打ち合わせ

 校外学習の打ち合わせは、週末の六時間目に始まった。前の座席の二人が緩慢な動作で机を回転させて、机を班隊形にする。

 僕は机の上に先生から渡された「校外学習計画」のプリントとメモ帳を置いて、班のメンバーの顔を見回して訊く。

「どこか河辺町で行きたいところってある?」

「わたし、雑貨屋さん見たい!」

 一番に小さな手を挙げそう応えたのは、前に座っている大川凪おおかわなぎさん。長い髪をストレートに流してピンクのスクールカーディガンを着ている。いつも明るく楽しそうに笑っている人だ。いまも週末の六限目だというのに、元気だ。

「雑貨屋か。いいね!」

 元気なら僕も負けてないけどね。

「河辺町、可愛い雑貨屋多いんだよ。癒されたーい」

 大川さんは表情を崩す。

「凪のセンスは子どもだからなあ」

 横から菅野すがの理子りこさんが言う。丸い縁の眼鏡に、少し茶色く染めパーマのかかったヘアスタイル。大川さんと大の仲良しだ。

「いいじゃん、好きなものは好きなんだから。ねっ、柿原くん」

 大きな目で同意を求められる。

「うん。いいと思う」

 大川さんは長い袖が覆う手から人差し指を伸ばして、菅野さんの腕をつつく。

「ほらー」

 言わされたわけではない。彼女にはしっかりした自分がある。いいことだ。


「もしかして柿原も可愛いもの好きなの。そういうのつけてるし?」

 菅野さんがからかい気味に、桜餅のストラップのついた僕の筆箱を指しながら言ってくる。

「これは」

 隣に目を送る。

 千日紅さんが、机の上で指を絡ませて無言のままじっと座っている。入学式のとき、彼女からこの桜餅を道明寺と呼ぶことを教わった。

「姉さんに貰って、何となくつけてる」

 大川さんが手を叩いて大きな声を上げる。

「あっ柿原くんお姉さんいるんだ! ということは弟くんなんだ?」

 菅野さんが腕を組んで頷く。

「道理で弟感があるはずだ」

「ねー、可愛いもん」

「あはは、そう?」

 愛想笑いになる。

 そんなに弟っぽさあるかな。

「可愛いといえば、千日紅さんの巾着! 可愛いよね。前から思ってたんだー」

 大川さんが千日紅さんの机を見て言った。視線を向けられた千日紅さんは、隠すように藤色で水玉模様の巾着を手で覆った。

 大川さんが苦笑いを浮かべる。

「盗らないよ?」

 千日紅さんはそっぽを向いた。あまり話を振られたくない様子だ。人付き合い、苦手だもんね。

「あれは大人可愛いっていうのよ。凪の幼稚可愛いとは違うから」

 菅野さんが大川さんに諭す。空気が悪くならなくてほっとする。

「どこで違いが出てるの」

 大川さんが机に出しているカラフルな星柄のポーチを触りながらぼやく。

「色とか? 凪もああいう落ち着いた色合いのものを持ってみれば」

「大人感、出る?」

 大川さんがきりっとした声で言うも、菅野さんは首をひねる。

「いや、それでも凪は芯から子どもっぽいから。そこまで印象は変わらなさそう」

「りーちゃん酷い。傷ついたー」

 大川さんは唇を尖らせ、両袖で頬杖をつく。

「ごめんごめん」

「そんなにわたし子どもっぽいかなー」

 無邪気だとは思う、良い意味で。

「りーちゃんが大人っぽいだけじゃない?」

「おっ、あたし大人の女なんだ。やった」

 菅野さんが得意げに胸を張る。

「アラサーぐらいに見える」

「おいこら」

 菅野さんが大川さんの肩を叩き、大川さんは笑い声を上げる。仲の良い冗談の掛け合いだ。


「菅野さんはどういうとこ行きたい?」

 僕が訊いて、菅野さんは目を丸くする。

「あたし? あたしは……京スイーツかな。場所じゃないけど。とにかく美味しいものが食べたい」

「甘いもの! わたしも食べたい」

 大川さんが気勢を上げる。

「いいよね、甘いもの。僕も好き」

 そして千日紅さんも、和菓子好きなら興味があるだろう。

「あとお土産も買いたいな。ゴールデンウィークにおばあちゃんと会うから、持っていきたい」

 菅野さんが言う。

「りーちゃん偉い」

「偉くはないでしょ。雑貨屋は凪と一緒で普通に行きたいなー」

 二人の希望や趣向をメモに取る。

「りーちゃんも可愛いの買おう」

「いや、おしゃれなのを買うから」

「うわーおしゃれさんアピールだー」

「それが大人なのよ」

 大川さんがくすくす笑う。

 その傍らで、僕は千日紅さんに声をかける。

「千日紅さんは? どこか行きたいとこ、ある?」

「……別に、ない」

 千日紅さんは素気なく答えた。

「そっか」

 班行動とかやっぱり苦手なのかな。あまり校外学習に乗り気ではないようだ。

 ひとりでも平気なのかもしれないけど、せっかくなら千日紅さんにも校外学習を楽しんでほしいな。どうすればいいだろうか。


 結局打ち合わせは脱線に次ぐ脱線が続き、具体的には何も決まらなかった。計画書にはそれっぽいことを書いて提出しておいた。

 そして、千日紅さんは最後まで会話らしい会話をすることはなかった。

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