第4話 娘

結婚式まであと1週間だ。


賢治と私の元々の考えでは、家族と親しい友人だけの式を挙げたかった。しかし、長年勤めていた会計事務所でお世話になっている方が多く、大学時代の友人や地元から上京してきた故郷の親友たちも結婚式に招待しようとしたので、東京で式を挙げることが一番いいと決めた。式を派手にしないように、いろんなことをできるだけしないかあるいはシンプルで行こうとしていた。それでも、準備することがあまりにも多すぎて、私たちは式の前の1週間から有給を取った。


この週末は予定があったけど、お父さんからの予想外のお願いが来て、急遽金沢に帰ることにした。


お母さんからの連絡が来た時、正直戸惑っていたが、結局賢治と一緒に帰ることにした。理由は分からず、時間とお金をかけてわざわざ実家へ帰ることにちょっと抵抗があったが、賢治は何だかワクワクしたように機嫌がすごく良かった。彼はきっと何かを知っていたけど、私がどんなに問い詰めても、最後まで知らないふりをした。


賢治と結婚するというのはまったく予想していなかった。


会社の同期として知り合って、共に無数の残業夜を乗り越えて、心知れる仲間としてずっとやってきた。しかし、お互いの恋人と別れてから、自分の恋愛や仕事以外のことを話すようになったから、相手を見る目もちょっとづつ変わり始めた。


社員旅行の時、賢治が激務の末倒れてしまって、私は彼の看病をしているうちに、初めて自分の気持ちを意識し始めた。でも、彼に打ち明けるつもりはなく、ただそれを自分の心にしまっておけばいいと決めた。だから、賢治から告白されたことに驚いて、その場でしばらく反応することができなかった。


晴れてカップルになった私たちは、友人歴が長かった分、お互いのいいところと悪いところを知り尽くしたおかげで、相手に余計な期待をせず、素の自分でいられた。もちろん、喧嘩して意見が合わない時もあるけど、それはそれでいい。


初めて賢治を実家へ連れて来たのは付き合って2年目のことだった。普段無口なお父さんは意外と賢治とすぐ仲良くなれて、二人きりで長時間話をした。結婚が決まった時、お父さんは言葉で表せなかったけど、相当喜んでいたそうだ。


帰省の朝、季節外れの大雨で気分があまり良くなかったけど、幸い金沢に到着した際、雨はもうそんなに激しくなかった。タクシーで実家へ向かって、店の前で待っていたのは傘を差していたお母さんだ。


「ええ、こんな雨なのに、何で外で待っているの?」

「よかった、無事に帰って来てくれた。お父さんはすごく心配していたから、私は外で様子を見に来ただけだから」


そう言ったお母さんは、私たちを店へ入るように促した。週末は営業しないので、店のダイニングエリアに誰もいなかった。傘を玄関に置いてコートを脱いだ後、店を見渡すと、お父さんの姿はなかった。お母さんに聞いても、なんか意味深の笑顔を見せて、席に座るようにしか言わなかった。


しばらく待っていたら、お母さんは厨房から四つの碗をトレイに載せて、それを運び出した。そして、彼女の後ろについて来たお父さんは、でかい白い皿を持ってこちらの方へ歩いて来た。セッティングが完了して、初めて料理の正体を確認できた。


お母さんが持ってきた碗の中身は透明感があるそば湯で、中にはたくさんのハマグリが入っていた。海鮮特有の新鮮味がいい匂いをして、暖かいそば湯の熱気が舞い上がり、食欲をそそられた。そのそば湯の隣に、ネギ、ワサビと大根おろしが小さな皿に載せられた。


そして、でかい白い皿の中身に愕然とした。


真ん中にあったエビと里芋の煮物は、彩りの七色そばに囲まれて、一番外の輪に紅白のかまぼこが並んでいた。こんなキレイな料理を初めて見たので、どう反応するか分からなかった。料理を眺めているうちに、賢治は先に話をした。


「すごいですね、お父さん!こんなものを作れて…この料理の名前は何ですか?」


こんなふうに褒められたお父さんは恥ずかしそうに、小さな声でこう言った。


「なんでもいいじーめん」


聞き間違えたと思って、私はすぐお父さんに返事した。


「いいじーって、方言のあのいいじーなの?」

「そうだよ」

「ええ?何で?」


そしたら、お父さんは自慢げにネーミングの理由を説明した。ちょっと恥ずかしそうに見えたけど、お父さんは自分で考えたこの名前に満足していたのも丸見えだ。名前の由来だけでなく、料理の作り方や食材の意味も詳しく説明されていた。足腰は以前と比べて弱っていたし、心臓も大手術を経てから、体力もそんなにないと言うのに、私たちのためにこんな素晴らしい料理を作ってくれたことを考えると、胸が熱くなった。涙が出ないように必死にこらえた時、賢治はそっと私の手を握りしめた。


説明を終えたお父さんはやっと席に着き、私たちの反応を待っていた。深い息を吸って、私はお父さんを見つめていた。


「ありがとうございます、お父さん。こんな素敵な料理を作ってくれて、本当にうれしいです」

「何だ、こんなに改まって…瑞穂はちょっと変だな」

「だって…こんなものが作られたら、泣きたいぐらいうれしいよ」

「瑞穂は俺の大事な姫だから、送り出す前に最後にできるのはこれしかないから」

「もう…こんなこと言わないでよ…結婚するからって、会えないわけじゃないから」


そう聞いたお父さんとお母さんは笑顔になり、料理が冷めないうちに早く食べようと促した。


お父さんには言わなかったけど、この名前を聞いた瞬間は正直「ダサい」だと直感した。でも、ネーミングの由来を聞いて、そしてお父さんがこの料理を作り出した過程と込められた思いを知ったら、印象が全然変わった。


特製の七色そばをそば湯に入れて、透明感の湯に引き立てたおかげで、色は一層鮮やかに見えた。いろんな食材を取り入れたそばは、食感はもちろん、味もすごく良かった。こんな美しいものを食べれて、気分が良くなるのも当然だ。隣にいた賢治を見て、彼もおいしそうにこのお祝い料理を堪能して、なんて微笑ましい光景だなと思った。


「なんでもいいじーめん」を食べ終わったら、お父さんと賢治はどこかへ出かけて、私はお母さんと店で片付けてから、休憩時間にお茶を飲んでいた。


「お父さんはいつからあの料理を準備し始めたの?」

「うん、1か月以上前かな。すごく張り切って頑張ったよ」

「まあ、見れば分かるさあ、めんを作るだけですごく手間がかかるって」

「瑞穂をどれほど愛していたかよく分かるよね」

「そう言えば、お兄ちゃんの時は何を作ってくれたの?」

「それはねえ…お父さんに聞いてみれば?」

「秘密にしたいの?」

「君たちに別々への世界一特別な贈り物だから、教えないと思うけど」


まあ、そう言われても仕方ないけど、きっとお兄ちゃんもお父さんから素敵な料理を食べさせられたでしょう。後で賢治に聞いたが、彼はお父さんとどこへ行ったか、そして何を話したかも私に教えてくれなかった。


それから1週間後、私たちは無事に東京で結婚式を挙げた。


お父さんが願っていたように、これからどんなことがあっても、私たちは「いいじー」と言える毎日を目指し、お互いへの愛情と感謝を忘れず、共に残りの人生を一緒に過ごしたいと思う。

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なんでもいいじーめん CHIAKI @chiaki_n

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