第36話 陽古以外の神様
「どうかしたか?」
そこまで考えが至っていないのか、陽古が不思議そうな顔で時雨を見つめていた。
「時雨? どうかしたか?」
「いや、あ、うん」
反応がおかしかったからか、陽古が益々不思議そうに首を傾げる。
内容が内容だけに怖くて言い出せない。視線を逸らし、言葉を濁らせる、そして裏返った声色で言い放った。
「こ、この話はおしまいだ! 別の話をしよう」
「聞いてきたのは時雨のほうなのに」
陽古が不服そうにジト目で時雨を見やる。
「深く考えないことにしたんだよ」
「アレに関しては別にそれでいいが……あの少年に関わらなければ、アレがどうこうすることもないと思う」
「分かった、肝に免じておくよ」
「それで別の話と言ったが、何の話をする?」
「そうだな……」
もうこの話題から逸らしたくて考えてみるが、いい話が思いつかない。
自然な会話とは、とぐるぐると回っていると陽古が言った。
「怨霊といえば、この前の番組でそういうのを取り上げていたな」
「ああ、日本三大怨霊のやつか」
雪乃と晩ご飯を食べていたときに観た番組だ。食事をしている間は基本、テレビを付けている。テレビが観られる機会なので、陽古もその場にいるのだ。
「怨霊なのに神格化されていて、驚いた。人が人を神として崇めるとは」
「まあ、それはわりとどこでもあるけど。教祖とかなんかそういう感じみたいだし」
「教祖、というと仏教でいうところの仏陀だったな。言われてみれば、そういう事例はゴロゴロあるな」
「実際にさ、人が本当に神様になるってことあるのか?」
「どうだろうなぁ」
陽古が首を傾げる。
「実際に見たことがないからなんとも言えんな。今の神々の世界にどのような規律があるのか知らないから、人が本当に神になるかは……だが、なにせ想いの力で神が生まれる場合があるから、それを踏まえると有り得ない話ではないと思う」
「おもいの力? それってどうやって生まれるんだ?」
理屈が分からなくて訊ねると、陽古は腕を組んで考え始めた。
どう説明するか、言葉を整理している。少しだけ待っていると、陽古が口を開いた。
「人というのは、何かあると神に願うだろう?」
「そうだな」
「神社で参拝するときは祭神に願うが、それ以外、土壇場で願う神ははっきりしていないことが多い。正しくは誰でもいいからこの状況を救ってくれ、ということだから別に神の誰かを特定しているわけではない。この場合神様仏様、と前置きするのが定番だな」
「確かに」
そこは納得する。
安産の御利益が欲しいのなら、その御利益のある神社にお参りして、意識をしていれば祭神の名を心の中で呼びかけるだろう。
けれど、例えば遭難したときに神様に祈ったとしても、わざわざ「天照大御神」などと一柱の神の名前を呼ぶ人はあまりいない。
「そういうときに生まれる神がいる。ただし、これは極稀だし、他の場合もある」
「他の場合って?」
「土地神の中にはそういう者がいるらしい。大抵は元々そこにいた妖怪や精霊などといった者が災いをもたらしたか、あるいは気まぐれで土地の人々を助けたか。どちらかだが……あ」
陽古が小さく声を上げる。
「どうした?」
「いや、ふっと彼の神のことを思い出してな」
「彼の神って、旅行していた神様のことか?」
「違う。隣の村の……今は町か? そこの神のことだ」
「隣町って、おれが通っている高校があるところか?」
「多分そうだと思う。そこの神は後者だったな、と今思い出した」
「陽古以外にも神様がいたんだな。どんな神なんだ?」
「気まぐれなのに粘着質な男だ。標的にされなかったら、あっさりとした気前の良い男だが」
「それ、粘着質っていうよりも差が激しいってことじゃないのか?」
「そうともいうかもな。蛇神であり水神でもあり、神社はそれなり大きいのに加えきちんと整備されているが故、この辺りでは上位の神にあたる」
「神様にとってそういうの大事なのか?」
「けっこう大事だな。人間だと豪邸に住んで自分の権威を示すみたいなものだ。神社は綺麗だということは、信仰を集めているということだからな」
それもそうか、と時雨は得心した。
信仰は神の力の糧になる。信仰を集めているということは、それだけ力があるということだ。
「でだ、最近その神が久々に訊ねてきたことがあってだな」
「なんか用事でもあったのか?」
「いやとくに。ただの気まぐれだ。気まぐれだったがなんかやけに機嫌が良かった」
「へぇ。なんか良いことでもあったのか?」
訊いた途端、陽古の顔が苦く滲む。
「なんだ、その神様となんかあったのか?」
「何にもなかった。世間話をしただけだ。ただ、その世間話が私にとって複雑というか」
「そんな顔をするほどの世間話ってなんだよ」
時雨は軽く流すつもりだったが、陽古は重い口を開いた。
「今時、人間の子供に印を付けた、という話だ」
「印?」
「人間でいうと、婚約したってことになる」
婚約。神様が、子供と、婚約。もしかして、ロリコン。神が、ロリコン。
なかなか飲み込めずあんぐりしていると、陽古が首を傾げてきた。
「そんなに驚くことか?」
「だって、子供相手だろ?」
陽古は、そうだな、と呟く。
「昔だと子供でも婚姻関係を結ぶことは出来たから、今を生きる時雨には分からない感覚だったな。まあ、そこは私も同感だが」
「ロリコンっていうわけでもないってことか?」
「そういうわけではない。なんか気質が気に入ったとかなんとか言っていたような。年齢は詳しく聞いていないが、話を聞いた限りだとかなり幼いと思う」
時雨はドン引きした。昔の感覚だとしても、どうしても幼い子供を婚約者にするという考えが信じられない。
しかも政略で結ばれた、とかではなく、気に入ったから、という理由。自分から望んで小さい子供と婚約した、という事実にただただ絶句した。
「しかし、その子は可哀想だな」
「可哀想?」
「神の嫁になるには、まず死ななくてはならない。例外はあるにはあるが、どちらにせよ人としての生を終わらせなければならない」
死ぬ。口の中で呟くが、現実味がなくただ続きを聞いた。
「一定の歳を取ってから、死ぬのが一般的だ」
「一定の歳?」
「最低でも十五歳だな。例外もあるが、大体十五歳から二十歳の間で死ぬ定めにある」
「死ぬ定めって、二十歳なる前に死ぬ確率が高いってことか?」
「そうだ。婚約を解消すれば、人として生き続けることが出来るが難しい」
「難しい?」
「神というのは、かなり嫉妬深く怒りっぽい。例の神も気まぐれだが、そういう傾向がある。そしてこれは多くの神に共通していることらしいのだが、自分のモノに対して独占欲が強い」
「可哀想っていう意味が分かった」
嫉妬深く、独占欲が強く、そして怒りっぽい。最悪の三パターンを兼ね揃えた相手との婚約。それだけでも最悪な結末しか思い浮かばない。
しかも気まぐれが付け加えられている。気まぐれな人の相手するのは、気遣いの連続だ。余計に疲れる。
どこの誰かも分からない子供に同情していると、陽古が溜め息交じりに言う。
「神の嫁になったら、ほぼ不老不死になるから余計に可哀想だ」
「ほぼ?」
「不老だが、神も死ぬ。これは前も話したが、嫁も同じことが言える。ただ違うのは、夫が死ねば妻も死ぬということだな」
「女神が人間の男を夫にする場合はあるのか?」
「ある事にはあるらしいぞ。同性の場合もあるとか」
「ど、同性?」
あまりに自分とかけ離れた世界の話が急に来たものだから、裏返った声で返してしまった。
陽古は気にすることなく、続けて言う。
「まあ、あまりないが。妖の場合だと割と多いらしい。烏天狗なんかそっち系が多い、と聞く」
「そ、そうか」
同性愛。本でもそういうジャンルがあることは、本屋通いが長いので知っているし、それに対して嫌悪感はない。偏見もないつもりだが、実際に話に出て来ると動揺してしまった。咳払いし気持ちを落ち着かせた後、次の話題を振る。
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