第2話 婿

瑞穂と出会った頃、今の関係になるとは予想もしなかった。


俺たちは会計士として、ある大手会計事務所に就職した。同じ北陸出身で、同い年そして同じチームに所属したから、俺たちは仲良くなるのにそんなに時間がかからなかった。しかし、一度もお互いのことを異性として意識しなかったのは、多分俺たちは別々に付き合っていた相手がいたから。


俺の元カノは高校時代の同級生で、一緒に地方を出て東京の大学へ進学した。元々はただの同級生だったけど、大学3年生の時いきなり彼女から告白されて、そのまま付き合うようになった。彼女とは順風満帆だと思っていたが、俺は5年前に突然振られた。


比較的に定時に帰れる彼女と比べて、会計士の仕事は勤務時間が長く、ピークシーズンになると、朝まで仕事をすることは日常茶飯事だった。中々会えないことに堪忍袋の緒が切れたみたいで、彼女は一緒に住む家から出てしまった。だけど、俺はそれに対して、特に悲しくもないし、落ち込んだりもしなかった。それで、瑞穂は俺のことをこう言った。


「要するに、あなたはそれほど彼女のことを好きじゃなかったよ。よく10年以上あなたと付き合ったね、気の毒だ、彼女さん」


そう言われて見れば、そうかもしれない。付き合いのきっかけは成り行きで、彼女と結婚したいという考えもなかった。瑞穂が言った通り、俺はひどい男だった。


丁度同じ時期、瑞穂も大学時代の先輩だった彼氏と別れた。正確に言うと彼女はあいつを振った。どうやら相手が会社の後輩と浮気したことがバレて、瑞穂は躊躇なく彼と別れた。しかし、相手は自分の浮気が原因で瑞穂が仕事に夢中すぎるのだと言い張った。まあ、瑞穂も俺と似て、貴重な休み時間をデートに使うより、家で休んだ方がいいと考えて、彼氏をずっとほったらかした。


「お前も彼氏のことをそんなに好きじゃなかったみたいだなあ、よく俺のことを批判したよ」


正直、相手に寂しい思いをさせた俺たちにも非があった、だから向こうのことをあまり責めなかった。このまま一生独身になると信じていたが、俺たちの関係はあることがきっかけに大きく変化した。


独身になってから1年後、俺たちは会社の社員旅行である温泉旅館に行った。久々の旅行を楽しみにしていたのに、俺は連日の残業で高熱を出して、どこにも行けず旅館の部屋に寝込んでしまった。一人で悔しい思いをすると思っていたが、瑞穂は俺のことを心配して、丸2日間俺の看病をした。せっかくの旅行が台無しになったことに申し訳なく思うと同時に、瑞穂に対する気持ちはそこから変化し始めた。


10年以上一緒に仕事していて、瑞穂は強い一面しか周りに見せなかった。誰にも負けたくない、誰にも自分の弱さを見せない、どんなことでもやってみたい、簡単に諦めたくない、それは俺がずっと見て来た瑞穂だった。しかし、旅館で俺の看病をしてくれた瑞穂は優しかった。


東京に帰ってから、俺は瑞穂に看病のお礼としてディナーをごちそうすると言い出した。その夜、彼女に自分の気持ちを打ち明けたら、彼女も同じ気持ちだと分かった。晴れて両想いになった俺たちは、あれから4年の年月を経て、後1週間で夫婦になる。


付き合ってから初めて、瑞穂の強がりな性格の原因が分かった。


幼少期の瑞穂は双子の兄と比べて、あまり健康的じゃなかった。そのせいで、瑞穂のお父さんは特に彼女の体調と安全を気にかけていた。危険なことをさせない、健康にいいものしか食べさせない、いろいろな面で気遣っていた。


最初、瑞穂は親からの注目と愛情を独占できることが好きだったけど、次第にそれが束縛だと感じるようになった。自分は兄と同じようなこともできることを証明したくて、お父さんの過保護に強く反発した。特に高校時代の二人は会う度に必ず喧嘩をして、彼は彼女の上京にとても反対したので、大学に入ってから最初の1年間はずっと口を利かなくなった。


瑞穂が社会人になってから、二人は喧嘩をしなくなったけど、何となく気まずい空気に包まれたように、二人きりになると無口になることが多い。俺は初めて瑞穂の実家へ挨拶をした時、これを見た瞬間不思議な感じがした。


お父さんと金沢で会う度にいつもそう思う、彼は瑞穂への愛情がとても深いなあって。瑞穂の生活状況を気にして、彼女の好き嫌いを俺にたくさん教えてくれた。そして、俺たちが結婚の報告をしに来た時、お父さんが涙目になったことも見逃せなかった。


一方の瑞穂は、ああ見えてお父さん思いの娘だ。いつもお父さんの愚痴を言っているけど、彼のことを誰よりも気にかけている。例えば、いつも彼のために健康食品やサプリメントを買って実家へ持ち帰る。時々お母さんに電話をして、お父さんの体調はどうだと聞く。長年そば屋を経営していたお父さんは、長時間労働で足腰によく痛みを感じていた。それに数年前心臓にも問題があって、手術をしなければならなかった。その時、瑞穂は仕事を休んで、2週間の有給を取ってお父さんの看病をしていた。


体調が良くないので、瑞穂はお父さんに店の経営時間を短縮するように強く求めた。お父さんは最初それに応じたくなかったけど、瑞穂は家族全員を動員して、彼を説得することに成功した。3代も続くそば屋をすぐたたむわけにもいかないから、しばらく後継者がいないということもあり、できるだけ長く店を続けるため、お父さんは今平日のランチ時間しか営業しない。


結婚式が控えるのに、お父さんはわざわざ俺たちに金沢に戻って欲しいと言い出した。実は、瑞穂に連絡する前に、俺はすでにこのことをお母さんから知らされていた。お父さんは俺たちのために何かを作って、必ず瑞穂を連れて帰るようにと言われた。確かにお兄さんが結婚した際にも特別な料理を用意したそうで、いったいお父さんはどんなものを出すか、非常に楽しみだ。

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