打ち合わせ
校外学習の打ち合わせは、週末の六時間目に始まった。前の座席の二人が緩慢な動作で机を回転させて、机を班隊形にする。
僕は机の上に先生から渡された「校外学習計画」のプリントとメモ帳を置いて、班のメンバーの顔を見回して訊く。
「どこか河辺町で行きたいところってある?」
「わたし、雑貨屋さん見たい!」
一番に小さな手を挙げそう応えたのは、前に座っている
「雑貨屋か。いいね!」
元気なら僕も負けてないけどね。
「河辺町、可愛い雑貨屋多いんだよ。癒されたーい」
大川さんは表情を崩す。
「凪のセンスは子どもだからなあ」
横から
「いいじゃん、好きなものは好きなんだから。ねっ、柿原くん」
大きな目で同意を求められる。
「うん。いいと思う」
大川さんは長い袖が覆う手から人差し指を伸ばして、菅野さんの腕をつつく。
「ほらー」
言わされたわけではない。彼女にはしっかりした自分がある。いいことだ。
「もしかして柿原も可愛いもの好きなの。そういうのつけてるし?」
菅野さんがからかい気味に、桜餅のストラップのついた僕の筆箱を指しながら言ってくる。
「これは」
隣に目を送る。
千日紅さんが、机の上で指を絡ませて無言のままじっと座っている。入学式のとき、彼女からこの桜餅を道明寺と呼ぶことを教わった。
「姉さんに貰って、何となくつけてる」
大川さんが手を叩いて大きな声を上げる。
「あっ柿原くんお姉さんいるんだ! ということは弟くんなんだ?」
菅野さんが腕を組んで頷く。
「道理で弟感があるはずだ」
「ねー、可愛いもん」
「あはは、そう?」
愛想笑いになる。
そんなに弟っぽさあるかな。
「可愛いといえば、千日紅さんの巾着! 可愛いよね。前から思ってたんだー」
大川さんが千日紅さんの机を見て言った。視線を向けられた千日紅さんは、隠すように藤色で水玉模様の巾着を手で覆った。
大川さんが苦笑いを浮かべる。
「盗らないよ?」
千日紅さんはそっぽを向いた。あまり話を振られたくない様子だ。人付き合い、苦手だもんね。
「あれは大人可愛いっていうのよ。凪の幼稚可愛いとは違うから」
菅野さんが大川さんに諭す。空気が悪くならなくてほっとする。
「どこで違いが出てるの」
大川さんが机に出しているカラフルな星柄のポーチを触りながらぼやく。
「色とか? 凪もああいう落ち着いた色合いのものを持ってみれば」
「大人感、出る?」
大川さんがきりっとした声で言うも、菅野さんは首をひねる。
「いや、それでも凪は芯から子どもっぽいから。そこまで印象は変わらなさそう」
「りーちゃん酷い。傷ついたー」
大川さんは唇を尖らせ、両袖で頬杖をつく。
「ごめんごめん」
「そんなにわたし子どもっぽいかなー」
無邪気だとは思う、良い意味で。
「りーちゃんが大人っぽいだけじゃない?」
「おっ、あたし大人の女なんだ。やった」
菅野さんが得意げに胸を張る。
「アラサーぐらいに見える」
「おいこら」
菅野さんが大川さんの肩を叩き、大川さんは笑い声を上げる。仲の良い冗談の掛け合いだ。
「菅野さんはどういうとこ行きたい?」
僕が訊いて、菅野さんは目を丸くする。
「あたし? あたしは……京スイーツかな。場所じゃないけど。とにかく美味しいものが食べたい」
「甘いもの! わたしも食べたい」
大川さんが気勢を上げる。
「いいよね、甘いもの。僕も好き」
そして千日紅さんも、和菓子好きなら興味があるだろう。
「あとお土産も買いたいな。ゴールデンウィークにおばあちゃんと会うから、持っていきたい」
菅野さんが言う。
「りーちゃん偉い」
「偉くはないでしょ。雑貨屋は凪と一緒で普通に行きたいなー」
二人の希望や趣向をメモに取る。
「りーちゃんも可愛いの買おう」
「いや、おしゃれなのを買うから」
「うわーおしゃれさんアピールだー」
「それが大人なのよ」
大川さんがくすくす笑う。
その傍らで、僕は千日紅さんに声をかける。
「千日紅さんは? どこか行きたいとこ、ある?」
「……別に、ない」
千日紅さんは素気なく答えた。
「そっか」
班行動とかやっぱり苦手なのかな。あまり校外学習に乗り気ではないようだ。
ひとりでも平気なのかもしれないけど、せっかくなら千日紅さんにも校外学習を楽しんでほしいな。どうすればいいだろうか。
結局打ち合わせは脱線に次ぐ脱線が続き、具体的には何も決まらなかった。計画書にはそれっぽいことを書いて提出しておいた。
そして、千日紅さんは最後まで会話らしい会話をすることはなかった。
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