俺と魚人の晩餐

トロ猫

白ワインとヒラメ

「おーい! 野菜と魚、持ってきたぜ。今晩もよろしくな」

「こんなにか? 今日もとっておきを作るからな」


 イカダは、隣に住むイカの魚人。その風貌を見ても、もう驚く事はない。俺の飲み友だ。

 ここは、アクアブルーの海が美しいパエリーヤ。魚人の多く住む港町だ。

 俺は、この町の出身ではない。というより、この世界出身ではない。日本の田舎育ちで、憧れで都会の大学に行って就職したが……田舎に戻って、実家のレモン農家の手伝いをしながらスローライフを送っていた。

 名前は、瀬戸内匠海せとないたくみ。三十路に差し掛かる、普通の男だった。

 俺のそんな田舎スローライフは、地元の悪友と飲みすぎてフラフラ歩いて穴に落ちたことで終了した。

 あの穴は、異世界へ通じる道だったのか? 俺は、道端で穴に落ちて死んだのか? 前者であって欲しい。酔っ払って穴に落ちて死んだとか、近所のいい笑いもんだ。

 ま、そんなんで……よく分からないが、このパエリーヤに到着、いや、漂着した。ここでは、タクと呼ばれている。漂着から二年、この世界にも随分と慣れた。

 俺を最初に発見したのは、イカダだ。

 イカダは、漁業を生業とする漁師だ。穴に落ちた後に、何故かこの世界の無人島に漂着していた俺を発見して港町まで連れてきてくれた。


「いやー。流石にあれには驚いた。人族が無人の島に打ち上げられていたからな。今でも、酒のつまみ話だ」


 触手をうねうねさせながら、イカダがいう。この触手も初めて見た時は、驚きで叫んでしまったな……懐かしい記憶だ。


◇◇◇


「おい! あんた。生きてるか!?」

「ん……」


 なんだ、このヌルヌルペタペタ触ってくんのは……

 頭いてぇな。二日酔いか? 昨日は飲みすぎたな。どうやって家に帰ったか覚えてないや。そういえば、穴に落ちたな。その後、無事家に帰ったのか? 手にザラっとした感触がする。砂? え? 酔っ払って外で寝たのか? やべぇな。

 目をカッと開く。眩しいな。なんだこのうねっている……触……手?


「ぎゃああああ。妖怪!! こっちくんな!! 触んな!!」


 目の前には、イカ? タコ? のような薄紫の弾力のあるデカい顔の妖怪がこちらを覗き込んでいた。触手を何本も生やしたその風貌。恐ろしくて、地面を這って逃げようとするが、足をしっかりと妖怪にホールドされている。


「ヨウカイとはなんだ? 俺の名前はイカダだ。ここ一帯で漁師をしている。人族のお前が倒れていたから助けにきた」

「イカ……なのか。ここはどこだ?」


 喋れるイカに不安を抱きながらも、辺りを見回す。知らない光景だ。太陽も二つ……あるのか?


「ここは、無人島だ」

「は?」


 なんで? 俺、普通に居酒屋で飲んでフラフラと帰ったはずだけど?

 イカダと名乗ったこの……自称魚人は、近くの港町に住んでいるそうだ。話してみると、人のいいおっさんだ。ひとまず、船で港町まで、乗せてくれるらしい。助かる。

 イカダに自己紹介したが、呼びにくいようで『タク』でいいと伝える。数分歩いたところに、イカダの船があった。


「これが俺の船『カラマリ号』だ」


 自虐ネタか? イカダの船は立派な白の小型漁船だ。船のことは詳しく知らないが、よく手入れされてるのはわかる。

 カラマリ号に乗ると、ユラユラと揺れる。そこに座れと指?を刺された場所に座る。船はモーター音と共にゆっくりと動き始め、徐々にスピードが増す。


「港町まで小一時間かかる。腹が空いてないか?」


 確かに、腹は空いている。イカダに『これでも食え』と食べ物を受け取る。パンか? 揚げたパンだな。腹空いてるし、食うか。パンに齧り付くと、サクッと音する。中身は、トロトロの魚介類の餡か?


「どうだ?」

「うまい!」

「だろうだろう。俺の特製、魚人パンだ」


 中身は、エビと……イカ。まさか……自分入りって事ないだろうな? 一応聞いてみる。


「タクはバカなのか? 自分の手足を調理して食うとか狂人だぞ」

「だよな。すまない」


 港町が見えてきた。結構大きな町だ。色とりどりの家屋に大きな建物も見える。ヨットや

客船? 大きな船から小さな船までたくさん停泊してる。

 天気も良く、海がキラキラしている。一枚の絵になる、綺麗な港町だ。


「絶景だな」

「だろ? あれが、港町パエリーヤだ」


 船は、ゆっくりとスピードを落とし入港する。遠くのドックでは、大きな船が修理されているのが見える。人が空を飛んで作業しているように見えるが……港にいる人々の顔も見えてきたが……どこもかしこも魚魚魚。

 イカダが、船を係留けいりゅう場所に横付ける。


「降りてもいいぞ」


 軽く船から飛び降りる。イカダがロープで船の係留作業をしている間、水揚げを出す作業を手伝う魚人と目が合う。あんこうの魚人か? 手を振られたので振り返す。

 イカダの水揚げは、アジやサワラが多い。


「イカダ、大量だな」

「まぁな。お! コイツだけは、俺用だ。今夜の夕食だ」

「この時期に珍しいくデカいな」


 イカダが手に持っているのは、ヒラメか? 結構大きいな。


「準備できたぞ。ついて来い」


 言われるがままついて行く。停泊している船を通り過ぎて、受付の小屋のところで名前を書き写真を撮られる。港町に入る者は全て記録されると説明を受ける。船の技術や写真など現代日本とほとんど変わらない。

 手続きも終わり、港町の市場に向かう。


「水揚げはいいのか?」

「ああ。残りは、あいつの仕事だ」


 市場は、人……もとい魚人で溢れかえっている。いや、他の種族もいる。猫耳の男に、鱗で覆われた蜥蜴のようなご婦人。八百屋の女将は、鳥の翼が生えた女だ。立派な翼だな。


「なんだい!? 不躾に見て!」


 見過ぎたか、女将に怒られてしまう。


「マージョリー。そんなに怒鳴るなって。無人島に流れ着いてた人族のタクだ。今日、拾った」

「すみません。翼の生えた人を見たことがなかったので……つい、とても立派だったので」

「立派かい? そうかいそうかい。あんたいい奴だね。ほらオマケだよ」


 八百屋の女将にレモンとライムを渡される。どちらとも大きく見事な色と形だ。女将には、人族にしては随分と顔が平たいと、褒め言葉?を貰う。どうやら平たい顔というのは、魚人族ではかっこいいと同等の意味らしい。なんか、微妙な気分になる。

 食材を買い、イカダの家に向かう。市場から十数分ほど歩いたところにイカダの家があった。

 大きくはないけど、庭付きの一軒家だ。庭にはハーブや野菜が植えられている。


「狭いとこだが、自分の家だと思って使ってくれ」


 イカダは、行くところのない俺にどうするか決まるまで自分の家に泊まれと申し出てくれた。


「イカダ。感謝する。居候するんだから、なんでも手伝う。遠慮なく言ってくれ」

「いいって事よ。そうだな……タクは料理できるか?」


 人並みに出来ると答えると、ヒラメを捌くから調理してくれと頼まれる。


「タクは飲めるか?」


 イカダが冷蔵庫から冷えた白ワインを出す。二日酔いは、すでにどこかへ飛んでいた。もちろん飲む。

 トクトクとタンブラーのワイングラスに注がれる白ワイン。


「「乾杯」」


 スッキリとした白ワインだ。飲みやすい。

 ヒラメ料理か……


「イカダ、パスタはあるか?」

「あるぞあるぞ。チーズの入ったトルテリーニだ」


 これは、うまそうだな。パスタ生地にチーズを詰めて、三角にして両端を合わせて指輪状のパスタだ。水餃子みたいだな。

 冷蔵庫の物ならなんでも使っていいと言われたので、冷蔵庫の食材をいくつか拝借する。

 イカダ、絶対グルメだろ。綺麗に整頓された冷蔵庫の中は、美味しそうなものがたくさん並んでいた。これとこれと…後これか。

 調理を開始する。前菜に八百屋で買ったケールと赤キャベツにアンチョビとパルメザンチーズを混ぜたサラダを作る。


「これだけでもうまそうだな。なんのサラダだ?」

「俺の女子に提供するオシャレサラダだ」

「……俺に提供していいのか?」


 実際一度も女子に提供したことないから、いいんだよ。

 次はメインだ。鍋に水を入れ沸騰したら、トルテリーニを茹でる。出来上がったトルテリーニを皿に移す。これだけでもうまそうなんだが……ひとつ、つまみ食いをする。これは、チーズというよりチーズの風味のする具材だ。でしゃばらず、色んな料理に合いそうだ。

 次に、オリーブオイルを引いてフライパンに塩胡椒をしたヒラメを入れ、レモンとライムをそれぞれ1/4に切って絞り入れる。皮部分もそのまま入れる。

 煮立ったら、白ワインを追加してヒラメの上にフェタチーズ、薄切りしたパプリカを乗せ、弱火にして蓋をする。

 ヒラメに火が通って、フェタチーズが上で溶け始めたら、レモンとライムの皮をとり、すぐに火から下ろしてトルテリーニパスタの上にかける。


「出来上がりだ」

「白ワインに合いそうだな。いい匂いだ」

「おっ。そうだ。庭のハーブを使っていいか?」


 イカダの了承を取り、庭にハーブを取りに行く。これだな。咲いていたディルの味見をする、香りが強く独特な爽やかな感じ……これは、ヒラメ料理に合いそうだ。


「後は、このディルをまぶして……完成だ」

「くー。早く取り分けようぜ。これはなんという料理だ?」

「名前? 名前なんか考えていなかったな。そうだな。『魚人族と平たい人族の友情パスタ』かな?」


 ヒラメの漢字に鮃ってあったよな? 魚に平……ちょうどいいな。長い名前だが、今日の出会いに感謝してヒラメのパスタを名付ける。


「そうかそうか。タク、パスタを早く取り分けてくれ。腹の虫がうるさくてたまらん」


 パスタを皿に取り分けると、フェタチーズに柑橘系香りがフワッとする。食欲をそそる匂いで口の中に唾があふれる。

 早速、一口食べる。トルテリーニパスタに白ワインとヒラメのエキスが混ざったソースが絡まりが絶品だ。咀嚼する度に、トルテリーニの中が溢れ出て更に深い味わいになる。白ワインをゴクリと飲むと、また別の風味が口の中に広がる。


「タク! 嘘つきだな。これは人並みじゃないぞ。ワインによく合う。何、ちまちま食べてんだ。全部食ってしまうぞ」

「待て待て。俺のも残してくれ」


 その晩は、結局三本の白ワインを二人で飲み干し、そのまま就寝した。


◇◇◇


「懐かしいな」

「何がだ?」

「俺たちが出会った日だ」

「あのヒラメのパスタは、最高だったな」


 あれから二年経った。俺は、まだこの世界にいる。始めは戸惑うことも多かったが、八百屋のマージョリーの紹介でレモン農家で働きながら、休日は市場でレモンを使った料理や菓子の屋台をやっている。レモンの新しい品種を育てたり、レモンの木の害虫・病気の薬剤の開発も手がけている。

 今では、レモンのタクと言う二つ名で呼ばれているほどだ。

 イカダの家には、半年ほどお世話になった。ちょうど、隣の家の老夫婦が引っ越したので、今はイカダの家の隣に住んでいる。


「今日は何を作るんだ? 白ワインも持ってきたぜ」

「美味しいもんだな」

「だな」


 イカダが嬉しそうにワインを開けグラスに注ぐ。


「魚人と人族の友情に乾杯」

「乾杯!」


 今日も白ワインがうまい。

 イカダとはこの二年で、親友とも呼べる仲になったが……ひとつだけ確認できてないことがある。


 イカって魚類じゃなくね?








 


 





 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺と魚人の晩餐 トロ猫 @ToroNeko0101

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ