秘密の計画
河辺町駅周辺はショッピングやグルメの充実した繁華街となっており、どんなコースがいいかあれこれ悩みに悩んだ。
僕が最終的にここだと決めたのは、集合場所の
一軒目が「
二軒目、「kokoromo《こころも》」は和のデザインをテーマに衣服やバッグなどを販売しているアパレルショップだ。姉さんお気に入りの店で、僕も一度入ったことがある。僕ら高校生には中々高価で手の出ないものが多く並んでいるけど、見て目を輝かせる分には
そして三軒目が「
適当に有名なところを回ろうとするのはちょっと味気ない、かといってあまり気を衒いすぎるのもよくないと思い、知る人ぞ知るぐらいのお店をセレクトしてみたつもりだ。
どのお店も打ち合わせの中で話に上がることはなかったので、みんなの知らないお店な可能性は充分にあるはず。特に「鈴」は去年オープンしたところのお店だ。僕も是非行ってみたいと思っていた。
それらはあくまで主要な箇所で、通りには他にもたくさん興味深い店が立ち並んでいる。班長だからといって一から十まで勝手に決めてしまっては横暴だ。その場での新たな出会い、寄り道があるのも遠足の醍醐味。観光誌でおすすめされていたお店は大体頭に入っているし、メモにも残している。一番大事なのは班のみんなが楽しめること、だからみんなが行きたい場所に行こう。
あきない通りを堪能したあと、昼食はどうするか。商店街は途中で曲がると百を超える店舗が集う市場、
しかし京小路は人気の観光スポットのためかなりの人混みになるので、千日紅さんが嫌がるかもしれないと思い至った。
そこでもう一つ、京小路と反対に河辺町通りのほうへ行くプランを考えた。河辺町通りには京小路ほどお店は豊富ではないが、美味しい抹茶パフェの食べられるカフェやファッションビルがある。昼食も河辺町通りの近くで、姉さんから穴場の良い場所を教えてもらえた。
僕の計画は大体こんなところだ。三人にはまだどう回るのか伝えていない。秘密にしている。
どうだろう。楽しんでもらえるかな。
いままで大川さん、菅野さんとはあまり絡みがなかったけど、これを機に仲良くなれたらという気持ちはある。
そして、千日紅さんとも。
あきない通りと河辺町通りを巡るコースを選んだ理由がもう一つあって、とある場所に近い。少し川のほうに歩いたところにある、とっておきの秘密の場所。大川さんと菅野さんは困惑するだろうし、高校生が楽しむところではないんだけど、千日紅さんに笑ってもらうために行ってみたい。
*
終点、河辺町駅に到着した。電車を降り、溢れる人の流れに沿って歩く。駅の長い地下通路にはいくつもの出口があって、何度も来ているのにいまだにどこから出るのがいいかよくわかっていない。とりあえず目に留まった適当な階段を上がり、地上へ出る。
朝日を受けて、白い街並みが広がっている。まだ人は少なく静かだが、背の高い建物が横一列に綺麗に並んでおり壮観だ。気分が高揚してくる。見慣れたコンビニやファストフード店でも落ち着いた色合いの看板など店構えが和風な趣となっていて、特別な感じがする。
通りの向こうに山が見えているほうが東側。おのぼりさんかというぐらい落ち着きなく周囲を見回しながら、集合場所の
四路大橋に着くと、一気に視界が開け、足元を流れる大きな川の眺めに圧倒される。橋の手前に河川敷へ下る階段があった。広い踏面を一段一段、慎重に確かめていく。
河川敷にはすでに腕を組みながら担任の坂井先生が待ち受けていた。
「おはよう」
挨拶をされ、笑顔で返す。
「おはようございます」
学校ではいつもスーツ姿な先生だけど、今日はカジュアルな服装をしていて新鮮だ。
橋の影になっている場所に、クラスメイトが何人か待機している。その中に千日紅さんの姿を見つけた。小豆色のパーカーにライトブルーのデニム。千日紅さんの私服姿は初めて見るが、似合っている。良い意味で素朴だ。
歩み寄り、笑顔で手を振る。
「おはよう! さすが、早いね」
千日紅さんはいつも一番に教室に来ている。
「……おはよう」
少しぎこちないように思えたけど、緊張しているのかな。それともやっぱり班行動をすることが憂鬱なのか。リラックスさせてあげられるといいんだけど、僕にそんな器量はない。
「千日紅さん」
呼びかけて、顔を向けた彼女に僕は真顔で言う。
「空気が美味しい」
「……そう?」
怪訝な表情をされる。
僕は芝居がかった言い方で説明する。
「ちょっと気持ちが上がりすぎてるなと思って、落ち着いて現状把握してみたんだ。で、ふと思った。空気が美味しい」
彼女がくすりと笑った。
「これからもっと美味しいものが待ってるんだよ、楽しみだなー」
千日紅さんは小さく頷いてくれた。
班のメンバーが揃ったら先生に報告し、観光許可が下りることになっている。
一〇分ほど経ってから、二人は揃ってやってきた。
「おはよー。二人とも早いね!」
大川さんはゆったりしたベージュのトップスにライトグリーンのスカートで、いつもはストレートに下ろした髪が今日はふわりとウェーブがかっていて、編み込みもしている。
菅野さんもメガネを外し、襟付きの白シャツに茶色いニットのベストを着重ね、黒のスキニーを穿いている。
二人ともよく似合ったお洒落なファッションで、感嘆する。僕も見習いたいものだ。
坂井先生のところへ報告に行くと、班で写真を撮ってもらえた。
「十五時にまたここで集合だから。今度はクラス写真ね。さ、行っていいよ。規則を守って楽しむこと。いいね?」
先生はそれだけ伝えて僕らを送り出した。
「よし、行こうか」
僕はそう声をかけ、三人があとをついてくる。
さあ、いよいよ京都巡りの始まりだ。
階段を上がったところで、肩を指でつつかれた。振り返ると大川さんが笑みを深めた
「ねーねー、柿原くん」
「ん?」
「班行動なんだけどさ、別行動にしない?」
大川さんは指を合わせて上目遣いにそう言った。
「……別行動?」
僕は戸惑い、声が小さくなる。
「わたしたちさ、かおちゃん、九班の
言われたことをゆっくり頭の中で噛み砕く。
舞元さんと回る約束がある、だから九班と合流して友達同士で回ろう、という提案をされている。
弥一の話を思い出す。そういえば言っていた。舞元さんが班で萎縮していて可哀想だったと。
「……」
大川さんは、何も言えないでいる僕の肩に手を置いた。
「大丈夫大丈夫。わたしたちだけじゃないし。他の班でもやってるよ。せっかくの遠足だよ? 班行動とか嫌じゃん」
大川さんは無邪気な顔でそう言い切った。
「…………そうだね」
僕は、ルールを破って怒られるのが怖いわけではない。
「よしっ」
大川さんが手を叩く。
「じゃあ柿原くん、千日紅さん、またあとで! お互い楽しもうね!」
そして親指を立てて、橋の向こう側へ歩き出した。菅野さんもこちらを一瞥してから大川さんに続いた。その背を引きとめるように前に手が出かけて、首を振った。
雑踏に紛れ、二人の姿は見えなくなる。
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