第27話 本屋にて

 陽古の様子が最近おかしい。


 ボーっとする回数が増えた。前からそうだったが、最近では特にそうだった。


 それだけではない。難しそうな顔を見せるようになった。


「なにか悩み事か?」


 そう訊くと陽古は首を傾げた。


「いきなり、どうしたのだ?」


「最近らしくないというか……なにか考えているみたいだから」


「時雨からはそう見えているのか?」


「違うのか?」


 一瞬考える素振りを見せたが、すぐにいつもの穏やかな笑みを浮かべて。


「なに、大したことじゃない。気にするな。それよりもたいいくさいの話を聞かせておくれ」


 そう、はぐらかす。

 とても、そう見えなかった。


 陽古は隠しているつもりのようだが、深刻そうな雰囲気が滲み出ていることくらい時雨でも気付いている。けれど、そう言われた以上、追究できなかった。


(さて……どうしたらいいものか)


 腕を組んでうなる。


 目の前には本棚。時雨は今、本屋にいた。


 体育祭が終わり、その片付けも今日で終わり、やっと煩わしい体育祭から解放されたのはいいが、バスの時間になっていなかった。


 のんびり物色するくらいの時間があったので、本屋に立ち寄ったわけなのだが、本を選んでいるというのに、頭は陽古の事ばかりで本のタイトルが目に入ってこない。


(悩みを聞き出そうとしても、無駄なんだろうな)


 陽古は意外と頑固な一面がある。そして天然故なのか、訊こうとすればいつの間にか話がすれ変わっている時がよくある。


(なら、どうするべきか。陽古はおれ以外の人に相談することはできないし)


 今の所、陽古が視えるのは時雨と善家だけだ。善家はあれ以降、陽古と面識もなければお互い会うつもりはないみたいだから除外とする。


 他の神ともあまり交流がないみたいだし、時雨以外に話す相手など。


(いや、いたな。昭和の人が)


 陽古から昭和の言葉は出ていないが、車の話題から察するに昭和生まれか大正生まれの人が陽古の元に訪れていたこと陽古が語っていた。


 陽古から話すことはあっても、時雨は必要以上にその話題を口にしたことはなかった。いや、敢えて触れないようにしていた。


 陽古からその話が出てくると、面白くないと思ってしまう自分が嫌で。自分で自分の首を絞めたくなかったからだ。


 それにたまに陽古は、目を細め自分を見つめる時がある。


 まるで回顧かいこしているような、懐かしくて切ないような、そんな眼差しで時雨を貫く。


 その人と自分を重ねているのだろうか。そう思うと、時雨は少しムッとしてしまうが、ある可能性がよぎると、それは霧散する。


 もしかして、その人はもうこの世にいないのではなかろうか。だから、あんな目をして己を見つめているのでは、と。


(昭和は第二次世界大戦があったし、その可能性はあるよな)


 祖父も徴兵されたらしい、時雨にとっては遠い過去の出来事、けれど決して他人事ではない戦争。ここら辺は徴兵されたこと以外、とくに被害はなかったらしいが、戦争の影響で亡くなった可能性もある。


 時雨はいまいちピンッと来ないが、戦争の影響力は凄くて空爆がなくても物流が滞って薬が届かなくて亡くなった可能性も否定できない。


(徴兵されてそのまま、っていう可能性もあるけど、そもそも男か女かさえ知らないからな)


 生き延びた可能性もあるが、今は来ていないらしいから亡くなった可能性がある。ただ単に遠い場所へ引っ越しただけかもしれない。娘もしくは息子夫婦のところで同居することになったからと、この地を離れる老人はまあまあいるのだ。


(どんな人だったんだろう……)


 もし生きていたとしたら。自分よりもその人のほうが陽古も。


「おいってば!」


 いきなり耳元で叫ばれ、我に返って反射的に耳をふさぐ。


 聞き覚えがある声だった。時雨は耳元で叫んだ張本人を睥睨へいげいする。


「なんだ」


 張本人、優は明らか様に眉を顰めた。


「なんだ、じゃねえよ。さっきから呼んでいるんだ、相槌くらい打てよ」


「……無視したほうがいいと判断したからだ。第一、お前の呼び掛けに答える義理はない」


「あっそ。でも、結局反応したから俺の勝ちな」


「勝ち負けの問題か」


 呆れ混じりの声をかわし、優は時雨が見ていた本棚に視線を向ける。


「お前、相変わらず小説ばっかり読んでいるんだな」


「まあな」


「でも、さっきまでのお前、どこか上の空だったな。本なんて見ていないって感じ」


「……ちゃんと見ていたぞ」


「なんだよ、その妙な間」


「お前こそ、どうして小説にコーナーいる。小説読まないくせに」


 中学の頃に朝の読書時間というものがあって、朝十分間だけ強制的に読書をさせられる。自分は苦に思わなかったし、むしろ足りないと思っていた。


 優はいつもその時間、つまらなそうに教科書やクイズ本などを読んでいた。いや、正確には読んでいなかったかもしれない。そんな優が漫画や雑誌はともかくとして、小説コーナーに来るはずがない。


「俺? 俺は彼女の付き添いで来たんだけど、俺そっちのけで本選びに集中し始めたから、少し回っていたらお前を見かけたから話しかけてみた」


「別にそこまで説明しなくても……ん? 彼女?」


「中学の頃から付き合っているのに……知らなかったのか」


「お前の恋愛事情なんて、ちりごとく興味ない」


 言われてみれば、中学校の廊下で優と一人の女子生徒が話しているのを何度か見かけた事があった。相手の顔は覚えていないが、髪が長い女だった気がする。


「むしろ、お前に彼女出来た事が驚きだな……」


「その世も末だなっていう顔、やめね? 言っとくけど、昔から俺はモテていたぞ」


 不愉快そうな顔をする優に、時雨は鼻で笑った。


「自分で言うか。まあ、小学生の頃は何故か足の速い奴がモテるという法則があるからな」


「それ、なんか分かる……って、俺が足速かったからモテていただけだって言うな!」


 優が吠えたが、時雨はひるむこともなくもう一回鼻で笑ってやった。


「お前、それ以外は苛めっ子だっただろ。頭も良くなかったし」


「中学もそうだったと?」


「雪が積もったある日、無抵抗の知り合いの小学生に雪玉を投げ続けた奴の何処か苛めっ子じゃないと? あ、あれは苛めっ子じゃなくて、ただの屑行為か。泣いているのに、笑いながらまさると一緒に雪玉を投げつけていたな。周りから止めろって言われても、止めなかったよな」


 克は小学校中学校では一緒だった同級生で、不本意であるが優と同じ幼馴染みの分類に属している知り合いである。確か今は優と一緒の高校に通っているはずだ。


 それを言った途端、明らかに視線を外した。自覚あるのか、と呆れを込めた溜め息をつく。

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