第39話 考え事が増える

 文化祭が終わる頃には、紅葉とした風景が見頃を迎えていた。


 陽古も紅葉狩りだ、と近場の紅葉を見に行ったりと健康的な生活を送っている。

 はずだが。


(最近、顔色が悪いんだよな)


 祖母に付いていって畑に行って、周辺の散歩をして。神社にいた頃と比べたら、運動量が増えて陽古の顔も生き生きしているが、顔色がどことなく青い気がする。


(朝起きてもずっと寝ているし……ただの夜更かしだといいけど)


 文字の練習をしたい。そう言った日から、陽古は時雨が寝てもずっと起きてようになった。


 時雨の部屋になっている二階は広間になっているが、ちょうど真ん中に襖で区切られるようになっており、二つの部屋と二つの縁側に分けることができる。縁側は大きな窓があり、南向きということもあってそこから光が漏れ、部屋を明るくさせてくれる。


 一階に続く階段は二つあり、一つは土間、もう一つは一階に続く階段だ。時雨は奥側の部屋を利用しており、さらに奥に小さな襖があって、そこを開けると土間に続く階段が見える。


 陽古が夜中にいるのは、一階に続く階段があるほうの部屋の縁側だ。縁側にも襖があって、夜中にトイレで通るとき、明かりが付いているのを見たことがある。


(そんなに文字を書けるようになりたいのか? だとしても、夜更かしは控えるように……って、夜のほうが調子がいいんだっけ。だから文字の練習は夜中にしているのか?)


 などと考えていると。


「時雨!」


 後ろから声が聞こえた。その声に眉間に皺を寄せる。

 イヤイヤと振り返ると案の定、優がいた。


「なんだよ」


 不機嫌さを隠さない声で訊ねると、優が険しい表情になる。

 そんな表情をさせる原因に思い当たらなくて、心底訝しんだ。


 もう一度、問いかけようとすると、優がドンドンとこちらに歩いてきた。


 思わず身構えた。昔は時雨をよく叩いていたが、大きくなったからもうそんなことをしない、と信じたいが過去のこともあり、逃げる態勢を取る。


 優は時雨の傍に来るが、険しい表情を崩さずじっと時雨を見据えるだけで何もしてこない。


 ますます分からなくなって、たじろぎながら。


「だから、なんだよ」


 と、絞り出した。


「フラフラしてどうしたんだよ」


 優から出た言葉に、目が点になる。

 意味が分からず、優の言葉を頭の中で反芻した。


「おれ、フラフラしていたか?」


 訊くと無言で頷く優。どうやら優に心配されるほど、フラフラとした足取りで歩いていたらしい。


 優が神妙に頷いた。時雨は突っぱねた。


「ちょっと考え事をしていただけだ」


「お前なぁ……考え事をするときは足止めろよ。ほんっと、そういうところ変わってないな」


 あきれ果てた声を出しているが、表情は多少緩和したもののまだ険しいままだった。


「まだなにかあるのか」


 訊ねても何も言わない。少し眉間に皺を寄せただけだ。


 なんだろう、昔もたまにこういう表情をしていたような気がする。


 どういうときにこういう表情をしたいたっけ、と思い出そうとしたが、その前に優が遮る。


「本当に考え事だけか?」


「はぁ?」


 訳が分からず胡乱げな声を出す。


「そんなに危なっかしい歩き方をしていたか?」


 それ以外思いつかなくて聞いてみたが、反応がない。逆に優が困ったような表情を浮かべた。


 ますます意味が分からなくて、優を凝視する。


 けれど優が口を開くような様子もないため、若干苛つきながら踵を返す。


「用がそれだけなら帰るから」


 それだけ言い残して、時雨はそそくさとその場を去った。


 今日はできるだけ優と道を被らないようにしようと、すぐそこの脇道に入る。この道は平屋の家が両側に続いていて、少し坂になっている。真っ直ぐに行くと、神社がある。


 凸凹の石段で陽古がいた神社よりも二倍長く急なこともあって、この石段を登って本殿に行く人はいない。石段の途中には手水舎があるが、急すぎて這って上らないと危ないから、脇にある神社に続く坂道を通るのが当たり前になっている。


(あの神社には神様は住んでいないって言っていたっけ)


 ここまで散歩したらしい陽古が言っていた。曰く、神にも縄張りがあるからなんとなく分かるらしい。


(ここって一応住宅が建ち並んでいるから、この神社を整備してくれる人っているんだよな)


 神社が常に目に入るからなのか、はたまた昔からあるからなのか。参拝者がいない割には整備されている。


 陽古がいた神社も整備は一応されていたが、雑草がそこら中に生えていなかったのは、暇を持て余していた陽古が雑草を抜いていたからであって人間がしたわけではない。


 本殿もボロボロとまでいかなかったが、本殿の床は軋んでいたし、屋根には苔がこびりついていて、メンテナンスはそれほどされていなかった。


 この神社の場合、草刈りも掃除も定期的にこの辺りの住人がしてくれている。


 神主のことは知らない。同じ山に家が建っているので、おそらくその家が神主みたいな立ち位置の人なのかもしれない。対して陽古の神社は周りにそれらしき家は建っていない。


 片や神がいないのに周りの住人からは親しまれていて、片や神が住んでいるのにほぼ人の手が行き届いてなくて。


 陽古は気にしていないようだが、時雨はなんだかモヤモヤした。


 そう考えると、少しだけ親しみを持っていたこの神社を憎みはしなくても恨めしく思ってしまう。


 立地か。立地が悪いのか。


(信仰心が力の源的なことを言っていたし、陽古の神社はあのままでいいのか……?)


 そこが引っかかるところだ。陽古は信仰心を集めることに対して消極的で、信仰心を集めなくても死なないのではないかと時雨は思っていた。


 死なないとしても、ある程度の力は必要ではないかとも思う。それなのに陽古は何もしない。時雨に頼むことといえば先日のような些細なことだ。


(小説とか漫画だと、信仰心を集めてくれって懇願されそうな流れだけど……現実ってこんなものか)


 しばらく神社の鳥居を見つめていたが、視線を逸らして踵を返す。


(陽古がなにも思っていないんなら、結局おれがどうこう言っても仕方ないし。なにも言ってこないあたり大丈夫だと思うし)


 変に焦燥感に駆られるのは、陽古の顔色がここ最近悪いからだ。もしかして力がないから体調が優れないのか、とか悪い方向に考えてしまう。


 それを振り払うため、頭を振る。神の知識がない自分には、どうするべきか見当がつかない。


(もともとあの神社には昔から参拝客なんていなかったんだ。今更その影響が今に出るわけがない)


 瞼をギュッと閉じる。


 無理矢理自分にそう言い聞かせているんだ、と囁く声を必死に無視した。

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