なんでもいいじーめん

CHIAKI

第1話 母

「えー、何で?」

「何でって、都合悪いの?」

「そういうことじゃなくてさあ…結婚式の一週間前に実家へ帰れって…」

「帰れなんて言ってないよ。そもそもこれは命令じゃなくて、お父さんが帰って来て欲しいと言っただけでしょう?」

「でも、東京から金沢までは結構時間がかかるから…」

「新幹線だと速いじゃない、泊まりたくないなら日帰りできるし」

「速いって、快速でも2時間半だよ。それに、一人少なくても1万5千円ぐらいかかる…」

「じゃ、こっちは新幹線代出したらどう?」

「新幹線代ぐらい自分たちで出せるよ…でも、どうしたの?こんな時期に呼ばれるなんて、お父さんは変なの」

「まあ、帰ってみれば分かるさあ、私も詳しく知らないし、ただの連絡役です。それに、お父さんは滅多にこういうことを言い出さないから、一回ぐらい甘えさせてね?」

「…分かったよ。賢治と帰るから、これでいいでしょう?」

「はいはい、楽しみにしているね」

「お母さんは何だかいつもよりテンション高いね」

「まあ、娘はようやく嫁に出せるから、もちろんうれしいよ」

「それって、追い出せるの言い間違いじゃないの?」

「ハハハ、そんなことないけど。でも、確かに誰もあなたをもらえないかって心配していたよ」

「ひどい!」

「とにかく、必ず帰って来てね。絶対にすっぽかしてダメだよ」

「はいはい、そうします~」


娘との電話を切った後、夫の視線を感じて、彼に笑顔を向けてこう言った。


「帰ってくるから、安心して」

「理由なんか聞いてないの?」

「聞いたけど、うまく誤魔化せたから」

「ならいいけど」


夫は満足そうにお茶を啜った。本当に素直じゃないから、この親子二人は。


あと2週間で、私たちの娘・瑞穂は結婚する。


相手の賢治くんは瑞穂の同期で、一緒に仕事していた時間は長かったけど、ずっとお互いを恋愛対象として見ていなかった。奇遇でもあったが、二人は4年前自分の恋人と別れて、その後急にお互いのことを意識し始めた末、付き合うことになった。今年の春、二人は東京で結婚式を挙げることになる。


私が双子を出産したのは36年前のことだった。長男の瑞樹は瑞穂より10分ほど早く生まれ、とても元気で体重も平均に達していた。瑞穂は兄と比べて体重が足りなくて、生まれて2日に黄だんをかけてしまい、私と夫は娘のことでとても心配していた。瑞樹は先に家へ帰ることができたけど、瑞穂は彼より3週間遅れてようやく退院することになった。


幼少期の瑞穂は体調優れない時が結構あり、夫は娘のことをとても気にかけていた。そして、時々瑞穂を過保護しすぎて、私は夫の理屈を聞く度に呆れた。


「瑞穂は敏感体質なんで、今花粉はひどいだから、外へ行かない方がいい」

「でも、瑞樹が外で遊ぶことを許せるの?」

「瑞樹はそういう体質じゃないだろう。それに男の子だから、丈夫にならないと」

「女の子だから、弱くてもいいってこと?」

「瑞穂を守りたいだけだから」


「女の子だから、それをしない方がいいよ、危ないだし」

「大丈夫でしょう、先生もついてくれるし、瑞樹も一緒じゃない」

「瑞樹は遊ぶ時に妹の面倒を見ると思う?」

「つまり、あなたが一緒に行かないと安心できないなの?」

「俺は店のことがあるから、できるなら一緒に行きたいけどなあ」

「学校敷地内のキャンプだけだし、一緒に行く親ってありえないでしょう?」


「まだ幼いだから、行かない方がいい」

「でも、瑞樹は行くのに、瑞穂を行かせないなんて…」

「瑞樹は兄だから」

「あのね、二人は10分しか離れないよ、年齢差なんてないじゃん」


一方の瑞樹は、父から自分に対して“好き勝手何をしてもいい”というスタンスに文句を言うどころか、ほったらかしの方が好都合なので、妹の「特別待遇」に羨ましいなんて微塵も思わなかった。


まだ幼い時の瑞穂は、父からの愛情を重たいなんて全然そう考えていなかった。しかし、小学生になって周りの目を気にして、そして父の過保護が普通じゃないと気づいたら、こんな「差別」に不満を感じるようになり、二人の関係はギクシャクに変わり始めた。


「どうしてお兄ちゃんはいいって、私はダメなの?パパなんか大嫌い!」


そういうことを言われる度に、夫はひどく落ち込んでいた。まさか自分からの愛情をこんなふうに捉えるなんて、想像もしなかった。二人の衝突は年々エスカレートし、彼女の高校時代は一番激しかった。思春期の娘と過保護の父は、どちらも引き下がらないから、うまく行かないになるのは当然だった。


高校を卒業機に、瑞樹と瑞穂は大学進学のため、金沢から東京へ引っ越した。瑞樹は3年前に結婚して、今は1児のパパになった。特に用がない時、二人と会うのはお正月とお盆ぐらいで、瑞穂と夫の関係は昔みたいにならないけど、会話は挨拶ぐらいの感じで、私と瑞樹は二人の架け橋になるしかない。


正直に言うと、夫は二人の子供のことを平等に愛していたと分かっていた。夫と結婚する前に、彼はすでに実家のそば屋で修行していて、瑞樹と瑞穂が生まれる2年前にようやく店を担うことになった。忙しいとは言え、彼はいつも2人のことを気にかけていた。定休日だけ子供と一緒に食事することができたけど、彼は自分なりに子供たちのことを気にかけてくれたので、いくら不器用でもそれは夫の愛情表現だ。


そして、自分の娘はようやく誰かの嫁になる。


彼女の門出を祝福するために、夫はあるものを用意し、瑞穂と賢治を結婚式の前に実家へ呼び出した。自分から瑞穂に言ったら、彼女はきっと乗り気はないし、そして二人にサプライズをするため、私から言い出したら彼女を説得できるだろうと、珍しく夫からの頼みが来た。


この1か月の間、夫は必死になって、瑞穂と賢治の結婚を祝うための一品の研究をしてきた。


夫は一体瑞穂たちのためにどんなものを作りたいのでしょうね。その料理と瑞穂たちの反応を楽しみしているわ。

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