第29話 三者面談について

 残暑が通り過ぎ、空気に冷気が纏いはじめるようになった。


 あんなに青々しく輝いてた木の葉も、風に揺られてハラハラと落ちていくようになり、裸になった木をよく見かけるようになった。


 半袖でも暑かった夏が終え、薄手の長袖がちょうどよくなった。


 時雨の学校は学ランで、衣替えでまた上着を着るようになったが上着は厚いので、下は半袖のTシャツを着て身体の体温を調節している。


 体育祭が終わり、次は文化祭の準備に追われることになった。


 といっても、文化祭は体育祭に比べて団体行動を強制されることもないので、時雨はそこまで嫌いではない。部活の出し物も帰宅部である時雨には関係ないし、クラスの出し物だけですむので気が楽だ。


 文化祭は学校的にそこまで力を入れていない。メインは農産科の生徒が作ったプリンやクッキーなどの食品で、普通科の出し物はそこまで注目されていないのだ。


 それに対してクラスメイトの一部が不満がっていたが、農産科のプリンは人気で、開会式の前から売り場に長蛇の列が出来るほどだ。一人の客が十個も買うという凄まじい人気に勝てるわけがない。


 部活の出し物の準備があるので、クラスメイトが抜けてその分時雨がやることになるが、こんなの体育祭に比べたら苦でもなんでもない。どんなに中途半端な状態で投げられても許せるほど、このときばかりは心が広くなる。


 それを陽古に言うと、よほどたいいくさいが嫌いなのだな、と苦笑された。


 余裕があるので、体育祭に比べると通う頻度が高いが、日が落ちるのが早くなったので帰る時間も早まってしまっている。


 文化祭の準備が本格的に始まるまではよかったが、本格的に始まるとどうしても陽古との時間が取れない。


(陽古、最近様子がさらにおかしくなったし、時間が取れないから観察できないし)


 そこが問題だ。


 前まで神社に行くと陽古は読書をしているか、周りを歩いているかどちらかだった。けれど最近は昼寝をしているときが増えてきた。


 初めはたまたまかと思ったが、ボーッとしている回数のことも難しい顔のこともあるからどうも気になってしまう。


 ちょくちょく様子を見に行かないと、心配でとても落ち着かなくなる。


(陽古はなんでもないって言い張るからな)


 まだ大袈裟に痛がってくれるほうが心配しないですむのに、陽古は隠そうとする。


 隠そうとしてるものを無理に暴く勇気もないので、結局なあなあになってしまう。だから少しの変化も気付かないとこちらの気が済まない。


 最近の悩みが専らそれである。けれど、時雨には相談できる相手がいないので、一人で答えを出すしかない。


「法華津、ちょうどいいところに」


 担任の声で我に返る。

 のろのろと振り返り、担任を見る。


 ちなみに今は昼休みで、ここは二階にちょうど上がったところの階段だ。ずっと座りっぱなしだったので、少し散歩をしようと校内を歩いていたところだった。


 こんなところで呼び止めるとは雑用か、と疑いそのまま疑問を投げかける。


「おれに何の用ですか」


「三者面談のことなんやけど」


「はぁ?」


 担任の言葉で面を食らった。


 三者面談は三学期後期にある。それを五ヶ月前に言うとは。

 担任が続けて言う。


「法華津が言っていたやろ。せめて二ヶ月前から言わないと親は来ないって」


「言いましたけど、言うの早すぎですよ」


「まあまあ。こういうのは早いのがええやろ? 法華津の将来のこともあるし、家庭訪問はまだいいけど三者面談はさすがに親御さんと一緒じゃないとな」


 早すぎるのも自分も親も忘れそうなのだが、とか突っ込みたいところをグッと堪える。


 自分が言い出したことなので、あまり強く非難できない。


「……面談の具体的な日付は?」


「まだ本決まりじゃないが、二月の予定や。その辺りにあるから、時間を空けといてくれと伝えといてくれ」


「………………はい」


「それじゃ、頼む」


 そう言って担任は踵を返して、職員室の方へ向かった。


 溜め息をつきたくなったが、周りの視線に気付き、喉まで出かかっていた溜め息を呑み込んで自分のクラスへ足を向ける。


(三者面談、か)


 中学生の三者面談のときも来なかった親が、はたして来てくれるだろうか。


(まあ、さすがに最後になる三者面談だから、来てくれるかもしれないけど。連絡するなら、母さんのほうだな)


 父よりも母の方が一緒に過ごす時間が多かった。それに泊まるのなら雪乃の家になるので、実の娘である母のほうが何かと気を遣わなくてすむだろう。


 それに二人は打ち合わせをしているのかと疑うほど意見が一緒なので、父のほうがいい理由がない。


 大学に行くと言ったとしたら、好きにしなさい、と口揃って言うだろう。そう考えると、わざわざ来てもらわなくてもいい気がしてきた。


 そこまで考えて、ふと足を止める。


(前までは……苦い気持ちが迫り上がってきたのに、今はないな)


 三者面談にしろ、家庭訪問にしろ、授業参観にしろ、先生やクラスメイトにこそこそ言われ続けてきて、最初は傷付いて慣れてきたものの、苦い物が口の中に溢れていたものだが。


(陽古に吐き出したからかな)


 格好悪いところを見せてしまったが、長年深々と積もった色々とごった煮した感情を流したからか、三者面談の話になっても心がいでいる。


 物語のように大声で全部吐き出して、とまではいかなかったが、祖父母の前ですら泣けなかったのに泣いて心がスッキリした。


 こればかりは陽古のおかげだと、素直に思える。


「…………クッキー、買ってやるか」


 農産科はたまに授業でお菓子を作っては、昼休みか放課後にその菓子を売っている。


 主にクッキーを売っていて、たまにプリン、変わり種として大福が売られていることがあるらしい。


 城下町に行ったとき、えらくクッキーが気に入ったようだったので、農産科のクッキーを買ってきてもいいかもしれない。


 ポケットには小銭が入っている蝦蟇口がまぐち財布がある。わざわざクラスに戻らなくてもいい。放課後、売っているかどうか分からないし、今買ってこよう。あったらプリンも買ってこよう。


 時雨はきびすを返し、階段を下りていった。

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