第21話 小鳥の死

 体育祭の練習も本格になり、真夏日直下の中、汗を流して練習に励んでいた。


 団体行動が苦手でやる気のない時雨も、他クラスの団体演目で、一人だけ一際目立つ超マイペースな男子生徒が悪目立ちしていたのを見て、悪目立ちはしたくないとまあまあ真面目にやっていた。


 夏休みなのにほとんど時間がなく、宿題も多い中。やっとまとまった休みが設けられた。


 お盆である。


 小学生のときは自分の親以外のおじおば、その子供達がやって来て騒がしかったが、中学に入った頃から皆忙しくなり徐々に来なくなり、今年は何組かは来るが全員ではない、という形になった。


 今日は午後から従兄弟いとこ家族が来るので、雪乃が張りきって料理を作っていた。


 スイカを作っている近所の人から大きなスイカを三玉貰ったので、それを振る舞おうと提案したが、従兄弟家族は三人で来ると言っていたので、二玉余る。


 お盆の期間中、あともう一組来る予定だが、それでも一玉余ってしまう。


 さて、どうしたものか。そのとき、パッと思い浮かんだのは陽古の顔だった。


 最近交流ある孤独な老人に持って行ってやってもいいか、と雪乃に訊いて不思議そうにしながらも、せっかくやからその人と食べえや、と許可を貰った。


 ラップに来るんで、保冷バックの中にカットしてもらったスイカを保冷剤と半分凍らせたペットボトルの麦茶を一緒に詰め込んで出掛ける。


 アスファルトに照らされた熱で、道がゆらゆらと揺れているように見える。けれど上を仰げば、透き通った青い空とハッキリとした白い雲、そして青く照っている山々が視界に広がる。


 あまりにも眩しくて、帽子のツバを下げた。


(アスファルトの道を見るよりも、空を見上げた方が涼しく感じるな)


 保冷バックを担ぎ直して、急ぎ足で神社へ向かう。


 今の時雨の格好は、タンクトップのシャツの上に薄い上着を着て、下は薄い長ズボンを履いている。本当は半袖半ズボンにしたいが、それは家の中だけだ。外だと日差しが強くてヒリヒリする上、余計暑くなるのでこういう格好をしている。


 直射日光をまぬがれているが、その分服に汗がびっしょりと張り付いてしまい気持ち悪い。一刻も早く日陰があって風の通りがいい神社に辿り着きたかった。


 鳥居の前に着いて我慢が出来ず麦茶を飲んだ後、階段を上がっていく。


 神社に辿り着いたが、そこに陽古の姿は見えなかった。


「陽古ー?」


 陽古を呼びながら神社の裏手に行くと、細い道のようなものがあることに気付いた。まるで獣道のようなそれは上の山に続いており、整備されていないのか草と木がボーボーに生えていた。


(こんなところに道があったんだ)


 辺りを見渡すが陽古はいない。もしかして、この道の先にいるのだろうか。


 時雨は自分の足下を見る。サンダルも服と同じ理由で履いていなくて、スニーカーと靴下を履いている。


 それに加えて、生地は薄いが長袖に長ズボンという装備だ。これなら山の中に入っても、とりあえず大丈夫だ。


 時雨は意を決して、細い道に足を踏み入れた。


 草むらに注意しながら、上へ上がって行くと木の根元でうずくまっている見慣れた後ろ姿が見えた。


「陽古?」


 呼びかけると、顔だけ振り向いた。少し悲しげな顔に首を傾げながら近寄る。


 陽古が無言で時雨から目を逸らす。陽古の傍に行き、陽古の目線を追うと、陽古の手の中に丸まっている一羽の小鳥がいた。


 陽古はその小鳥を、手で優しく包み込み、指で愛おしげに撫でる。小鳥は微動だにせず、目を閉じている。


「陽古、その鳥は」


「たまに神社に遊びに来ていた子だ」


 よくよく見ると陽古の手は土まみれになっていることに気付いた。


「少し前、いつものように来たと思ったら飛び方がヨタヨタしていてな。手を差し伸べたら、手のひらに横たわってそのまま逝ってしまったよ」


「寿命、か?」


「そうだろうな。よくまあ、とびからすに襲われずにここまで飛んできたものだ」


 格好の標的だったろうに、と寂しげな声で呟く陽古に胸が少し締め付けられた。


「もしかして、鳥を埋める穴を掘っていたのか?」


「ああ。せめて野生動物に食われぬようにと思ってな」


 陽古がかがんでいる前のほうを見やる。木の根元に陽古が掘ったのだろう穴があったが、思っていたよりも浅く感じる。


 陽古がその穴の中に鳥を入れようとしたので、慌てて止める。


「待て。その程度の穴じゃ狐か狸にすぐ掘り起こされる。おれがもっと掘るから、陽古は鳥を持ってろ」


 陽古が屈んだまま、身体ごと横へずらす。陽古がけてくれた場所に屈んで、保冷バックを横に置く。


 さすがにスコップはないため、素手で掘る。爪の間に腐った木の破片とかが入らないように、慎重に土を掻き分けていく。土は腐葉土と化としていたからか、思っていたよりも柔らかかったが、とてもチクチクした。


 素手で土を掘るなんて思えば小学生以来だな、と場違いなことを思っていると、ある記憶が蘇った。


 祖父が死んだ猟犬を山の中に埋めている記憶を。

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