第3話 父

窓の外を見て、俺はまた溜息をついた。


もう春なのに、この季節外れの大雨は何なんだ?年間降水日日数が全国トップクラスの金沢では、春から秋にかけて雨の日が少ないというのに。この大雨を見ながら、朝からずっと落ち着かなかった。


瑞穂と賢治は無事に金沢駅に着いたかな?電話を掛けたいが、瑞穂は急かされたされるとすぐ機嫌が悪いから、やっぱりやめとけと決めた。しかし、どうしても落ち着かないから、妻は賢治にメールを送った。


「大丈夫だから、賢治くんはさっきメールの返事をした。今は駅からタクシーで帰る。先に準備を進めてもいいよ」


実は今日に向けて、俺は1か月以上前に準備を始めた。


娘の門出を祝うために何かできるかなあと思って、やっぱり自分の得意の料理をやるしかなかった。前に瑞樹が結婚した時だって、特別な料理を用意した。今回はオリジナルのものを作りたい一心で、研究を重ねた結果がこれだ。


「何でもいいじー面」


「いいじー」というのは、北陸地方で日常的に使う言葉で、標準語でいうと「いいなあ〜」「いいねえ」という時に使われる共感のワードだ。俺の考えでは、瑞穂と賢治にとって、これからの結婚生活でいいことも悪いこともあるけど、どんな時でもお互いへの感謝の気持ちや愛情を忘れず、一緒に困難を乗り越えていけたらいいと思った。こんなことが出来たら、きっと「いいじー」と言える毎日が来るはず。そして、もうひとつの意味は「いいじー」は英語の「easy」と同じ発音だから、何が起きても、力を合わせれば簡単に解決できるという思いもあった。


きっと瑞穂に笑われるだろう、このダサいネーミング。それでも、俺的にはこの名前をすごく気に入っていた。


瑞穂はそば屋の娘だから、もちろんそばでお祝いしたいと思った。だけど、うちの店の味を30年以上食べていた瑞穂にとって、いつもの物を出したら、新鮮味があまりなかった。それで、レインボー色のそばを作ることから始めた。


レインボー色の食べ物をネットで調べたら、お菓子やケーキ類なら結構あるけど、麺類の方は少なかった。だから、いろんな食材を使って、そばの生地を七色に染めた。試行錯誤の末、最後に選んだ食材はこれらだ。


赤:トマト

オレンジ:にんじん

黄:たまごの黄身

緑:ほうれんそう

青:バタフライピー

藍:ブルーベリー

紫:紅イモ


基本的に生の食材を茹でてから、ジューサーに入れ液体状にして、そのまま生地に入れた。たまごの黄身を直接生地に入れたけど、ブルーベリーの場合はジュースにしたから生地に入れた。一番の難関は青色だけど、偶然友人から教えてもらったバタフライピー茶を見つけたおかげで、何とか七色のそばを作り上げた。


うちの店のそば湯は醬油ベースにしたもので、もしこの七色のそばを入れたら、せっかくの色合いを引き立てることができないと思って、やっぱりクリアのそば湯にしたかった。海鮮を使いたいと思って、最後に選んだのはハマグリだった。なぜなら、ハマグリは数ある二枚貝の中で、対になってピッタリくっつかくものだから、それで夫婦円満の象徴だとされた。ハマグリベースのそば湯は透明感があり、そして味として七色の麺が結構合う。中々いい出来だと思った。


最後に決めなければいけないのは、この「いいじー麺」に合わせる具材だ。縁起がいいもので、それに瑞穂と賢治の好物という条件に合うのは、エビ、かまぼこと里芋だった。


エビは長いひげと曲がった背中の外見はお年寄りと似ているので、健康長寿の意味を込められた。かまぼこの半月状の形は初日の出に見えるから、これも縁起のいいものだとされた。里芋は親芋からたくさんの小芋ができることから、子孫繁栄の縁起物だと言われた。かまぼこを料理する必要はないけど、エビの方は茹でて、里芋を煮物にした。


そろそろ瑞穂と賢治が到着すると思って、俺は大きな丸い皿を取り出して、そばと具材のアレンジを始めた。まず、エビと里芋の煮物を皿の真ん中に3列並べた。そして、七色のそばを虹の色の順番に沿って、丸めた状態で具材を囲むようにアレンジし、最後はかまぼこをそばの周りに入れた。白い皿をベースにこの色鮮やかな「何でもいいじー面」を引き立てたように、想像以上にキレイな出来だと思った。


店のキッチンから瑞穂と賢治の声が聞こえたので、俺は素早くそば湯を温めた。様子を見に来てくれた妻は「何でもいいじー面」を見た瞬間、驚いた顔はすぐに満面の微笑みに変えた。


「すごい!こんなキレイなものを1か月をかけて作ったものなの?」

「どう?」

「すごく美味しそう!瑞穂たちはきっと気に入ってくれるよ!」

「だといいけど」

「あら、自分の作品に自信ないの?」

「そうじゃないけど、瑞穂はどう思うかな…」

「きっと大丈夫。だってお父さんがこんなに頑張って作ったものだから、嫌いなはずがないよ。さあ、一緒に運びましょう~」


励まされた俺は覚悟して、自分の自信作を娘たちに見せたいと思って、胸を張ってキッチンから出た。

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