第19話 神の死

 あの後、色々な所を回ったが、バスの最終便が近くなったので、二人は帰路についた。


 バスを降りて、夕暮れで真っ赤に染め上がった道をゆっくりと歩く。


 頭の上に乗っている陽古が、辺りを見渡しながら呟いた。


「まるで炎に包まれているようだな」


「だな。今日はどうだった?」


「楽しかったぞ! なんというか、すごい、すごく楽しかったぞ!」


「それは良かった」


 猫に攫われて食べかけられたハプニングは、さほど気にしていないようだ。改めて安堵した。


 神社に続く川端を歩く。


 遠くの方でカラスの鳴き声が木霊する。雲もオレンジ色に輝いていた。川も夕焼け空を写したように真っ赤に煌めいている。


「ここまで赤いのも珍しいな」


「そうだな。だがこの風景、私は好きだ」


「キレイだよな」


「ああ、太古から生きているが、それでも自然が作る風景には心が惹かれる」


 そこで会話が途切れる。少し変な雰囲気に、時雨は怪訝けげんな目で頭上を見やる。当然陽古の姿は見えないが、それでも視線を向けた。


「時雨……本当にありがとう」


「なんだよ、改まって」


 頭上から聞こえていた弾んだ陽古の声が、急に真面目なトーンになり、返事が上擦った声色になってしまった。


「本当に村の外に行ってみたかったのだ。けど、無理だと諦めていた。だが時雨のおかげで行けることができた。ありがとう」


「大したことじゃ、ない」


 そっぽ向いた時雨の耳を見て、陽古は目元を和ませる。耳が真っ赤なのは、夕暮れのせいではないだろう。


「時雨には本当に感謝している。やりたいことがまた一つ減った。いつ死んでも、未練はない」


 その言葉に、時雨は立ち止まり陽古を横目で見た。


「死ぬ……? 神も死ぬのか?」


 茫然としたまま訊くと陽古は、そんなに不思議なことか、と逆に不思議そうな顔で返された。


「だって、一応神様なんだろ? 実際に何千年も生きているって」


「命在るもの、いつかは必ず死ぬ。神とて例外ではないよ。かなり長命というだけだ。実際に、私の母は兄弟を産んだ際、黄泉の国に旅立った」


「陽古も……死んでしまうのか……?」


 消え入りそうな声に陽古は小さな掌で、時雨の頭を撫でる。


「そんな声はしないでおくれ。まだ先のことだよ。きっと、時雨が死んだ後になるだろうて」



――それだったら。陽古はまた独りになってしまうではないか



 その言葉を呑み込んで代わりに、そっか、と返す。


 きっと、それを言ったら陽古は悲しい顔をするから。


「あ、飛行機雲だ」


 空を走る、一直線の雲を仰ぎながら陽古はそう呟く。


 そんな陽古を尻目に、時雨は考えていた。


(おれが死ぬまで、陽古に何が出来るのだろう……)


 陽古は神様だ。自分にとって長い時間でも、陽古にとっては一瞬で。時雨が死んだ後も長い時間を過ごす。


 その一瞬の間に、自分は陽古に何を残せるのだろう。


 何を残せたらどれくらいの面積で、その心に居られるのだろう。忘れずにいてくれるのだろう。


 時雨は、家に帰っても、風呂に入っても、布団に入っても、ずっと自問自答していた。結局、答えは見つからないまま、時が流れた。

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