鉤爪は鉄臣に危険人物だと知らせるには十分だった。


 ローブを纏った男は、鼻をすん、と鳴らした。そして、ローブの下でにたりと口角を上げて笑う。


「……お前の夢、美味そうだな」


 少ししわがれた低い声に、鉄臣の背筋に嫌な汗が流れる。咄嗟にミラクルピンクに変身しようと内ポケットに手を伸ばしたが、その違和感に気付いて手を止めた。


(……そうだ、鞄の中に置いてきたんだ)


 顔がサッと青ざめる。タイミングが悪いことに、ミラクルコンパクトは鉄臣の鞄の中で、その当の鞄も屋上にあった。


「おい、木偶の坊、こいつを連れて帰るぞ。球が足りない」


 弁当箱を奪って嚥下していた怪物の目がぎょろりと鉄臣を捉えた。デフォルメちっくだったはずのその目が不気味に赤く光り、巨大な体を揺らしながら鉄臣の元に近付いてくる。

 迫りくる危機だが、鉄臣の身体はその場に縫い付けられたように動かない。

 そんな鉄臣に、焼き鮭を模した怪物の腕がそっと伸ばされた。頭だけは守るように、顔の前で腕をクロスさせ姿勢を低くさせる。


『取りに帰る間に誰かが怪我したらどうするクル!』


 目をキツく閉じると、今朝のミクルの姿が脳裏に浮かんだ。彼女の言った通りだ。恥ずかしがらずに、肌身離さず持っているべきだった。

 鉄臣がそう後悔したその時。


 ボン!

 大きな音がしてすぐ、辺りに煙幕が舞った。鉄臣の視界が悪くなり咳込む中、服がなにかに引っ張られる感覚があった。それは自分に注目してと言わんばかりに、ぐいぐいと鉄臣を急き立てていた。


「ミクル!?」


 薄く目を開ける鉄臣。そこには、妖精のミクルが、彼女の数十倍の大きさがある鉄臣のカバンを手に、ふらふらと浮いていた。その表情は怒り心頭といった様子で、鉄臣の顔がつい引き攣る。


「だからミラクルコンパクトはいつも身につけておくようにって言ったクル!」

「ああ、ミクルの言う通りだった、すまん」


 鉄臣は今にも墜落してしまいそうな彼女から、カバンを受け取った。そして、ブレザーの胸ポケットに彼女をそっと仕舞う。

 鞄の中から、星型のミラクルコンパクトを取り出して、強く握りしめた。彼の瞳には強い意志が宿っている。


「……行こう、ミクル」

「反省はまた今度クル。ミラクルピンク、出動クル!」


 ミクルが大きく手を振り上げた。鉄臣は、それに呼応するように力いっぱい叫ぶ。


「ミラクルトランスレーション!」


 コンパクトから虹色の光が溢れだし、鉄臣を包む。辺りの煙幕が晴れたころには、セーラーを基調にしたプリーツスカートにふんわりとしたケープ、純白のオペラグローブを身に着けた魔法少女ミラクルピンクが立っていた。


「魔法少女ミラクルピンク、みんなのカワイイを守ります!」

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魔法少女ミラクルピンク、みんなのカワイイを守ります! 猿島茶付 @g_yltj

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