残業1 インスタント麺③

茹で上がった麺に

粉末スープを入れて混ぜる。


その上にカリカリに焼けた肉と

キムチ、ネギを乗せる。


そのまま鍋ごとテーブルへ。

鍋敷きとかそういう小物は

だいたい奏が持っている。

奏はそういうセンスがいい。

小難しい検定を受けては

いつかこれを使って転職するんだ、と

意気込んでいるのが結構気に入っている。


その間に

凌子はいそいそと談話室の

出入り口を閉める。

出入り口は

透明なガラスの引き戸になっていて

閉めるとかなり音も匂いも閉じ込めることが

できる。

このいい匂いと興奮する声を

外に出すわけにはいかない。

「うるさい」と一度でも苦情が来たら

団体生活のなかでの娯楽は一巻の終わり

なのだ。


準備が整ったら

それぞれのうつわに少しずつよそっていく。

さっきまではおしゃべりが多かったのに

この段階になると3人でつい

神妙な顔をしてしまう。

手際も急に良くなる。


完璧だ。


「いただきます!!!」

湯気越しに目を合わす。


22:30、ついにごはんの時間。


「うっま!」

奏が叫ぶ。

「あーしみる…」

「肉…おいしい…」



ここで炭酸を流し込む。

「はーーーーーーーー!」


これ以上の幸福はない、という顔を

見合わせる。


明日は実は水曜日。

まだまだ折り返し地点でもないのに

休日の前のようなテンションだ。


「あ、でもやっぱ辛いわー」

和香と奏は口々に言い、

たまごをうつわで溶く。

すき焼き方式。


やっぱり2人は辛さに弱いなあと

改めて記憶する。


「いやーでもやっぱりさ、

 働きすぎだよね」

「ぶっちゃけ私たちが働きまくったところで何も変わんなくない!?」

もうここからはただの愚痴生産工場。


「そもそも残業代出るのかな。」

凌子の発言で鍋が少し冷める。


「こんなボランティア

やってらんないよなあ…」

「もういつまでに

何やればいいかもわからんしな」

「そうそう、アサインの崩壊!!」

「上司は上司になったからと言って

いい上司になれるわけではありません!」

凌子が上司のモノマネをする。


愚痴がヒートアップするのにあわせて

どんどん箸が進む。


チーズをトッピングすると

マイルドでさらにおいしい。

「うめぇ!!!」

と、吠える。

もはや人に見せられない。

見られたら終わりだ。


すると、和香が急に立ち上がって

部屋へと走っていった。



奏と凌子はアイコンタクトであれだな、

と確認し合う。


チーズと辛いスープ。

そしたらあれ以外ない。


そう。

米!!!!!!!


〆はもちろんリゾットだ!

3人の脳内が一致する瞬間。

こういうとき和香のストックぐせが

本当に役に立つ。


いつもありがとう、と

こういうときは率先して感謝する凌子。

普段は

「そんなにストックしてどうすんのさ〜」

と冷ややかに批評している人と

同一人物とは思えない。


でもそんな扱いを

適当に受け流しあえるところがまたいい。


「うめぇーうめぇー」

と言いながら、少しずつお腹が苦しくなってきたと申告し合う。

空っぽまであと少し。


23:00 終了。


ご飯までは長いのに

食べ始めると一瞬だ。


余韻には浸ってられない。

なんてったって明日も仕事で

現状お風呂も入ってない女3人。


片付けの分業体制だけは

工場のどのラインよりも

時間当たり作業量が高い自信がある。


洗い物は和香、

現状復帰は奏

残った食材や調理器具の片付けは凌子。


さっと片付けて

何事もなかったように

解散する。


「んじゃ、また明日。」


心がほくほくしている。

これで明日も頑張れる、

そんな気がする。

また明日と言える人がいると

明日が来るのか少し怖くなくなる。




____お風呂や明日の準備が済んだ

数時間後________


ブーブー。

新着メッセージの音。


和香 「明日起きたくない」

奏 「わかる、一生寝てたい」

凌子 「人生の夏休み探してる。」


1:34 就寝


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残業ご飯 私たちの寮暮らし 碧海 山葵 @aomi_wasabi25

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