第33話 不安とドキドキと

 急いで家に帰り離れの扉を開くと、雪乃が部屋に続く縁側えんがわ(便宜上そう呼んでいる)に座っていた。


 時雨と目が合うと、雪乃が開口一番に、声を張り上げた。


「時雨ぇ! あんた遅かったなぁ!」


「ご、ごめん、ばあちゃん」


 心臓をバクバクしながら、雪乃に謝る。


「こげいな時間までなにしとったぁ?」


「その、散歩していたら、子猫が足下に擦り寄ってきてゴロゴロしてきたから、それで動けなくなって……」


 前もって考えていた言い訳を告げると、はぁ、と雪乃が呆れかえったような溜め息をついた。


「そげな理由か。はぁ、携帯のこと、考えんとな」


 携帯電話のことだ、と気付き時雨は、いいよ、と面倒くさい声を出した。


「あまり使わないから、お金が勿体ない」


「そげなこと言っても、こげいなときには便利やき」


 確かにそうだけど、と言い濁す。宝の持ち腐れ、という言葉が脳裏にチラついていて、素直に頷くことはできなかった。


「ま、そげなとこで突っ立ってないと、ご飯食べれ」


「うん。荷物を置いていく」


 そそくさと部屋へ向かおうとすると。


「時雨ぇ」


「な、なに?」


 雪乃に呼び止められて、心臓が跳ね上がる。


「なぁんか、挙動不審やけど、もしや子猫ついてきたんかぁ?」


 心臓が先程よりも一段と大きく跳ね上がった。


 バクバクとしている心臓を抑え付け、時雨は答える。


「ち、違うよ。子猫はちゃんと振り払ったし。ただ、急いで帰ったからまだ心臓が落ち着いていなくて」


「なら落ち着いてからご飯食べれ」


「うん、そうする」


 母屋に向かい、土間から二階に続いている階段を登る。


 自分が使っている部屋に辿り着き、時雨は肩の力を抜いた。


 どっと疲れて、荷物をその辺に放り投げる。


「ここが時雨の部屋か」


 振り返ると、陽古が物珍しげに部屋を見回していた。


 陽古のお願い――それは、秋冬の間だけ時雨の家に住みたい、というものだった。


 本来なら雪乃に許可を得る必要があるし、突然言われてもすぐ対応できないし断るが、陽古は他人には視えない。飲食しなくても基本生きていけるらしいし、そしてなにより倒れたばかりの陽古が心配だから、連れて帰った。


 貧血で倒れたようなもの、とは言っていた。それを信じていない、というわけでもない。


 けれど、形容しがたい焦燥感しょうそうかんが胸をザワザワさせる。


 その感情が不安にさせて、明日ではなく今日連れて来てしまった。


(子猫のほうがまだ気まずくなかったかもな)


 雪乃もまさか神様を連れて帰ったとは思わないだろう。


「時雨、これはなんだ? 机のようだが」


 我に返って、陽古を見る。


「ああ、それはコタツだ」


「おお、これがコタツ……」


 コタツに対してキラキラとした目で見るので、コタツのスイッチを手繰り寄せて、電源を入れる。


「おれ、ご飯食べてくるから。暖かくなるまでに時間が掛かるけど、コタツでゆっくりして」


「ああ」


「暖かくなるまで時間が掛かるから……あ、そうだ」


 おばあさんの件ですっかり忘れていた。時雨は鞄の中から農産科のクッキーを取り出した。


「それはクッキーか?」


「そう。うちの高校の農産科が作ったクッキー。それ食べて待っててくれ」


「ありがとう、時雨」


 クッキーを机の上に置く。いそいそとコタツの中に足を突っ込んだ陽古を確認し、時雨は一階に下りる。


(連れてきちゃったけど、これからどうしよう……)


 雪乃に不審がれないよう、どう対策しよう。不安でドキドキする。


 内緒で子猫を連れてきた子供ってこういう気持ちなのか、と時雨は小さく溜め息をついた。

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