第28話 優の彼女

「あ、そういやお前ってどんな小説読んでいるんだ? ライトノベル系を読んでいるの、見たことないけど」


 話を逸らした。話を戻す気もないので、素気なく返す。


「まあ、たしかにライトノベルは読まないな」


「なんで?」


「趣味じゃないのが多いから、自然とそうなった」


「けど、話題作を読んでいるわけじゃないよな?」


「逆にそういうのは読みたくない」


「捻くれ者め」


 からかい口調で言ってきた言葉に、小さく舌打ちをする。捻くれた要因の一部に言われて非常に癪である。


「舌打ちするなっての。俺、お前にそんな酷いことをしたか?」


「した側は覚えていないって本当のことなんだな」


「どういう意味だよ」


「たとえお前と克がおれのランドセルにセロハンテープをしこたま貼ったことを忘れても、おれが親戚の犬を散歩していたときにその犬をびびらせて暴れた犬に引っ張られて足の骨にひびがはいったことをおれは忘れない」


「…………」


「あと肝試し中におれを置いてどっかに行ったことも忘れない」


「それは!」


「忘れない」


「……」


 そこまで言うと優は項垂うなだれた。ちなみにほとんど謝罪されたことはないので、優の中では終わったことでも時雨の中では不消化のままだ。


 優は罰悪そうな顔をしていたが、少し間を置くと自分の頭をガシガシを掻き始めた。


 フケが本に落ちるから止めろ、と言いかけたところで優が口を開いた。


「ああ、もう、あのときは悪かったって」


「あのときってどのときだ」


「全部だよ、ぜ、ん、ぶ!」


「大雑把に言われても」


「色々ありすぎて一つ一つ言えるかっ」


 そう吠えた優に、一応覚えているのか、と少し意外に思いつつ本棚に視線を移す。

 が、横からの視線を感じて、横目でその視線を見つめ返す。


「なんだ」


 優は答えず、ただ目を細めて時雨をじっと見据えていた。なんだか探られているような、気持ち悪い視線に時雨はたじろいだ。


「な、なんだよ」


 思わずもう一度そう問うが、優は答えない。


 居心地が悪くて、優を無視して他のコーナーに行こうかと足を動かそうとしたら、優が口を開いた。


「お前…………なんかに会っている?」


「はぁ?」


 あまりにも曖昧で意味不明な問いに頓狂とんきょうな声を上げる。


「なんかってなんだよ」


「なんかっていうのは、あ~~~その~~」


 何やら形容しがたい表情で百面相している優を胡乱うろんげに見つめる。


 珍しい反応だが、それを物珍しげに見るほど優に興味があるわけでもない。


(そういえばコイツ、おれのこと変わったとか言っていたな)


 以前言われたことを思い出す。もしかして時雨が会ったのは誰かと会っているから、と想像したのかもしれない。


(それをコイツに教える義理もないし、根掘り葉掘り聞かれるのは面倒くさい)


 もう放っておいて他のコーナーに行こう。

 そう決めたときだった。


「あ、いた」


 女の声が聞こえてきた。その声が近かったので、反射的に視線をそちらに向く。


 おしとやかな印象を持つ容姿の少女が、優を見ている。肩よりも少し長い黒髪をさらりと前に流し、紺色のヘアピンを二つしている。歳は時雨と同じくらいか下みたいだった。


「あー……この人がお前の彼女か」


「おう」


 優の彼女は優から時雨のほうに視線を向けて、目を丸くした。


「あれ、法華津君? わたしの事、覚えている? 田中たなか莉彩りさだよ」


「えーと……」


 覚えていなかった。なんかしでかした人物や、やけに目立っていた人物は覚えているが、優の彼女だという田中莉彩に関しては、優と一緒に歩いていたような気がする程度しか記憶になかった。


「同じクラスだったけど、覚えていないか。まあ、話した事あまりなかったから当たり前か」


 傷付いたような顔は見せず、淡々と受け入れた様子で田中は時雨を眺める。


「えーと、ごめん」


「いいよ、気にしていないから」


 笑顔でひらひらと手を振る田中に、良い人かもしれないと思った時雨はつい口を滑らせた。


「よくコイツと付き合おうって思ったな」


「どういう意味だ、こら」


 優ににらまれるがかわして、ハッと鼻で笑ってやった。


「さっきの会話の流れから察しろ」


「謝っただろ! ついさっき!」


「許すとは言っていない」


「なん、だと」


 愕然がくぜんとしている優に、さらなる追い打ちがいく。


「まあ、わたしもなんで付き合っているんだろうなって思う時があるけど」


 彼女の言葉にギョッと目をみはり、優がバッと田中に振り返る。


「肯定した 少しはフォローしろよ!」


「フォローする必要はないよ。事実だし」


 はっきりとした口調で言い放つ田中を見て、時雨は思った。


(見た目に反して、なかなかの毒舌だな……)


 自分も優と克限定で毒舌だが、田中は時雨とはまた違った毒舌家だ。


 逆に感心していたそのとき、ふっと嗅いだことのある匂いが鼻腔びこうを掠めた。


(水の匂い……?)


 雨が降る前にする匂いと同じ匂いがする。けれどここは店内。水の匂いなんてしないはず。


(なんでだ……?)


 古い店舗だからどこからか水が漏れている。いや、たとえそうだとしてもこうもハッキリと水の匂いが分かるはずがない。


 雨が降る前くらいしか、時雨は水の匂いを嗅いだことがない。


「それはそうと、早く行かないと。門限に間に合わなくなっちゃう」


「もうそんな時間か。それじゃ、帰るわ」


「またね、法華津君」


 返事をせず、時雨は去っていく二人の背中を眺める。


 会話は完全に耳に入って来ないが、傍から見ればじゃれ合っているように見えた。

 しかし、何か違和感がある。


(なんかアイツ……田中さんと距離があるような……)


 じゃれ合っているわりには、物理的な距離がある気がする。


(そういえば水の匂い)


 嗅ぐがもう水の匂いがしない。


(なんだったんだ……?)


 首を傾げるが、水が漏れていないのならいいや、と水の匂いのことは頭の隅に追いやった。


 その後、これといった本が見つからなく、陽古用にと店員のおススメらしい推理小説一冊買ったのだった。

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